第2話屠龍と悪魔

屠龍、字の如く龍を屠ること。過去の戦士たちは槍と盾に立ち向かった。戦士たちは吐き出された炎に踊り、流された龍の涙で渇きを癒す。

まだ人類が飛行機械を開発してから10年程しか経っていない。

そして、その10年前まで人々は言っていた。

「空は神聖な場所であり人類が例え空を飛び回るようになっても血に汚れる事はないだろう」

その答えは全ての人々が見届けることとなった。


森の一部を整え、地面を均した飛行場があった。

将校服に身を包んだ若い兵士たちが居て笑顔で語らっていた。

風見鶏が風を受け回る。肌に強く感じる風は彼曰くそうでもないとか。

併設された小さな兵舎から勲章を付けた将校が出てきて皆に叫び伝える。

「よぉし!おめーら、出撃!目標はくそったれだ!精々生きて帰ってこいっ!」

兵士たちは兵舎に向かい皮の飛行帽とゴーグル、厚手のコートに身を包んだ。彼らは悪魔の顔をしていた。それは魂を引き換えに快楽を与えるような生ぬるい悪魔では無い。全てを喰らい尽くし果てには己すらも喰うバケモノのそれである。

各々が派手に塗装された布張りの戦闘機に乗り込む。

そんな中、最後の言葉を交わす二人が居た。

「それじゃぁ、帰ってきたらまた聞かせてくれよ?その・・・キノコの話。」

「マンドラゴラは人参のバケモノって言ったろ?。帰って庭の手入れをしないといけないから必ず帰るさ。」

「そういえば、あんたはこれで出撃規定数になるんだっけか。」

「国は私を必要としている。でもそれは庭の草木も同じだからね。どうせ一週間も帰らせてくれはしないさ。」

「それじゃあ、高きの友の所へ。」

次々と発動機が爆音を響かせ風に乗った二枚羽が飛び立つ。

発動機が熱くなり身体が冷たく凍り付く。乾いた高空の風が鼻と喉を乾かす。

綺麗な陣形を組んだ極彩色の飛行隊は正に空を支配する部族の戦士であった。

30分もしない位の時間が経った。まだ理解も追いつかぬ発動機の決まったリズムで訪れる振動は戦士のゆりかごか。


先頭のパイロットがハンドサインをした。そして腕を振った方を見ると敵のくそったれ共が目に入る。

先頭の機体がくそったれの方に舵を取り高度を上げる。前半分の機体はそれに続き高度を上げる。後ろ半分はそのままくそったれ共に突っ込んでいく。

空のサーカスが始まる。極彩色が回る、弾ける。火の玉が大地に降り注ぐ。曳光弾が美しい花火のようだ。

猛禽類のように降ってくる戦闘機、蜂のようにまとわりつく戦闘機。

火を吹きあげながら、火達磨になりながら破壊の種をまき散らかす爆撃機。

極彩色が回る、弾ける。火の玉が大地に降り注ぐ。曳光弾が美しい花火のようだ。

女王蜂を守らんと働き蜂共が奮起する。戦士たちが地に落ちゆく明日の自分に敬意を示す。2丁の機銃が800発の死をばら撒く。

そのうちの100発が友を殺した。2丁の機銃が100発の嘆きを放つ。そのうち1発が誰かの心に届いた。もはや人が生まれ死にゆく大地に帰ることも叶わず。2匹が1匹を喰う。そしてその1匹が2匹を喰った。

乾いた高空の風は戦士の血潮と機械油で潤いを取り戻す。

地に降り注ぐ糞と火の玉を誰かが見上げる。まるでジオラマの人形のように。

真っ黒な破壊の花火が打ち上がりサーカスは大盛況だ。

弾片が隣のヤツを引き裂く。熱をその肌に感じる。

戦士たちは仕事を終え帰路に就く。途中、二機の発動機が死ぬ。

二人が奈落に落ちる。しかし案ずることはない。奈落は既に我が祖国の手の内、迎えの車を走らせるのは容易いことだった。

戦士たちは基地に凱旋する。誰も祝わぬ凱旋、30分前の恨みつらみだけが彼らを包む。


それから2~3日経った頃、基地に一つの電信が届く。そして一番若い彼が呼び出された。

「・・・」

基地司令官は電信を書き写した書類に目を通しながら話を始める。

「全く君は凄いな、出撃するたびに3機は落として帰ってくる。」

黙って話を聞き続ける。

「司令部は君を新しく設立する飛行隊の隊長に任命し本土防空に当てたいそうだ。前から言っていたろ?一度家に帰りたいって。どうかね?」

表情を一つと変えず言葉を吐き出す。

「それは命令ですか」

「・・・ふん、ではそういう事にしよう。すぐに迎えが来る。前線付近は通らない装甲列車だ、乳母車に乗ったつもりで行くといい。」

書類に名を書き記し転属を了承する。

この時を待っていたと言わんばかりに昼前には見覚えのある将校がやってきて彼をさらっていった。

「彼らに別れは言ったかね?」

「1分だけ下さい。」

「構わんよ?もう二度と会えないだろうからな。」

彼が向かったのはあの時の男の元だった。

「おぉ、そうか・・・昇進したか。」

「生きて帰ってきてくれ。家の庭をまだ見せていない。」

「うむ、勿論さ。あんたには叶わないが俺だって腕利きだぜ?庭を見た後は俺が撃ったウサギをローストにして食べよう。」

「最高の祝杯になるな。その時は秘蔵のワインも飲もう。」

「「では、また。」」

顔を見ることなく二人は生き別れる。さようなら、ただそれだけ。

そして装甲列車に乗り込み祖国への短い旅が始まった。

それを旅と言うには余りに辛く、悲しい。先程まで聞こえた鉄と火薬の弾ける音は石炭が燃える音にかき消される。窓の無い部屋、決まったリズムで訪れる揺れ。兵士は疲れた心を鉄の毛布に包んだ。


どれ程経ったか分からない闇の中、夢を見た。

誰も居ない様な全てが焼け落ちた街。残酷な日差しと嵐が繰り返される。がれきの影に身を潜め、餓えとインフレに喘ぐ人々だけがそこにあった。皆、明日の為に今日を売っていた。子供は文字通り売り飛ばされ大人はその臓器を売る。この戦争の大義などそこには無い、誰もが苦しみ嘆く。その影に悪魔が潜む。


端の駅で降りた青年は家へ向かう。こう見えても中流階級で小さな地主の子供だ。

まだ、戦火の香りは殆どしなかった。100年以上変わらない景色だった。都市は舗装路がほとんどになったがここらがそうなることは無いだろう。

石造りの家の様子はあまり変わらなかった。だが、草は伸び放題で汚れが目立つ。時が止まっていたようにも見える。


家の中の家財、特に金になりそうなものは一つと残っていなかった暖の一つも無く、ただ広い空間だけが残されていた。

母は流行り病で早くに死んだ。父は今、議員として戦争を推し進めている。ここにはもう、何もない。

もちろん地下の酒蔵すら液体の一滴も無い。

青年は一人、小さな声で呟く。

「はぁ、全部持って行ったのか・・・これでは約束を果たせそうに無い。済まないな、全く。」


そして次の列車に乗り司令部に向かった。その足取りは先程よりもずっと軽やかだった。正にサーカスの一員として相応しい。


こうして、防空軍は結成された。部下たちはまだ18歳にも満たない少年ばかりであった。最も、それを指揮する青年ですら20歳になったばかりの若造だった。彼らには持てる科学技術を全て詰め込んだ全金属製戦闘機が渡された。主力機の約2倍の口径を持った機関銃を持ち、抵抗の少ない一枚翼はくるくると回るサーカス団を撃落す飛竜。少年達の顔には祖国へ報いる気持ちだけが描かれていた。

青年の顔には昏い悪魔の顔が上塗られていた。

それから度々首都上空を飛行し国民達にその力を誇示した。

そして1カ月の訓練飛行を終え、初陣を刻む。


敵の観測気球がもうすぐそこに来ていた。少しずつ雷鳴が近づく。

「目」を潰すのだ、目を失った砲兵は最早ただの重りである。

少年達は沸き上がるそれを抑えきれなかった。武者震いで済んでいればマシな方。過呼吸で倒れる者や興奮の余り仲間に飛び掛かる者。

そしてそれら全てを高空の空気がさらっていく。


敵の観測気球を撃ち落とす。口径の大きな機関銃は弾持ちが悪いが気球程大きな的になら当たる。空中で大きな爆発が続く。途中一機が接近しすぎた。爆発に巻き込まれ火の玉となって散る。

それまで大空を支配していた飛竜はその動きを止める。

みんな生きて帰って来られる。みんなエースパイロットになる。

みんな勲章を貰って、この国を勝利へ導く。その儚い夢はこの瞬間を以って夢であると証明された。このまま帰すわけには行かないと敵の戦闘機がやってくる。青年は叫んだ。

「セオリー通りに戦うんだ!敵の動きに惑わされるな!」

聞こえる筈のない叫び、彼らが叩き落とされる音に重なる。

まだ戦を知らぬ竜の子達は次々と喰われる。例えそこが竜の狩場だとしても。

強力無比な竜が一匹居たとしても奴らもまた凶暴な肉食獣、その全てを殺せる訳ではない。一匹、また一匹と落とされる。


たった一人、逃げ帰る。我々の敗北が、彼らの死が祖国に伝わることは無い。同じ色の飛行機と代わりのパイロットを用意すれば誰も気付きはしない。仮に伝わったとしてもその情報は国威発揚に使われるだけ。人の命は鉄と国の未来よりも遥かに安い。

少しずつ近づいてくる、一歩また一歩と。その度に一つ、また一つ崩れていく。


ある日の夜の事。青年はあまりに奇妙な感覚に襲われた。自分が起きているのか、寝ているのか分からなくなった。自分が飛べば他の全てが落ちる。彼らへの嘆き?怒り?喜び?今を生きる喜び?最後の一欠が音を立てて崩れ去る。


そして朝がやってくる。また何処からか集められた少年を率いて飛ぶ。その時少年達は初めて隊長の笑顔を見た。


そしてその日の戦いはこれまでに無いほど苛烈なものであった。

海に浮かぶ鋼鉄の城たる戦艦が幾つも沈む。人はその血を無意味に大地へと捧げる。

我ら戦闘機達も例外では無かった。飛んで火にいる夏の虫とはこれのことか。

最早空は騎士の決闘場では無くなっていた。礼儀など無い。武勇などない。醜く、禍々しい。日の光が残酷な戦争を照らす。

そんな中、一機だけ動きの優れた奴がいた。全ての航空機を撃ち落とさんと舞う。次々と気球を落とし群がる戦闘機を喰い荒らす。しかし数日後にはその姿は無かった。


そして一人、生きて帰ってきた。彼はまだ18歳にも満たない幼い顔をしていた。しかしその瞳は戦火に渇き、顔には悪魔が眠っていた。生かされたのだ、彼に。誰かが龍を屠る。龍の魂は誰かに憑りつき悪魔となった。



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