第20話 烟る平常、飛び立て乙女②
「ヘリヤさん」
エイルが心配そうにこちらを見ている。
「……悪魔って暇なのかしらね。ありがとうエイル。私、もうダメかと思ったわ」
ほんと、このおまじないがなければどうなっていたことか。ってあれ? 左の掌を見てみると召喚陣が消えている。使い切りの魔術だったのかしら。
「大丈夫ですか? さっきの女の人、消えちゃいましたけど……」
そうなのよね。ダンジョン内のこと、職場でのこと、整理しないといけないことが多すぎかつどれもヘビーでやんなっちゃう。
「体はなんともないのよね……。落ち着いたら考えてみる。てかエイル、すっごい強いのね! 私、感動のあまり惚れそうよ」
あれじゃ
謙虚に両手を振ってはにかむエイルがまた可愛い。強くて可愛いって反則よ。甘いマスクと小柄な体を引っ提げて対戦力士を次々と投げ飛ばす、かつての角界のアイドル、舞の海みたい。
(う、うーん)
エイルに平成の牛若丸の姿を重ねていると、両手に抱いたスラチンがもぞもぞ動き出した。どうやら意識を取り戻したみたい。
(た、食べないでー! 僕なんて食べても何の栄養にもならないですよ! せいぜい腸の働きを活性化させるとともに体内の老廃物とか毒素を吸着して体外に排出するデトックス効果があるくらいですー!)
こんにゃくかい。……いや待てよ、こいつどうやってその効能を知ったんだろ? まさかすでに食われて排泄された経験があるんじゃ……。急にスラチンの体のフォルムがう○こに見えてきて、つい地べたに落としてしまった。……ごめんよ。
(あいたっ! あれ、ここは?)
「スラチン。ほら、あんた無事だから。もう大丈夫よ」
落っことした衝撃で現実に戻ってきたみたい。結果オーライ、いい気付けになったよほんと。彼は辺りを見回し、目を皿にして驚いた。
(ヘ、ヘリヤ、あいつらは? もも、もしかして僕のメテオストライクがあまねくキモ顔どもを根絶やしに? ということは……ヴァ、ヴァインヴァイン……ヘリヤのヴァインヴァインゲッチューー! ひゃっほーい!)
こんにゃくの分際で何がメテオストライクよ。「流星☆体当たり」ってだっさい技名叫びながら自ら化け物の口にずるっぽんしたんじゃない。それでヴァインヴァインされようなんて図々しいにもほどがあるわ。
「んなわけないでしょ。エイルが助けてくれたのよ」
飛び跳ねて狂喜乱舞するスラチンをサッカー界の英雄ジダンのボレーシュートさながらに蹴り飛ばして黙らせた。
「ごめんね、ちょっとこいつ頭わいてるの」
エイルを見遣ると、彼女は私とスラチンのやり取りに目を丸くしている。
「そのスライム、昨日も一緒にいたやつ……? あの、不思議に思ってたんですけどヘリヤさん、そのスライムと会話……できるんですか?」
そうか、私のスキルのことを話してなかったわね。私は自分のスキルを手短に説明した。
「……異跡乙女。初めて聞くスキルです。単純なテイム系スキルってわけじゃなさそうだし」
強くて可愛いエイルにもわからないか、うん、しゃーない。そもそもダンジョンにこれ以上もぐるつもりもないし、スキルのことは気にし過ぎない方がいいのよ。そんなことより今は騒がしいスラチンを黙らせたい。こいつ、エイルを見るなり急に色めき出しやがった。
(あれあれ? エイルちゃん? どうしたのこんなところで。もしかしてヘリヤとパーティ組んだ? あれーじゃー僕ともお友達ってわけだ。エイルちゃんはこのスライム界のライジングスターことスラ・スマリラ・スルルシュカ・スヘルギ・デ・デボルボン・スヴァーヴァ・ショ・ゴッスチンが守るから、大船に乗ったつもりでいたらいいよ)
当然エイルに内容は届いていない。でも周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら厚かましく目をギラつかせるスラチンから、なんとなく不節操な空気を感じ取ったらしい。困惑気味に私のそばに身を寄せてきた。どうやらこいつは、自分がとんでもない泥舟だということを理解していないらしい。
エイルの身を守る役割はあんたではなく、どうやら私にあるようね。スラチンの新たなセクハラ被害者を生まないためにもここは性急に手を打つべきだわ。
「スラチン、テンションあがってるところ悪いんだけど。私たちこれから外に戻るから」
ステータスボードを呼び出して「
「待ってヘリヤ! 僕、尋成の居場所わかるよ!」
スラチンが慌てて叫んだ。な、なんだって? スラチンの目は、もう勝手に解除させないぞという執念に燃えている。
「尋成がオーパーツの中身を盗んでる最中、僕、分裂体をあいつの四次元ポーチに忍ばせたんだ」
「ぶ、分裂体?」
「僕は自分の体を分割できる、限度はあるけどね。そして分裂した体の居場所を把握することもできるんだ」
ほ、ほんとかな? それがほんとなら魔物版GPSって感じか。……でもさっきの流星☆体当たり然り、いまいち信用できないんだよな。
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