希望の背中

@toto39

希望の背中

あの眩しい光景に俺は憧れた。

だが、それは果たして俺は届くのだろうか。


俺が目覚めた時には既に何も残っていなかった。その隣には母さんが寝てい

た。顔を見るとクマが出来ており、泣いたような跡が残っていた。俺はあの時

の光景を思い出す。塾の帰りに青信号を渡ったら大きなトラックに撥ねられて...

そのまま目まぐるしいサイレンに吸い込まれたことを思い出すと、震えが止まら

なくなる。その結果がこの体だ。もう何も残されていない。つまり、俺は「だる

ま」になったわけだ。

「ははっ、もう何ができるんだよ...」

俺は自分の体を見て苦笑した。飯も食べられず、文字も書けなく、何もかもがで

きなくなった体を見て。そう思うと絶望が頭を埋め尽くす。その時、テレビから

音が聞こえた。どうやら、先ほどからついていたようだ。そこではバドミントン

の試合が行われていた。どうやら、男子シングルスの日本大会の予選のようだ。

そこには彼の姿があった。俺がバドミントンを始めるきっかけになったあの選

手がいた。彼は日本一と名高い選手だったが、ここのところは全く勝てずにい

た。だが、引退することはせず、ずっと戦い続けていいた。元の彼のプレイスタ

イルは既に研究されている。だが、それでも努力し続ける姿に自分は憧れてい

た。「やりました、やりました、〇〇選手、ついにやった!念願の予選第一回

戦突破!やりました!」彼は渾身のガッツポーズをし、テレビに映った。その後

ろ姿がそれは立派だった。


それから俺は大変だった。俺は絶対にバドミントンがやりたい。その旨を医者

に伝えたところ、義手、義足を薦められた。それからは工房へ電話をし、断ら

れるを繰り返した。俺はもうダメだと思った。どこにも受け入れてもらえず、も

うこの体のまま色々なことをしていくしかない、バドミントンは愚か運動は何も

できないと思った。俺はボロボロ泣きながら、最後の工房へ電話をした。そこ

からは何を話したか覚えていない。だが、はっきりと覚えていることがある。

「その依頼、引き受けましょう」

と。


「初めまして、僕がここの工房の店員兼店長兼オーナーのまさのりです。まぁ、

つまり1人でやってる小さい工房ってことね」


俺は母さんに車椅子に固定してもらい、車に揺られながらこの工房へと来た。

久々の外出、車に乗ったが乗り心地はあまり良くなかった。そんな俺の体調が

わかったのか、まさのりさんは

「初めてだもんな、慣れないか」

と笑ってくれた。

「まぁ、少し休め」

そう言うと彼は暖伩をくぐって台所へと入っていった。工房はそこまで狭くはな

いが、かなりものが乱雑に置かれている。床に散らばった紙、どこに何があるん

だがわからないパーツ類とそれはひどい状態だった。だが、義手・義足はきちん

と綺麗に並べられており、食べ物などはしっかりと棚に入っている。良く見ると

それは彼に適した環境なのかもしれないと思えた。

「これ、茶な。あ、お母様も」

まさのりさんは多分、50歳後半くらいで分厚い眼鏡をかけており、肌は茶色い。

笑顔が素敵な人だった。その代わり口調はかなり荒々しそうだ。

「んで、義手・義足だったっけ?それにしても珍しいな。両方とは。まぁ、出来

ねぇことではないが、かなり難しいぞ。特に慣れるのがな。坊主、何かしたいこ

とがあるのか?」

「はい」

俺は間を開けず答えた。

「俺はバドミントンがやりたいんです。俺はあの幼少期に見て憧れた、テレビで

感動した彼を目指したい」

「坊主、それだけか?」

その声は想像以上に冷たいものだった。

「それだけで十分ではないですか?この熱意があればいいじゃないですか!」

「おぅおぅ、良い熱意、それで十分だ。本人の意思が強ければ強いほど良い。い

い、気に入った。採寸していいか?」

「あ、はい...」

するとまさのりさんはエプロンからメジャーを取り出し、俺の腕、足の太さを

測った。

「うーん、やっぱり腫れてんなぁ...。大体こういうのって切った後に腫れるんだ

よ、こうぶっとくな。まぁ、心配すんな。ある程度義手・義足使ってリハビリで

もすりゃ、治るもんだから」

そう言ってにーっと笑った。


「あの、大体どれくらいリハビリって時間かかるんですか...?」

「まぁ、人にもよラァ。短い人は二週間、下手すりゃァ半年、いや一年...ずっと

かかる人もいるなァ」

そう言いながら自分で注いだお茶を啜り、「あちっ」と舌を出す。

「まァ、大丈夫だ、心配すんな。その強い気持ちがありゃァ、きっと出来るさ。

バドミントン、やるんだろ?」

「もちろんです!」

俺は即答した。

「よっし、じゃあ決まりだ。型はバドミントンが出来るかつ日常生活を送れる

ようなのにしておく。大体、型が出来んのが二週間後、全体がしっかりできるま

では...そうだな、一週間の計三週間で、どうだ?」

そう言って俺の前に3本指を立てた。その横ににっと笑う顔が添えられている。

「うん、よろしくお願いします!」

俺は動けない体で精一杯頭を下げた。


「ん、どうだよ。すげぇだろ?」

まさのりさんは一週間後、俺を呼び出した。

「すげぇ...しっかりフィットしてるし、何より動きやすそう...」

「そりゃァ、そうだよ。何せ、俺が作ったんだからよ」

プロトタイプの義手を調節しながら彼が言う。

「でも、だいぶ予定よりも早かったけど大丈夫なんですか?特に体とか...」

「なァに、心配いらねぇよ... 早くお前に渡してさ、活躍が見てぇんだよ」

彼はまた笑ったが、その顔からは何か哀愁を感じた。

「まさのりさん、俺、話し相手になるからさ、何か話してくれよ」

「ははっ、坊主、大人をからかっちゃいけねぇよ。まぁ...」

少ない顎の髭を撫でる。

「何、誰かさんの昔話さ。ある山奥にな、男とその家族が住んでた。まぁ、そこ

まで裕福な暮らしではなかったけどさ、それなりに幸せに住んでた。そんな時、

2人の子が部活の合宿に、母はそれに付き添い兼保護者代表としていく事になっ

た。男は仕事があって、朝早くに起きて子供と母を見送った。そして、彼らがそ

れから帰ってくることはなかったんだ。男は仕事に手がつけられなくなり、やめ

た。それからは家を売り払って別のところに住み、仕事も新しいものに就い

た」


彼はそう言い終えるとまた器具の調節を始めた。

「なァに、誰かさんの話さ。安心しな、俺のじゃねぇよ。俺はこの仕事が好き

だからなァ」

「本当に?」

「本当さ、坊主」

その顔は本当にことを言っているように思えないほど、あまり良くなかった。

「まさのりさん...」

「はは、坊主。これでどうだい?」

「うん、ちょうどいい。ありがとう」

「おうよ、また呼び出すから。準備しとけよ?」

そういうと彼は俺たちを見送ってくれた。

「俺の坊主たちもあんな感じに育ってたか...」

彼の背中はとても広く、小さく見えた。


「おらァ、ちょいどいいだろ?」

「うん、本当にすごい...」

俺は一週間後、また呼び出された。そこにあったのは完成品だった。

「しかも、予定よりも二週間も早い。体調、大丈夫?」

「なァに、坊主に心配されるほど俺は脆くないさ。ほら、丈夫だろ?」

そう言ってまさのりさんはにっこりと笑う。だが、その目元には立派なクマが

できている。

「なんか、俺のためだけにここまでさせちゃってごめんなさい...」

「何言ってんだ、坊主が謝ることじゃねぇ。だって、俺が勝手にやったことなん

だからよ」

まさのりさんは俺の義手の調節をしながら言う。

「それにな、俺みたいなおじさんは子供のためだったらなんでもしちまうんだ

よ」

「...」

俺は何もいうことができなかった。

「まさのりさん...」

「おっと、ごめんな。また心配さしちまった。いかんなァ。よし、これでもう大

丈夫だろ?歩いてみろ」

「あ、ありがとうございま...うわっ!」


「っと!」

俺は歩こうと立ち上がれはしたものの、一歩歩いたところで姿勢を崩してしまっ

た。

「ははっ、危ねぇな。まァ、こんなもんだ。最初から立派に歩けるやつなんかい

ねぇよ。誰しも努力していくもんだ」

そう言って彼は笑った。

「まァ、坊主だったら諦めずに何事も最後まで通してくれそうだ。いいか坊主」

彼は俺の目の前に立った。

「俺が命をかけて義手・義足を作ったんだ。魂を込めたんだ。だから」

「だから...」

「だからさ、絶対にもう怪我するんじゃねぇぞ」

「...」

俺は呆然とした。その言葉は俺が想像していたものではなかった。だが、なぜだ

ろう。知り合ってから二週間しか経っていない、ずっと一緒にいるわけでもない

彼のことが手に取るようにわかる。

「...はい。俺は絶対に怪我しない、そして絶対に日本一を取る」

俺はそう言って彼と熱い握手を交わした。


「うわっ、もう歩けるようになってる!早いです!」

ナースさんが俺に呼びかける。俺は義手・義足を作ったのち、病院へ戻り使いこ

なす練習を続けていた。それから3日もすると俺はかなり歩けるようになってい

た。

「おっと、曲がり角には気をつけないと」

俺は曲がり角で曲がるのがそんなに得意ではない。なぜかわからないが足が絡

まってしまう、そんな感じがする。

「えぇ、でも十分うまいですよ!」

褒められつつ、俺は気をつけてまた歩く。

「うわっ!」

俺は姿勢を崩してしまった。だが、最近は受け身をとれるようになったし、自分

で義手・義足を付け直すこともできるようになった。

「おぉ。これだったらそろそろ退院が近いかもしれませんね!」

ナースが笑顔で言う。そうか、俺もそろそろここを巣立つのか...。そうすれば、

俺も目標の達成に近づく。

「そうですね」


俺は自然と笑顔になっていた。


「義手・義足の使い方もうまいですし、容体も良くなりました。退院しても大丈

夫でしょう」

俺は翌日、医師から結果を伝えられた。嬉しい気持ちが込み上げてきた。

「そういえば、高校は同じところに通う予定で?」

「いや、この子のところは進学校で、もう欠席回数が多くなってしまったから無

理なんです...」

母が悲しそうな顔をする。元はというと母が進学校に行ってほしいということ

で、俺はその学校を志望したのだった。

「でも、別の学校に転入できることになったから。まぁ、そこの高校に行きま

す」

「それならよかった。何かまたあったら来て下さい」

そんなこんなで俺は退院することが出来た。


だが、それからが地獄だった。俺は学校でバドミントン部に入ろうとしたが、

断られてしまった。理由として「君が入っても他の部員の足を引っ張るから」だ

そうだ。俺は場所だけあればいいと言ったが、頑なに拒否されてしまった。俺は

渋々承諾した。他にも色々と大変なことがあった。日常生活でも義手・義足が

外れたりすると友達から白い目を向けられたり、舌打ちされたりした。特に階

段を登るのは大変だった。エレベーターが使える場所はあるが、それも一部の場

所だけなのでほとんどの場所は自力で登った。

「ねぇ、君、大丈夫?」

いつもの「かわいそうだから手伝ってあげよう」という精神で話しかけてきた人

だと思った。俺と同じ学年の色のリボンを付け、髪は短く切っている。

「いや、大丈夫。慣れてるから」

俺は断ろうとした。が

「いいから。別にかわいそうだから手伝ってるわけじゃない。人の善意は普通

に受け取っておくべきさ」

そう言って手伝い始めた。

「ごめんよ、この体制で大丈夫?何せ背が足りない物でね」

「いや、大丈夫」

「OK、いくぞ」


2人でえっちらおっちら階段を登る。その間に何人が通り過ぎたかは分からな

い。だが、彼女は俺に最後の段まで寄り添ってくれた。

「あ、ありがとう...」

俺はあまり礼を言ったことがなく、躊躇する。すると、彼女は理解してないよう

な顔をした。

「なんで、礼を言うんだ?別に自分が無理やり手伝うって言ったんだから別に礼

なんかいいぞ」

「あ、えっと...」

俺は初めての返事に戸惑った。

「あ、ごめん。いつも人のこと気にせずに言っちゃうからさ。行為は受け取っ

ておく。ありがとう。ところで、君のその義手・義足良いな!良いデザインして

るし、機能も良い!」

「はぁ...」

俺は何もいえなくなる。褒められてもちろん嬉しい気分ではあるが、なんか興奮

しすぎている人を見ると引いてしまう。

「おっと、すまん。これだから私は...。私はバド部に入ってるんだけど、こうい

う義手・義足とかも好きなんだよ。まぁ、おじさんの影響なんだけど」

そう言いながら彼女は俺の足の周りでうろちょろしている。

「へぇ...ってバド部!?」

「あ、訂正。学校のじゃなくてスポーツクラブでってこと。間違えたね、ごめ

ん」

「いや、別にいいんだけどさ。俺、バドやりたいんだ」

「へぇ、バドやりたいんだ...んで、場所探してるってわけでしょ?」

「よくわかるな」

「そりゃ、ここの学校のバド部だったら断るかなって。まぁ、私のクラブもそん

な強いわけじゃないけどさ」

そう言って彼女は俺の前にチラシを差し出した。

「ちょうどよかった。誰か勧誘してこいって一週間前からお達しが来ててさ。こ

れ、あげるよ。よかったら来な。じゃあ」

彼女はくるりと回って背を向けると、手をひらひら振りながらその場を去って

いってしまった。

「なんだか嵐が吹いたみたいだったな...」


俺は彼女の後ろ姿を見る。そしてもらったチラシを見て小さくガッツポーズを

作った。


「え、義手・義足だって!?」

体育館に大きな声が響く。

「えっと、ごめんなさい。ダメですよね」

俺は苦笑いをする。態度だけでも良く、それは母から言われた言葉だ。

「うーん、ここにそういう選手はいないからなぁ...」

そう言ってコーチは腕を組む。

「しかも、両腕・両足共に義手...片方ずつだったらまだしも、両方となると

なぁ...」

「えー、いーじゃないですかぁ」

すると、急に背後から声がした。それは今日の昼休みに会った彼女だった。

「おい、美希。また遅刻じゃないか」

「すみませんって。んで、新規の希望がきたんでしょ?受ければいいじゃないで

すか」

「とは言ってもだな...」

「『最初からやれないと判断することが一番良くない。挑戦することが大切

だ』誰のセリフでしたっけ?」

そう言って彼女はコーチを細い目でじっと見つめる。それを見て、コーチが少し

後退りする。

「すみません、俺、どうしてもバドミントンがやりたいんです!そのために義手

と義足を作りました。気持ちだけじゃ上手くいかないのは誰よりも分かってるつ

もりです。でも、俺は、俺は、どうしてもバドミントンがやりたいんです!お願

いします!」

俺は泣きながら思いっきり頭を下げた。やりたいという気持ちが溢れてきてたま

らない。前が全く見えない。俺はこんなにもこの競技に魅せられていたんだと気

づいた。

「あぁ、もう乾杯だよ。分かった。だが、やるからには頂点だ」

そう言ってコーチはニッと笑い、俺に手を差し出してきた。

「はい、よろしくお願いします!」

俺はその手を握った。

「お、凄いな...ここまで人間の手に近づけられるのか...」


「バドミントン協会にも見てもらってこれだったら大会に出るのも問題ないらし

いです」

「本当に君の行動力は凄いな」

驚きだ、と付け足して彼は苦笑いした。

「確かにこれだったらラケットを握れそうだ。あとは腕の振りとか、課題は

いっぱいだが、とにかく一つずつ確実に取り組んでいこう」

コーチはそう言うと俺を連れてコートに入った。

「持ち方分かるか?」

俺は頷いてケースからラケットを取り出す。高校の進学祝いに親からもらったも

のだ。前にやっていた持ち方でラケットを握る。あの時のような感覚は戻ってこ

ないが、義手はバッチリその様子を再現していた。

「たまげた。ここまで綺麗に持てるとは。打てるか?」

俺は不安だった。バドミントンは瞬発力が大切だ。良いタイミングで良い位置

の時に良い力を瞬発的に出さなくてはシャトルは飛ばない。果たしてそんな緻密

なことが義手にできるのだろうか。

「とりあえず、やってみます」

俺はコートの中央へ向かった。コーチが慣れた手つきで球を上げる。彼は配慮し

てくれたのか俺のいる位置ぴったりへ打ってくれた。気をため、一点に集中す

る。腕は想像よりもスムーズに動いた。ピッタリの位置へ移動し、打つ。だが、

良い感触はあまりなかった。それどころか、あまり球が飛ばなかった。なんと

か相手のコートに入れることはできたが、ヒョロヒョロの球は意図も容易く

コーチに遠くへと撃たれてしまった。

「うーん、打てたのは良いが、その調子だと大会は...」

「分かってます」

俺はコーチを見つめる。これじゃダメなことは俺にだって分かってる。

「少し研究させてください。そうすれば何かわかるかもしれない」

俺は自分の義手をじっと見つめた。

「あぁ、もちろんだ。俺も少し帰ったらデータを分析したりしておく。じゃあ、

他の子も見ないといけないから」

そう言って彼は去っていった。

「...」

俺は義手を見る。反応が遅れたことはなかった、と言うことはどちらかという

とやはり瞬発力を出せなかったことだ。この義手に瞬発力を出す機能が備わっ

ているのかはよくわからないが、とりあえずやってみる価値はあるだろう。


「なぁに、考えてるの?」

俺の肩がビクッと反応した。声からして彼女だろう。

「いや、あんまりインパクトが良くなくて...」

「...?」

彼女は頭を傾ける。どうやら、伝わっていないようだ。

「えっと、義手でやってるからか瞬間的に力が入らなくて、シャトルが飛ばな

い」

「あぁ、そういうことね。OK、じゃあラリーやって感覚を掴みたいってこと

ね」

すると、どこかから大きな段ボールを引き摺り出してくる。中には大量のボロボ

ロなシャトルが入っていた。そこから彼女は雑に取り出す。

「やばっ、このシャトルの羽、抜けすぎてるな...飛ぶか?」

シャトルを光に当てて観察するが、絶対に誰が見ても使えないものをまた元に戻

した。きっと彼女は片付けが苦手なんだろう、と分かる瞬間だった。

「よし、じゃあいくぞー」

シャトルを持った手をふらふらと回して合図を出される。俺はコクリと頷いた。

スパン、気持ちのいい音が響く。しかし、そのシャトルは伸びずにコート手前で

落ちてしまった。

「あ、あれー?おかしいなぁ。ちょっと待てよ。もう一回」

明らかに焦った様子で彼女は次のシャトルを用意する。

「行くよー」

その後も彼女はサーブを打とうとはしたものの、一つも入らなかった。

「え、えーっと...」

「休憩する?」

俺は自分と彼女の水筒を持ってくる。

「ん、ありがと...」

彼女は先ほどと比べて元気なく水筒を受け取った。そして、2人で暑い体育館を

出て、入り口近くの階段に座った。

「うちさ、やっぱりバドミントンが好きなんだよ」

しばらく沈黙が続いていたが、彼女がポツリと言った。

「うん」

「ちっちゃいころさ、地区の本当に小さい、小さい大会があってそこでたまたま

準優勝したんだ。たまたまなのにさ、元々の担任が学校のバドミントンクラブ


の顧問で、すっごい褒められた。それが嬉しくてたまらなかった。あの自分の手

で勝った感覚が忘れられなくてさ。でも、今じゃこの有様。本当にダメだな。才

能がない」

そう言って彼女は薄笑いをした。その顔は俺の事故した後のあの顔に似てい

た。このままでは...俺は何か嫌な予感がした。

「なぁ」

「なんだよ、さっきのはただのうちの独り言さ」

「今までお前はどれだけ努力してきたんだ?」

少しきつい言い方だったかもしれない、俺は切り出し方に反省する。あまり人

と話差なかったことの弊害かもしれないが、俺はとにかく人と話すのが得意で

はない。人と話した後はすぐ反省モードに入る、それが常だった。

「ははっ、見ての通り。努力しているわけがない」

「じゃあ、その痣は?」

「ただの怪我。バドは関係ない」

「じゃあ、なんでこんなにフォームが綺麗なんだよ」

「たまたまさ」

「たまたまでできるレベルじゃねぇぞ」

俺は昔からフォームが苦手で、矯正されてきた。何人ものフォームを見て参考に

した。だからこそ分かる。彼女のフォームはたまたまでできるようなレベルでも

ない。バド歴が長いからってできるようなものでもない。

「...人の目はこれだから嫌だよ。いや、だからこういう人の目は嫌なんだ」

そう言って彼女は俺を見つめた。

「コーチにも言われた。フォームは綺麗、なんで打てないのかわからないレベ

ルってな。まぁ、そう言うこっちゃ。すまんな、練習は他のやつとしてくれ。

じゃあ」

俺から目線を外し、諦めたような顔で彼女は去る。

「ちょっと待ってくれ」

俺は彼女を呼び止める。せめて何かを伝えたかった。

「そこで諦めるのか」

あぁ、間違ったなそう思った。彼女にそんなことを言っても仕方がない。だって

彼女は何も理由がわからないのだから。

「バッカ...」

少し掠れたような声が聞こえてきた。


「諦めるわけ、ねぇだろ。こう見えても諦め悪りぃんだよ」

振り返ってそう言うとにっと笑い、拳を前へ出した。

「そっか。あはは、俺達一緒かよ。頑張ろうぜ」

その拳へ自分の拳を合わせる。

「そういや、お前、一人称「うち」なんだな」

「...まぁ。誘う時くらいは形式保っとかないといけないだろ。こんなに話し方

も荒くなかっただろうし。ここ、自分以外に女子いないしさ。自然とこんな風

になった」

「そっか。別にいいと思うけど」

「なんだよ、この話」

彼女が自然と笑う。彼女のこのような顔は初めてかもしれない。すると、俺の

頭の中で彼女の先ほどのプレイが蘇った。

「もしかしてさ」

俺はすぐに立ち上がってラケットを取る。

「うまく再現できないけど、素振りの時には手首が固定できてた。でも、実践

になるとうまくここを抜いてるんじゃないか?」

俺は片方の義手で指しながら説明をする。

「...」

その様子を彼女はびっくりして様子で見つめ、やってみるとぽつりと残すと走っ

て行ってしまった。きっとコーチのところへ行ったのだろう。数分すると、す

ぐに自分のところへと戻ってきた。バタバタバタバタッ、とっても慌てている足

音だ。

「やった、やったぞ!しっかり飛んだ!」

俺の腕をぶんぶん振り回して彼女が嬉しそうに言う。

「お前のおかげだ!ありがとう!」

彼女は泣きそうになっている。それくらい嬉しかったのだろう。

「あぁ、本当によかった!」

俺は彼女の涙を見て、思わずもらい泣きをしそうになる。だが、そんな倍ではな

いと気づく。俺も問題があるのだから。


結局、その日は何も成果を得られなかった。まぁ、そうだ。1日で成果が出てい

るのだったら誰でもやっているだろう。きっとこれは俺が初めての挑戦になるだ

ろう。

「いいぜ、挑戦してやる」


俺はベッドから天井を見、ガッツポーズをした。


学校帰りにまたスポーツクラブへと行く。学校の勉強は自分で病院で進めていた

が、予想以上にスピードが速く、そして宿題が多く驚いている。かなり疲れた

が、それでもバドミントンをしたい気持ちで溢れていた。

「はろー。元気だねぇ」

隣にいつの間にか彼女がいた。

「あぁ、今日こそはやってやると思ってさ」

「なるほどね」

彼女は打てるようになってから勝ちまくりでスポーツクラブ上位にいた。かく言

う俺はというとまだコツが掴めておらず、うまく打てることが出来なかった。

「後は何が問題なんだ?」

「それがわかんねぇんだよな...」

「え、昔のうちみたい...」

そう言って笑われる。彼女が笑えるほど強くなったのかと思うと、何か心にく

る。

「大分、感覚は掴めてきて義手のタイミングとかもわかってきた。力の入れ方も

わかった。んだけど、何か違うような気がする...」

俺は自分の義手を見る。あれから俺はずっと訓練をしてきた。バドクラブ外でも

走り込みをしたり、素振りをして感覚を掴んだ。打てるようにもなった。だが、

違和感がどこかにあるのだ。

「...なぁ、大会に出てみるのはどうだ?」

「それって二週間後にあるやつだよな。昨日断った」

俺は昨日、コーチから呼び出されて書類を渡された。それは障害者のバドミント

ン大会だった。まぁまぁ大きな大会で有名な選手も何人か出るようだった。だ

が、俺は出ないことにした。今の俺なんかが出ていいような大会ではないと

思ったのだ。きっと無様を晒すことになる。

「何を怖がってるんだ。それじゃ諦めるのと同じだろ。諦めんなって誰が言った

んだよ」

そう言って彼女が俺を見つめる。確かにそうだ。だが、それとこれとでは話が違

う。

「でもな」

「でもなもねぇ。大会はなんのために出るんだ?勝つためか?そうなのか?」


彼女が自分の前に立ち塞がる。横から風が俺の頬を撫でる。少し日差しが強く

なり汗が滲んだ。

「違う。勝つためなんかじゃない」

「だったら、それでいいじゃないか!」

彼女が急に叫んだ。

「何を怖がってるんだ、今更!大会で学んだものを生かせばいいじゃない

か!!」

彼女をよくみると涙が滲んでいた。きっと自分のことのように感じてくれている

んだろう。意外だった。彼女がまさかここまで自分のことを思ってくれているな

んて思わなかった。

「それじゃ、その義手と義足作ってくれた人にも顔見せられねぇだろ」

「...!!」

確かにそうだ。俺は今までどれだけの人に支えられてきた?それは数えきれない

ほどだ。しかも、何をそんなに今更悩んでいるんだ。何を恐れているんだ。も

う、失うものなんて何もないんだ。

「分かった、俺、やるよ」

そう言って拳を前に出す。それに気づいた彼女はニヤッと笑い、拳を前に出す。

ごつん、と拳同士がぶつかった。

「なぁ、どうするんだよ?」

「もちろん、恩返ししつつ優勝」

「勝ちは狙うんだな。まぁ、よし。頑張るぞ」

日差しが一段と強くなる。それは俺の道を祝福しているようだった。


「いやぁ、本当に今回の大会、凄かったです。初めての優勝おめでとうございま

す」

「ありがとうございます」

「後ろからのスマッシュなど、今回は障害者のレコードが出ましたが、どうです

か?」

「いやぁ、してやったって感じですね」

「なるほど。では、何か皆さんへメッセージなどはありますか?」

「はい。まず、今回優勝できました。皆さんの応援のおかげです。ありがとうご

ざいました。俺は事故で四肢を失ってしまいました。それでも昔見た今木選手を

見て、バドミントンがまだやりたいと思ったんです。そんな時、まさのりさんと


出会いました。まさのりさんは俺のこの義手と義足を作ってくださいました。そ

れがまさか今木選手のお父様だとは思いませんでしたが」

「今日はまさのりさんも見にきてくれているんですよね?」

「はい。久しぶりに会いました。この勝利を一番に届けられてよかったです。そ

して、高校に入って友人ができました。俺を間近で支えてくれました。最後に両

親。

いつもいろいろなことをしてくれました。本当にありがとう。皆さん、本当にあ

りがとうございました!」

俺は頭を下げた。うぉぉぉ、という歓声に包まれた。正直、ここまで辛いこと

だらけだった。様々な事を言われて、泣きたい時もあった。でも、泣かなかっ

た。だって、諦めないってあいつと約束したから。

「最高に輝いてるぞ!」

遠くから声がした。俺はそれに応えるように天高く拳を握った。

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