2人だけ

 その日は曇り空だった。なのに私の周りはわいわいと賑やかだった。


「おはようございます」


 学年テントに向かう途中にいきなり声をかけられる。声の主は、樹さんだった。私は驚いて上手く言葉に出せない。


「樹さんおはよう。元気ですか?」


 私はまた先生に先を越されてしまった。私はいつになったら樹さんと自然に話せるようになるのだろう。


 ✱✱✱


『これより昼休憩に入ります。午後の競技開始は十三時からを予定しています。』


 午前中の競技が全て終わり、家族と合流する途中、後ろから声がした。


「あやちゃん」


 こう呼ぶのは、家族以外にはあの子しかいない。学校では、名前の下にさん付けで呼ばなくてはいけないルールがあるからだ。

 私は慌てて振り返った。そこには柔らかく笑う樹さんの姿があった。


「今からご飯?」


「.......」


 私の車椅子に近寄って、目線を合わせるようにしゃがんで話しかけてくれる。学校以外会った時や、2人だけの時は必ずそうしてくれている。


「お母さんたちのところまで一緒に行こうか?」


「だいじょうぶ」


「そう、じゃあ気をつけてね」


 そう言って、軽く頭を撫でて樹さんは歩いていった。別れ際に頭を撫でてくれるのも学校以外か、2人だけのときだけ。そういう優しいところが、本当にずるいと思う。私は樹さんにそうされるのが、本当に大好きだから。


「ずるいよ......本当に.....」

 そう呟いた時には、樹さんの姿は見えなくなっていた。私はよく分からない気持ちのまま、家族の元へと急いだ。

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