2 偽装双子やってます。

 引っ越しや転校の手続き、新しい学校の制服や体操服を買いに行ったりしている間に、春休みは終わってしまった。

 新学期を迎え、わたしとりつは新しい中学校に通うようになった。

 わたしは二年三組、律は二年二組だ。

 双子のきょうだいがいる場合、基本的には同じクラスにならないようにするのだと担任の先生から説明された。

 城西中学校は一学年三組なので、四つ子とか五つ子になったら同じクラスにきょうだいがいるってこともあるだろうけれど。

 東京の中学校はかなり雰囲気が違うのかと心配したけれど、そこまで大きくは違わなかった。

 制服はセーラー服からブレザーに替わり、自転車通学から徒歩通学に変わったけれど、教科書はほとんど同じだったので、新学期早々におこなわれた学力テストはまぁなんとかできた。

 ということにしておこう。


「りーつー、帰ろー」


 授業が終わると、わたしは二組の教室に行って律に声を掛ける。

 きょうだいになって最初の三日くらいは「律くん」と呼んでいたけれど、そのうち律の方から「りんちゃんじゃなくて稟って呼び捨てしても良い? なんかその方が、ずっと馴れ馴れしい感じがするから」と言ってきたのだ。

 それって『馴れ馴れしい感じ』じゃなくて『仲が良い感じ』だと思うけれど。

 律の語彙はたまにおかしい。

 ま、律がわたしのことを呼び捨てにするなら、わたしも律を呼び捨てにするのが自然だろうということで、わたしは律を『律』と呼ぶことにした。


「うん、帰る」


 机の中の教科書やノートを鞄に突っ込みながら律は椅子から腰を上げた。

 そのまま、クラスメイトに挨拶することなく、律は廊下に出てきた。

 その間にわたしの横をすり抜けていった二組の生徒の何人かとわたしは「バイバイ」と手を振ったり挨拶したりしたのだが、律は声をかけられても軽く頷くだけで「またね」の一言もない。

 一緒に登下校するようになってから知ったのだが、律はコミュ障というほどではないけれど人見知りだった。

 わたしとはすぐに仲良くなったのに。

 三組のクラスメイトからは「二組の田牧くんって稟ちゃんの弟なんでしょう? なんかすごく似てないね」と指摘されるけれど、二卵性双生児は顔だけではなく性格も違うのだと答えてある。

 でも、律は勉強ができる。

 先週の学力テストの結果は、律の方がわたしよりも平均点が十点近く高かった。

 別にわたしの成績が悪いわけではない。

 律の成績が良いだけだ。


「律は、部活はなににするか決めた?」


 夕飯の買い物をするためにスーパーに寄るという律に付き合いながら、わたしは買い物カートを押す律に尋ねた。


「帰宅部」

「えぇ? なにか部活してみたら良いのに。家庭科部があるじゃない」

「面倒くさいから、やだ」


 合い挽きミンチの品定めをしながら、律はぼそぼそと答える。

 今日の夕飯のメインは麻婆豆腐だそうだ。


「稟は好きな部活に入りなよ」

「それって、わたしと一緒に帰るのが嫌ってこと?」


 転校して二週間ほどになるが、わたしと律は毎日一緒に登下校をしている。

 徒歩通学のため、歩いている間はひたすらわたしが律に話しかけている。

 朝から喋っているわたしと付き合いきれないと思ったのだろうか、と心配になった。


「そういうことじゃないよ。俺と一緒だと、稟が好きなことができないんじゃないかって思ってるだけ」

「律はわたしが邪魔なんだぁ」

「なんでそうなるんだよ」

「まぁね。双子だからって中学生になっても学校の行き帰りがずっと一緒っていうのは、あまり良くないのかもしれないなぁって昨日くらいから思ってはいるんだけどね。双子だからって姉がべったりだと、律に彼女ができる機会を奪うかもしれないし」

「は? なにそれ」


 合い挽きミンチを二パック選んでカゴに入れながら律が顔をしかめる。

 身長はわたしとほぼ同じだけれど、律はわたしよりもすこしだけ細い。そして、よく見ると顔が整っている。前髪が長くて目元をもっさりと覆っているので、普段はわかりづらいけれど。


ちゃんに言われたんだよね。なんか、仲良すぎじゃないって」

「誰、それ」

「同じクラスの子」


 あいはら美結ちゃんは、転校して最初に仲良くなったクラスメイトだ。

 長い髪をツインテールにしていて、合唱部に入っている、自分の意見をはきはきと言う子だ。ちょっとはっきりと言い過ぎるところがあって、一部の女子からは反感を買っているところもある。


「俺たち、仲良すぎなわけ?」

「そうらしいよ。わたし、よくわかんないけど、弟離れできてないねーとか言われたし」


 できたばかりの弟なので仲良くしたくて一緒にいるのだけれど、周囲から見ると中2にもなって姉弟が一緒に登下校しているのは仲が良すぎるらしい。

 これまで双子のきょうだいがいるクラスメイトがいなかったから、双子のきょうだいの距離感って良くわからないんだけどな。男同士、女同士なら双子の距離が近くてもあまりおかしくないのかもしれないけれど、姉と弟っていうのは仲が良すぎると反対に不審がられるみたいだ。


「もしかして、偽装だってことがばれたとか」

「偽装じゃなくて自称双子だろ」


 特売品の木綿豆腐の消費期限を確認しながら、律が訂正する。


「あ、わたし、豆腐は絹ごしが好き」

「麻婆豆腐だけど?」

「お祖母ちゃんの麻婆豆腐は絹ごし豆腐なのよ。わたし、豆腐がぐずぐずに崩れていても平気なんだけど、木綿豆腐より断然絹ごし豆腐派なの」

「ふうん、そう」


 納得していない表情を浮かべながらも、律は手にしていた木綿豆腐を元に戻し、絹ごし豆腐のコーナーで豆腐を選び出した。

 一緒に暮らしだしてから今日まで、田牧家の料理はすべて律が担当している。

 バリキャリ母は予想どおりというかまったく料理をせず、電子レンジと電子ケトルのスイッチを入れる方法しか知らないのではないかという人だ。停電になったらどうするのだろう。

 お父さんも料理ができると言っていたが、律がキッチンを占拠しているので、いまのところはほとんどなにもしていない。

 大学の助教というのはそれなりに忙しいらしく、新学期が始まって講義の他にもいろいろとやらなければならない仕事があるとかで、毎日帰宅が午後十時を過ぎている。家が大学から遠くなったことで通勤時間が長くなったが、そのことそのものは特に気にしていないらしい。往復の電車の中で資料を読んだり論文を書いたりしているので、通勤時間を効率よく利用できるようになったと言っている。

 このふたり、新婚夫婦のはずなのだけどいまのところ家庭より仕事を優先している。


「……稟は、さ。俺と双子って設定、嫌になった?」


 絹ごし豆腐を三パック選んでカゴに入れた律は、スーパーの店内放送にかき消されそうなほどの小声でぽつりと尋ねた。


「え? そんなことないよ。律と双子で楽しいよ。律は毎日美味しいご飯作ってくれるから今日はなにかなって毎日授業中も考えてる。律ってテレビは料理系の番組ばっかり見てるし、新聞は料理の記事ばっかり切り抜いてるし、一緒にYouTubeで動画を見てると今度はこれが食べられるのかなって涎が出そうになるよ」

「稟って、食べるの好きだね」

「うん。大好き」

「俺も、稟と一緒に食べるのは楽しい。稟はいつもすっごく美味しそうに食べてくれるし、なんか作り甲斐がある」

「そう言ってくれるのは律だけだよ。母には、昨日も食べるだけじゃなくて作りなさいって言われたの」

「稟は料理しなくて良いよ。俺の料理を食べる人なんだから」

「うん。律がそう言うなら、遠慮なく食べることに徹する」


 なんか胃袋を掴まれている気がしないでもないけれど、とにかく律の料理はわたしの舌に合うのだ。

 ただ、わたしだって料理以外の家事はそれなりにしている。

 主に洗濯だ。

 お父さんは出勤時間が早いし、母は家事をしないので、朝一番に洗濯機を回して洗濯物を干すのはわたしが担当している。

 あと、律が「女物の下着とか触るのはちょっと……」と言ったからでもある。

 そんなことを言いつつ、お父さんと律は下着だけは洗濯機に入れずに別洗いしているようだ。

 わたしも母に「下着だけ別洗いする?」と聞いたが、母は「別に一緒でいいんじゃない」とまったく気にしていない答えが返ってきたので、わたしたちは下着も一緒に洗濯機で洗っている。母は男子中学生である律に対する配慮がない。

 まぁ、わたしも気にしないから、配慮がないってことなんだろうけど。

 液体洗剤と柔軟剤は律とお父さんが選んだメーカーの物を使っている。

 初日にわたしが洗濯機を回すため、祖母の家から持ってきた洗剤を入れようとしたところ、律とお父さんが慌てて走ってきて「これを使ったらどうかな!」と声を揃えて言う姿を見たときは、なんか微笑ましかった。

 わたしと母は、あんな風に声がハモるほど仲良くはない。


「律って、高校は食品系の学科に行くの?」


 さきほど帰りのホームルームで配られた進路希望調査票のことを思い出しながら、わたしは律に尋ねた。

 中2になったばかりなのに進路希望を取るのかと思ったけれど、よく考えると前の中学校でも中1のときに進路希望調査があった。

 なにも考えていなかったので「高校進学希望」とだけ書いたけれど、とりあえず高校に行こうとぼんやり思っているだけで、学科はまだ決めていない。


「うーん。多分。高校卒業したら、調理系の専門学校に行くか、家政系の大学に行って管理栄養士になるか考え中」

「だ、大学まで考えているんだ……」


 ただの料理男子かと思ったら、律はしっかりと将来を見据えていた。


「料理以外に興味があることができたら変わるかもしれないけど、いまのところは他にないから。せっかく東京に引っ越したんだし、都内の高校で料理の勉強がしっかりできるところに行きたいなって思ってる」

「わぁ、すご……」


 わたしは将来なんて漠然としか考えていない。

 高校進学なんてどういった分野の勉強ができるのかもまったくわからない。

 そうか、東京で進学するとなると東京の高校について一から調べなければいけないのか、と今更ながら気づいたくらいだ。


「別に凄くない」


 稟はカートを押して歩き出しながら、小声のまま言った。


「前に父さんには、中学を卒業しないと高校や専門学校には行けないぞって言われたし」

「え?」


 わたしは目を丸くしながら聞き返したが、律からは調味料の棚で立ち止まってトウバンジャンテンメンジャンの瓶を眺めながら「稟は、どのくらいまで辛いのは平気?」という質問しか返ってこなかった。

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