寝相が悪い男の話

川村人志

寝相が悪い男の話

 カギオの部屋のベッドが、二段ベッドになっていた。前に遊びに来たときは、一段のシングルベッドだったはずだ。

「同棲でも始めたのか?」

 ここに来る途中に寄ったコンビニの袋をテーブルに置きながら、本人に問う。

「ああ、いや、違うよ」

 カギオが、私の視線の先を追って、質問の意図を理解したのだろう。すぐに否定した。

 ただ、次の言葉がなかなか出てこなかった。

「ううん、なんて言ったらいいか……」

 あごに手をやり、考え込んでいる。ちらちらと、こちらを見る。話すことはあるが、私がその相手にふさわしいか、値踏みしているように思える。

「ああ、そうか、お前……、変な話、好きだったよな」

「変な話?」

「ほら、前、読んでいたじゃん。文庫の、怖い話が載ってるやつ」

 私は肯定した。確かに、私は怪談が好きだ。特に、誰かが実際に体験した、いわゆる実話怪談や怪談実話と呼ばれている、そういった話が好きだ。

 そして、カギオの言葉で理解した。彼はこれから、そういう類の話をしようとしている。

 腰を座椅子に落ち着け、テーブルに肘をつき、彼を見据える。聞いてみたい、という雰囲気を、彼にわかりやすいように発した。


 よくあるじゃん、夢の中で落ちると、体がガクンとして目が覚めるって話。

 俺、しょっちゅうそれがあるんだよ。週に二回とか、三回くらい。去年まではそんなことなくて、今年からだよ。

 あまりにも多いから、原因を調べてみたんだけどさ、こういうの、ジャーキングって言って、疲れていて、眠りが浅いときに起こりやすいらしくて。でも、心当たりないんだよ。だってもう俺らさ、単位ほとんど取り終わって暇じゃん。まあ、就活は嫌だけどさ。夜遅くまでやるわけじゃないし。要するに、疲れてないんだよ。

 だから、原因が分からなくて、とりあえず寝る時間増やすかってしたんだけど、治らなくて。

 で、先月だったかな、また落ちる感覚がして起きて、しばらく起きずにスマホをいじっていたら、チャイムが鳴ってさ。アパートの入り口じゃなくて、玄関のチャイムの方。怪しいじゃん、そんなの。いきなり廊下に来て。朝だし。だから、無視したんだよ。でもしつこくチャイムが鳴ってさ。ドアもノックしてきて。それで、外から「下の階に住んでいる者です」って声がして。仕方なくドアを開けたら、女性が立っていて。

 まあ、見覚えがある人で。大学行ったりバイト行ったりするときに、時々見かける人だったから。とりあえず、「何ですか」って、できるだけ怖がらせないように、柔らかく応対したんだよ。そうしたら、向こうが申し訳なさそうに、朝に何をしているか聞いてきて。「どういうことですか?」って聞き返したのよ。

 その人、週に二回か三回くらい、朝に上からドン、と何か重い物が落ちるような、大きな音がするって言うんだよ。朝それで起こされて結構つらいからやめてくださいって、こっちが申し訳なくなるくらいぺこぺこしながら言われて、すみません気を付けますって言って。

 話が違うじゃんって思って。夢で落ちると目が覚めるって、落ちるのは錯覚なわけじゃん。筋肉の痙攣だっけ? それが落下感とか浮遊感と錯覚して、それでビクッてなって目が覚めるって、そういう話だったじゃんって。下の階の人が音を聞いているってことは、俺は本当に落ちているんだよ。朝、週二三回。何だよそれって思って。

 でも原因が分からないから、何もできなくてさ。もやもやしながら寝たんだけど。そのせいなのか、次の日いつもよりタイミング早く目が覚めて。落ちる! のタイミングの一瞬前に目が覚めて。目を開けると向こう側の壁が見えて。パソコンがスッと下から上に流れて、左腕からドスンと、ベッドに落ちたんだよ。背中が壁をずりってこすってさ。

 だから俺、本当に落ちてたんだよ。寝ている間に、ベッドのそばの壁にくっついていて。起きると落ちるんだよ。昔から寝相が悪いんだけど、まさか壁の上を転がるなんてさ。

 それで、二段ベッドを買ったんだよ。これなら、転がっても、ネズミ返しみたいに、ベッドの上の段の裏側に行くから、落ちても音が鳴らないし。


 カギオの話は興味深かった。

 私は彼の話を否定せず、最後まで相槌を打って耳を傾けていたことに気を良くしたのだろう。いつもより上機嫌に思えた。

「寝ているところを、カメラで撮ってみたら? そうしたら、どうなっているか分かるんじゃない?」

 そう提案すると、彼はその手があったかと手を打ち、実家に使っていないカメラがあるから、それを使ってみると言った。


 後日、カギオが亡くなったと聞いた。

 自室で倒れているところを、下の階の住人と大家が発見したという。

 高い所から落ちて、頭を打ったとのこと。

 私は、彼が眠りながら壁、二段ベッドの天井を転がり、部屋の天井に落下。その衝撃で目を覚ました結果、天井から床まで落下して亡くなる様を、ありありと想像することができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寝相が悪い男の話 川村人志 @arucard66

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ