第26話、カラオケ①
待ち合わせ場所である駅前に到着すると、そこには既に今日の参加メンバーが集まっていた。
俺と純白が来た事に気付いた彼らは笑顔を浮かべながら手を振っている。
俺は女子三人から囲まれ、純白は男子三人から囲まれ、それぞれが俺達に熱い視線を送っていた。
「蒼太くんの私服姿、めっちゃかっこいー!! 大人っぽいっ!!」
「ほんとそれ! 背も高いしさ、モデルみたいだよね!」
「あたし蒼太くんとカラオケ行くのめっちゃ楽しみだったのー!」
わいわいきゃーきゃーと騒ぐ女子達に何と返したら良いか戸惑う俺。助けを求めようと隣を見ると、純白も同じように困った時の硬い笑顔を浮かべていた。
「純白ちゃんやべー!! すっげえ!! まじでかわいい!!」
「本物の天使? その白ワンピースと純白ちゃんの組み合わせ、最強すぎるんだけど」
「オレ、純白ちゃんと同じクラスになれて本当に良かったわ。毎日が幸せ過ぎる……」
純白を囲んで熱い視線を向ける男子達。純白もちらりと俺を横目で見て助けを求めているが、俺も俺で女子達に囲まれて身動きが取れない。
もっと全員で和気あいあいと楽しく遊ぶものだと思っていたが……まさかこんなふうになるなんて想定外。
そのままあれよあれよと話は進み、俺は女子に囲まれたまま、純白は男子に囲まれたまま、今日の舞台となるカラオケ店に案内されてしまうのだった。
◆
受付を済ませて中に通されると、そこは大人数用の部屋だった。
部屋の中は薄暗く、ソファーとテーブル、テレビとマイクだけが置かれたシンプルな内装だ。
ドリンクバーで各自飲み物を取った後、参加者一同で席を決めるくじ引きが行われる。
店に来るまでは囲まれていた俺と純白だが、公正で公平なスマホアプリの抽選の結果——俺は何とか純白の隣の席を確保する。ラッキーだった、ツイている。
ここに集まった男子と女子で色々な思惑が渦巻いているようで、俺の隣になれなかった女子と純白の隣になりたかった男子が何だか悔しそうな表情を見せていたのが印象的だった。
そして全員が決められた席に座った後、今回のカラオケ集会の発起人であり、二年生になると生徒会長に選ばれる戸山優子が、リーダーシップを発揮してマイクを持って口を開く。
「はい、みんな注目〜。今日はあたしの誘いに乗ってくれてありがとね〜。とりあえず好きな曲を歌って、食べたいものがあったら頼んで、仲良くお話しましょ~っていう感じです! 今日はみんなで盛り上がっちゃおー!!」
明るい声で場を盛り上げる幹事役の戸山。そんな彼女の言葉に全員から拍手が上がり、この場の空気感は一気に良くなっていた。
そして参加者の中で一番元気のあった男子がマイクを取って「まずはオレからだー!」と高らかに宣言する。
彼は勢いよく立ち上がりタブレットを操作して曲を入れたようだ。
スピーカーからは流行りの曲が流れ始め、男子生徒はその歌に合わせて熱唱していた。決して上手ではないからこそ次に歌う人へのハードルも下がり、彼の歌を聞いた他の人もタブレットで次の曲を入れ始める。
一度目の人生ではこういった場所に顔を出した事がないからとても新鮮だ。ヒトカラでひたすら熱唱して帰るだけだったからな。まあそのおかげで歌がかなり上手くなったんだけど。
そんな事を思い出しながら他の人が歌う曲を聞いていると、純白が笑顔でリズムに乗りながら肩を揺らしている事に気付いた。こうして楽しげに歌を聞く姿は微笑ましい、見ているだけで癒される。
他の男子も俺と同じ感想を抱いているようで、純白をチラ見しながらニヤけている奴が何人もいた。
「純白ちゃんってどんな歌好き?」
「ポップ? ロック? はたまたアニソン? オレ、純白ちゃんのリクエストなら何でも応えるよ!」
「あ、ずる! おれだって!」
せっかくのくじ引きして決めた席。本来なら隣の席の人と仲良くなるチャンスなのだが、そんな事はお構いなしにテーブルに体を乗り出して純白に話しかけていく男子達。
しかし何があっても丁寧に対応するのが純白だ。ちゃんと男子の質問に答えていく。
「そうですね。わたしはバラード系も好きですし、ポップやロックも聴きますよ。それと好きなグループだと『Rsi』の楽曲が好きですね」
「あ! Rsiいいよな! おれ、この前Rsiが歌ってたアニメのオープニング歌えるぜ!」
「そうなんですか? あの曲、とっても良い曲ですよね」
「よっしゃ! 純白ちゃんに聴かせたる! 次はおれが歌うぞ!!」
意気揚々にマイクを手にした男子はタブレットを操作する。他の男子も「オレにもなんかリクエストしてよ!」と純白にアピールをしていた。うん、やっぱり純白の人気は凄まじいな。男子達のあの食いつきようを見てれば分かる。
そして俺の方も女子から熱烈なアプローチを受けていたりするのだ。
「ねえねえ蒼太くん、何か食べたいものない?」
「飲み物取ってきてあげよっか? コーラが良い?」
「あたし、蒼太くんが歌ってるとこ見てみたいなー」
と三者三様に話しかけてきた。こういう場面に出くわした事は今まで一度たりともないので、どう答えようか困惑していると――。
つんつん、と太ももを突かれる感触があってその方向に視線を移す。そこには小さくて可愛い純白の手があって、人差し指で俺の膝をつついていた。
俺と目が合った純白は周りに聞こえないような小さな声で俺に話しかけているのだが、男子の熱唱が邪魔をして俺の耳にも届いてこない。
だから口の動きで察するしかないのだが……。
(えーっと。にいさん、あま、えたい? 俺に甘えたい?)
そんな言葉を読み取った後、純白は再びつんつんと俺の膝をつついていた。
全くもう。甘えん坊なんだから。いつだって純白はお兄ちゃんの俺に甘えたくて仕方がないのだ。
部屋が薄暗い事もあって周りの女子も気付いていないし、良い所を見せようと張り切っている男子にだって見えていない。ちょっとなら良いけど、いつもみたいにくっついたりするのは我慢だぞ。家に帰るまでは良い子にしててくれ。
俺が苦笑いしながら首を横に振ると、今度はぷくっと頬を膨らませて俺の太ももをぽんぽんと叩き始めた。まるで構ってくれないと拗ねる子供みたいだ。でもそんなところも可愛いんだけどな。
純白はまた小さな声で俺に話しかける。
(お、てて? お手々? なるほど……こっそり手を繋ぎたいって事か)
俺がテーブルの下でこっそりと手を開くと、純白は嬉しそうな笑みを浮かべてすぐに手のひらを重ねてくる。
指と指の間に互いの指を入れ合い、優しく包み込むように握り締めた。テーブルの下でする恋人繋ぎ……こんなの初めてでドキドキする。
そうしてこっそりとテーブルの下で指を絡ませてイチャついていると、さっきの男子が歌い終わったようだ。カラオケの画面に表示される点数は92点と上々だ。
「ふぅ、どうだった! おれの美声は!? 純白ちゃんはどう思った!? 感動した!?」
「そうですね。Rsiの曲って難しいのにすごいです。それに音程が安定していて上手かったです」
「実はおれの一番の得意曲でさ! ありがとう純白ちゃん! こうやって褒められるなんて嬉しいぜ!」
その男子は純白の返事を聞いて満足気に笑みを浮かべると、今度は俺に向かってマイクを差し出した。
「次は蒼太くんの番な! おれの採点超えれるかなぁ?」
得意げにニヤニヤと笑う男子生徒。よっぽど自信あるんだろうな、確かに上手かったし。声量も申し分ないし音程もしっかりと取れていた。こうやって得意げになるのも理解できる。
でも今回はちょっと相手が悪かったかもしれないな。
一度目の人生で暇があればカラオケで歌っていた俺、そのおかげで歌は上達していったし、歌えるレパートリーも増えていった。素晴らしい歌唱力とは言えないものかもしれないが、さっきの男子の引き立て役に収まるようなものでもないはずだ。
タブレットで何を歌うか選びながら操作をしていると、さっきの男子はニヤついたまま俺に話しかける。
「すまんすまん、あんまり歌うのは得意じゃなかったか? それなら純白ちゃんか他の奴に――」
「大丈夫だ。まあ座って聞いててくれ」
俺はその男子の言葉を遮ってマイクを片手に立ち上がる。隣に座る純白は眉尻を下げて心配そうな顔を向けてくるが、俺は安心させるように微笑んで見せた。
安心しろ、純白。お兄ちゃんは妹の前でカッコ悪い姿を見せたりはしないからな。
そうして部屋に流れたイントロのリズムに体を委ねる。この歌は俺が一番好きな曲だ。ちょうど今ごろに人気が出始めた曲で数年後には誰もが知る名曲になった。一度目の人生では何度も何度も歌った。
俺は流れてきた歌詞を頭の中でなぞり、それを音に乗せて紡ぎ始める――。
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