令和のフランケンシュタイン

三暁背季部津

令和のフランケンシュタイン

 これは、ある知り合いの男が、牢獄の中で私に語ってくれた物語である。


 彼は東京の下町で生まれ育った。父親は近所の理系大学を卒業後医師になり、母親は隣の区の大学で歴史を学んでいた。母親がある日酷い頭痛に悩まされたとき、病院で出会った医師―父親になる人と出会い、結ばれ、彼が生まれたというわけだ。

 母親は平凡レベルか、普通よりもややレベルが高いほどの学力であった。一方で、父親は理解力・判断力・洞察力と全てにおいて優れており、天才とまで称された。その頭脳が幸運にも息子である彼に引き継がれたようだ。

 彼は、多くの知識を物知りな父から得つつ、中学校までは地元の学校に通っていた。常に学年トップの成績を誇り、他の生徒からは羨望、感心、はたまた嫉妬の目を向けられたこともあった。あまり明るくない性格なので友達は少なかったが、人に何かを教えることは好きだった。その後、都心にある私立の名門高校で、理系の輩出者が多いという高校に推薦で進学し、そこでもどの科目でも満点、もしくはそれに近い点数を取り続けて学年トップを保ってきた。

 ここまで聞いても、ただのチート級生徒としか思えないだろう。彼の人生が大きく変わるのは、大学に入ってからのことだ。


 彼はとても成績が優秀だったので、指定校推薦で名門の理系大学に進学し、生物、主に人体のまだ解明されていない部分や、遺伝・再生の謎について研究するようになった。彼は実家に帰ることが少なくなり、大学の近所の友人宅や、はたまたホテルまで借りて、一日中研究に没頭していた。そんな時に彼は、ある二冊の本を発見した―久しぶりに実家に戻ったときに。一つは、母が学生時代に読んでいた、錬金術の歴史についての本。もう一つは、かの有名な小説、『フランケンシュタイン』。読書が好きな彼は、これは面白そうだと本を読み始めた。

 化学も得意分野だったそうなので、錬金術は勿論すぐに理解できた。が、彼が化学的なことよりも気になった点が、中世のただ一人の錬金術師しか為せなかったあることだ。その名も「ホムンクルス」。要するに人造人間のことだ。蒸留器にヒトの精子を入れて40日間密閉させた結果、人型の透明な、物質とは言い難いものが出来たそうだ。

 さらに、SF小説の金字塔ともいえる『フランケンシュタイン』を読んだ彼は、あることを思い起こした。物語の中では、科学者が死体をつなぎ合わせて生み出した醜く恐ろしい人造人間は、愛を知らなかったがために殺戮に出た。だが、腐りきった死体ではなく、物質そのものを型に流して作れば、醜くならないのではないか。初めから人間の世界について教え込めば、いずれ愛というものも覚えるのではないのか。彼は決心した。「美しく、人間らしい心を持った人造人間を、自らの手で作りたい」と。

 大学に、脳の作用と感情について研究するゼミがあったので、彼はそこで教授のもと様々なことを学んだ。その研究で得た知識を、人造人間の作成に役立てたかったのだ。そこで学んだことを活かせば、人造人間に心を作ってあげられると思った。


 大学を卒業したあとは地元に新しく建てた自宅を研究所に改装し、本格的に人造人間を作り始めた。人間の材料となる物質は化学薬品を混ぜたり、金属系は金物屋さんで買い足したり、水は川の水を煮沸したものを集めたり…ちょうどよい量、いや、もっと多くの量を集めなくては失敗したときが怖いというので、溢れんばかりの物質を数ヶ月かけて集めた。型は3Dプリンターで作り(人間の形に切り出すのは彼の彫刻家の友達に頼んだ)、その中に物質を混ぜ込んだものを入れた。先にカルシウムとその他諸々を骨の型に入れて骨を作り、次に肉になる部分に材料を入れて、骨まで入れた。そして、彼の遺伝子も組み込みたく、髪の毛と、頬の裏の細胞(精子も入れたかったが…羞恥心か。彼は断念した)を入れたところで蓋をし、10ヶ月ほど、水に溶かしたアミノ酸やブドウ糖を与え続けた。時々微弱な電流や振動を与え、本物の人間の神経のような動きを試した。

 そして月日が経ち、彼が型を壊すと、彼に似た人間が姿を現したのだ。

「なんと素晴らしい!これで本物の人間の体が出来たではないか!」

 彼は喜んだ。しかし、人造人間は一言も話さなかった。それでも彼は諦めなかった。

 彼はその人造人間に「X」という名前を与え、持っている本で言葉を教え、世界のありとあらゆるものをXに分からせた。初めは興味を示さなかったが、彼が何をしていたかXは突然理解したようで、赤ん坊の喃語のような声を上げることがあった。反応を示してくれたことに嬉しく思った彼は、身近なものの名前や挨拶、日頃の最低限の動き―食事や排泄、睡眠など常識を教えた。まるで2歳児の世話をするように。

 初めはブドウ糖溶液を口に含ませたが、ある日、彼の朝食のスクランブルエッグが気になっていたようなので、彼はXにそれを食べさせた。すると快感のような反応を見せたので、「普通の食品を与えても大丈夫なのか」と彼は喜んだ。

 彼はXの頭に機械を取り付け、この反応のときにはこの脳波、この反応のときにはこれ…と脳波を診て、本当の人間とは変わらない脳波が出ることを確認した。これも大学が教えてくれたことだ。


 数年経ち、Xは一語文、二語文、さらには簡単な会話が出来るくらいにまで成長した。彼が指をさしたものの名前をすぐに答えられるくらいにまで。生活上の動きや常識も段々と理解していき、普通の人間に近づいていった。

 ただ、彼はXを外に出さなかった。もし外に出してしまえば、Xに危険が及ぶかもしれないし、他人に危害を加える心配もあったからだ。フランケンシュタイン博士が作った人造人間は人を殺したというので、同じようになってしまっては困ると思った。しかし、人類への愛について説くのは難しい。どうしても人に頼らざるを得なくなった。

 そこで、彼は苦渋の決断を下した。Xの正体を隠しつつ、街中を歩くこと。これを行えば人々に怪しまれないだろう、と。Xに自分とおそろいの服を着せた。そして、手を繋ぎ、彼はXを近くの小さな公園に連れ出した。

「ねぇ、あれ、誰?」

Xは言葉を発した。指さす先には、小さな子供を連れた女性がいた。

「あれのことか?…あぁ、人間の子供とその母親だな」

「こども…ははおや…」

「そう、普通は人間は父親と母親、男と女がいて初めて生まれるんだ。生まれたときの子供は、本当はお前よりも小さく、頼りない存在だから、大きくなるまで父親と母親の助けが必要になるんだ」

「じゃあ、キミは父親?」

「まぁ…そういうことだな…」

「ボクの母親は?」

「うーん…それをいつか知る日が来るさ」

彼は半ばはぐらかすように答えた。本当は人間が作り出した人間のような生命体であるが、いざこれを伝えてしまうと何があるか分からない。存在意義がわからないまま成長すれば、いずれ自他を傷つける結果になってしまう。

「ボクって、どうやって生まれてきたの?」

「うーん…説明するには難しいが…愛だ。愛の力で生まれてきた」

「アイって…何?」

「前になにかの本で読んだことがあるが…愛とは人間の心と心を結ぶ糸のようなものだ。そこに愛する気持ちが通っていって、他の人間に伝わっていく。その気持ちが伝わると、優しくなれる、そんな気持ちになれるのだよ」

「気持ち……ボク、気持ち、あるのかな」

「そう疑問に思っているだけでも…気持ち、感情は存在しているぞ」

「じゃあ、ボクは人間かぁ」

「……そうとも」

「父親と母親、ふたりが愛を持っていれば、人間は生まれるの?」

「……そうだな」

「じゃあなんでボクは父親しかいないの?」


 想定内ではあったが、少し不満なようにも思える言葉がXから飛び出した。生まれてきたことの真実を伝えろと、脅されているような感覚がして彼は恐怖を覚えた。この間に、Xは心を既に持っていたのだが、愛情を説明する難しさで、Xに余計な負担をかけていたようだ。

 Xの悲しいくらいに澄んだ二つの瞳がこちらに向けられる。彼は重い両唇を開け、なかなか吐き出せなかった言葉を、ついに投げかけた。

「私は、本当は父親だけでなく、母親でもあるんだ」

「キミ、ひとり…?」

「そう、私の手、それだけで生まれた…」

彼はその言葉を伝えるのに恐怖を覚えた。気づくと彼の体は震えていた。

「じゃあ、ボクは愛されないで生まれたの?」

「あ…いや、私は君に十分…」

「ウソはいけないって言ってたよね」

 彼は以前、Xに、人を困らせる嘘をつくのはいけないという常識を覚えさせていたので、Xはこう言った。

「もういいよ、ボクが人間じゃないのも分かるんだから」


 彼はXの恐ろしい変化をすぐに感じ取った。一度に三語程度しか話せなかったXが、成人並みの会話を始めている。眼差しの向け方が妙に人間くさく、まるでゴミを見るかのようだった。年相応とは言い難い成長は、彼の過去の賢さを引き継いでいることを物語っていた。何せ、彼の髪などの細胞が含まれているのだから。

 恐ろしさのあまり、彼は狂ったように笑いだした。

「ハハハ、こりゃ傑作だ。ついに本当の心を持ったな!自我を覚えたんだな!」

「ボクを作ったのはなんで?」

「…人間をイチから作り出して、心を覚えさせる、本当はそういう実験なんだよ、これは!」

自我を失った彼は抑えきれなくなり、ついに真実を語ってしまった。気づかぬうちに…。

「……最初からボクを利用したかっただけか……」

Xは小声で吐き捨てた。

 彼が我に返ったときには、Xは姿を消していた。


「おい、X?!どこに行ったんだ!!」

 彼は街中を探し回った。住宅街の中なので非常に探しづらいとは分かっていたが……おそろいの服を着せていたので目印になる。時に人に聞き、得た情報をもとに東奔西走した。だが、行く先々にXはおらず、そのまま日が暮れてしまった。

「さすがに歩き回ってはまずいな…帰らなければ」

 家に帰った彼は眠れぬ夜を過ごした。Xのことが気が気でなかった。自身の行いをやっと自覚し、後悔の念を抱いた。Xは彼の実験動物でしかなく、これも実験のうちだということを抑えきるには不十分な精神状態に追い込まれていたことを知った。彼が無事であることを…。そう祈ることが、彼にできた唯一のことだった。


 翌朝。寝不足の身体をふと起こして、テレビをつけた。

「昨日夜11時過ぎから未明にかけ、東京都xx区で、3人の男性が身体を強く打って死亡しているのが見つかり、警察はその状況を詳しく捜査しています。」

 相次いだ不審死…そんな、まさか。あの彼がそんなことをするはずがないだろう。彼は懐疑心を抱きつつも、自ら打ち消そうとした。もしXがそういう行為をして、そんなことが世に知られてしまえば、私も危ないだろう……そう彼は感じた。


 前の晩のように、彼はもう一度街の中を隈なく探した。

「な、何だこれは?!」

 パン屋からコンビニまでの通りの地面に、列状に、点々と残される赤い染み。その向こう側には一つの物体と化した人型のソレ。別の道、図書館前にも似たような物体。そして、人身事故でも起きたのであろう、路面の線路にはバラバラになったうちの欠片。人型のソレには大きな傷が必ず存在した。

 彼はその跡を辿った。すると、やや遠くに警察官が集まっている。眠っているような姿勢の男が、職務質問のように警察官に囲まれている。もう少し近づくと、シワシワになった服に赤い染みがはねている。右手には、どこで拾ったか知らないが、大きく鋭い石を握っていた。

(まさか…こいつがやったのか……)


「君が3人を殺したというのか?…答えろ!」

「そうだよ、ボクは悪くないもん、ただ人間が愚かなのが悪いんだよ」

「何を、馬鹿げたことを言っている!人を殺すことが重大な犯罪だとわからないのか!」

「それは人間の間でのルールだろ、ボクは人間ではない」

「その図体、その言葉、どう考えても人間だろ!逮捕する!」

「捕まえる?どうせ利用するだけだろ?同じ目に遭いたいの?」


 彼はますます恐怖を覚えた。次々と、たらり、たらりと冷や汗が出てきた。強烈なめまいと吐き気に襲われた。聞こえてきた言葉に、覚えがあった。しかも、人間を邪魔者だと思い込むほどの心を持ってしまっていたことが、彼にとっての衝撃だった。その顔を覗き込もうとすると、石の尖ったところを向けられた。が、確かにあの顔だった。

 自白しなければその彼を助けられない。が、自白しても彼を助けられない。そのまま罪のない人間として解放されても、本当の愛を教えない限り、事件は繰り返される。


 彼は石を奪い、そのまま、その彼に振りかざした。が、その人造人間はこちらを向いた。彼の手が止まる。

「何…するの?」

「X……お前……お前は……!」

「ボクは…ただ…汚い存在を…掃除したかった……それこそが、愛なんだよね?」

「違う…私は、そう教えた覚えはない!…警察の皆さん、犯人は私です…アイツではなく……!」

「おや、あっさり白状するのか?これじゃあ作者が小説の味を出せないぞ?…まあいい、ソイツとともに署に向かうぞ。いいな?」

「……」


 彼とXは警察署の取調室に向かった。打ちっぱなしのコンクリートの部屋には、彼らと、ベテランの警部が座っていた。

「それで…今回、なぜ、こいつが犯行に及んだのか、説明してくれ」

「実は……彼は、普通の人間とは違います」

「精神を病んでいることを免罪符にしたいのか?」

「いいえ…おかしいのはこの私です。私は、人を愛する心、美しい心を、自らの手で作り上げたかった。その産物こそが、彼でした。しかし、彼は誤解していたんです。人が愛し合うから生まれる新たな命、しかし、本当の親は私一人だけです。…彼は、実は、まだ試作品の段階で、この実験は…」

彼はそう言おうとして、机に伏せて、声を上げて泣いた。

「…いいか?人間をこうやって作ることは…この世界では、倫理的にも、社会的にもまずいことなんだぞ」

「…へ?」

「もしお前が作った人たちが今みたいに罪を犯したり、仮に団結して反乱を起こしたり、軍隊を結成したりしたら……世界を危機に晒すのはお前なんだ」

「僕は、そんなつもりでは…」

「そうなる可能性もあるんだ。これは、『人造人間、およびクローン人間の作成の厳禁についての法律』第1条第2項に反する、重罪だ」

「……」

「しかも、この人造人間は、心を持ったつもりでも、悪意の方に走ってしまったようだな。それで3人も殺した。お前自身が操っていなくても、この法律がある限り、お前が殺人罪に問われるんだよ。結果的に、彼らを殺したのは…お前だ」

 彼はそれ以上何も言うことができなかった。ただ、この罪を、この十字架を、背負うことしか、納得できる方法はなかった。夢のために作った試作品が、法に背くものだということまで…理解していなかった。彼は理系の勉学に没頭しすぎて、常識を忘れていたのだ。


 その後、彼は裁判にかけられ、先程の人造人間・クローン厳禁法違反と殺人罪で、終身刑を宣告された。Xは死刑を宣告されたが、人造人間なので、死後の鑑定ができないまま処分されてしまうことに…。

「人造人間、お前が、研究員に最後に言えることはないか?」

「…人間は、命を大事にしろと言っておきながら、実験のために粗末にする生き物…愛ってなんだかイマイチわからないけど……最後に、知りたいな」

「X…ごめんよ。愛っていうのはな、その人、そのものを傷つけず、大切にする気持ちのことなんだ…私に愛なんてなかったんだ…すまない……」

 Xは初めて涙を流した。これが最後の涙だった……

 

 それから三ヶ月、Xはもうここにはいない。彼は独房の中で、自分の罪、自分の研究の本当の意味を知りたいと自問自答ばかりしていた。…絶望の表情を浮かべて。友人もあまりいない彼には、何も拠り所がない。世間に出てしまえば、周りから厳しい視線を向けられるだけだ。

 

 私は慰問コンサートが開かれると知ってこの拘置所に来たわけだが…つい最近、知り合いの彼がここに収監されたと知り、コンサートのついでに寄ってみたのだ。そうして、今に至る。

 彼はこの話を終えると、瞳に少し光を取り戻した。私はただ、「ありがとう、君がこの意味を分かる頃には、きっとXも満足してくれるさ」と告げ、施設を出ていった。彼は私を目で追ったあと、…何をしたかまでは忘れてしまった。

 外に出た途端に広がっている空は、さっきまで全体を覆っていた雲が全て風に流され、悲しいほどに、美しいセルリアンブルーに染め上がっていた。

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