第4話 ゲスなスライム、怒れよ乙女②
スライムを注視しつつも剣を下ろし、「見逃してあげるから、泣かないの」伝わるかは不明だけど、声をかけてみた。
「……コポ、コポポポ?」
小さなあぶくが弾けるような可愛い音(もしや声かしら?)を立て、スライムは不思議そうに涙目を向けてくる。
「見逃してあげるって言ってんの。わかる? 私、先を急いでるから、アンタもちょっかい出してこないでね」
「コ、コポ、コポーッ!」
言葉が通じたのか、スライムは急に晴れやかな表情でポヨンポヨンと飛び跳ね出した。喜んでるのかしら。うんうん、女神の慈悲に感涙するがよい。
「じゃーね」
はしゃいでいるスライムに手を振って先を行こうとしたんだけど、ちょ、何こいつ! いきなり足にまとわりついてきた!
ゲル状の体がニョーンと伸びて、足から腰、腰から胸と、そのひんやりボディで包んでくる。
「コッポポコッポポ」
わ、私襲われてる? なんでなんで? 今しがた見逃してもらえてあんなに喜んでたじゃない! えーどーしよ!
「コッポポコッポポ」
パニックに陥る私をよそに、スライムは私の首から下のあちこちをぬるぬると撫で回す。しかも明らかにさっきよりデカくなってるんだけど!
「ちょっとアンタなんなのよ! 恩を仇で返そうっての? 最っ底―!」
スライムの体の下で私のバストがふにりと形を変えた。続いてパンツの上からお尻の割れ目を行ったり来たり。
「ひゃっ! ちょちょちょ、タンマタンマッ!」
あっ、ま、待って。シャツの合間から、ひ、ひんやりするのが入ってきたっ。……んっ、こいつ、やんっ。い、今、胸のぽっちりをっ!
思わず握り固めた拳の中、
……許すまじ……断じて許すまーじっ! よくも可憐な乙女の善意と純心を踏みにじったなーっ! 貴様のようなクソゲス流動体、電撃の餌食にしてくれるわ!
社血狗をいっそう固く握りしめ、羞恥と怒りを呪文に変える。説明書に記されていた魔法を高らかに叫んだ。
「轟く
刀身が鈍く光ったかと思うと、ダーンッ! と鼓膜をつんざかんばかりの破裂音とともに目の前の景色が爆ぜ、視界が真っ白になった。轟く
耳がキーンとなって目もチカチカする。至近距離で轟いた雷鳴のショックに耐えきれず、地べたに座り込んでしまう。
なんなのもう。こっちは魔法を使った側だってのに、なんでダメージ受けなきゃなんないのよ。こんなの普通の人がぽんぽん使えるわけないじゃない。……私の体の強度が、まだ中級魔法を扱える域に達していないってことかしら。でも管理局の人間なんてみんな似たり寄ったりのはずだし、明らかに社血狗の設計ミスだわ。搭載魔法、下級にしとくべきよ。
でも、体を弄っていたスライムの感触は消えた。ざまーみろ、乙女のぽっちりは飾りじゃない。シチュエーション次第じゃ破滅へのスイッチなのよ(今回は双方向に作動したけどね)!
地面に這いつくばっている間に、少しずつ聴覚と視覚が回復してきた。視線をあたりに巡らせると、少し離れたところでスライムが伸びている。魔法を食らったせいのか、体は元の大きさに戻っていた。
まだ原型を留めてるなんて、生意気じゃない。
社血狗を杖代わりにどうにか立ち上がり、スライムに歩を進める。もちろんトドメを刺すためだ。フラつく体で社血狗を逆手に構えた。
「……コ、コッポ」
どうやら命の危機を前にして意識が戻ったようだ。寝たまま逝く方が幸せだったろうにね。
「死ね」
「コッコポー! コポ! コポ!」
頭上で(スライムの頭上ってどこよ……)妖しく煌めく血濡れの剣を認め、ようやく自分の置かれている状況を理解したみたい。許しを乞うように必死に頭を(だからスライムの頭って……)下げている。
「そんなしおらしい態度にほだされる私じゃないっての!」
そう、もう手遅れよ! お逝きなさい!
逆手の剣をスライムに突き立てようとしたまさにそのとき、(ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 二度としないから! どうか許して!)頭に誰かの声が響き渡る。
え、ちょっと何……。(急に変な洞窟の中にいて、心細かったんだ! お姉さんの胸のそれがなんだか仲間みたいで! だから、つい!)やっぱり、これスライムの声だ。
「ど、どういうこと?」
「あんた……人の言葉、話せるの?」
「コ、コポポーッ!」
違う、こいつが話してるわけじゃない。私がこいつの意思を汲み取ってるんだ。でもどうして? ふとさっきの説明画面が頭をよぎった。ダンジョンの解放者、意味はわからないけど、だからこそ今の状況を説明するにはうってつけな気がする。
(決してお姉さんにエッチなことをしようなんて思ったわけじゃないんだ! ほんとだよ? ただ、そのたわわなお姉さんの胸が僕の郷愁をかき立たせただけなんだ。信じてくれないの? じゃあこの目を見て! 純真無垢なこの目が嘘をついている風に見える? そうだとしたらちょっと僕、お姉さんの人格疑っちゃうな)
一所懸命に状況整理をしているってのに、スライムは図々しい言い訳を容赦なく私の頭蓋にぶち込んでくる。てかこいつ、やっぱ確信犯なんじゃない?
私が改めて剣を握る手に力を込めてみると、(ごめんなさい! 嘘です! いや心細かったっていうのはほんとなんだけど! 少しだけ触れてみたかったというのは紛れもない真実です! もう絶対しません! 嘘もつきません!)スライムは慌てふためきゲロるのであった。
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