第3話 ゲスなスライム、怒れよ乙女①

 便利アイテムが入ったリュックと魔剣・社血狗しゃちくを背負って、慎重にダンジョンの傾斜を降りていく。


 どうしよう、新人研修のときの模擬ダンジョン以来だわ。素人のソロプレイなんて魔物どものかっこうの餌食じゃない。装備らしい装備は社血狗だけ。あとは水色のシャツに紺色のパンツスーツという貧弱極まりない格好だ。


 怖い。怖いけど、行かなくちゃ。尋成ひろなりがオーパーツの査定を待ってるもの。もしかしたら高額査定で報酬がたんまり出て、彼の実家の工場は救われるかもしれない。さらにもしかしたらだけど、自らの危険を顧みずに尋成一家の危機を救った女として、尋成のご実家に近い将来のお嫁さんとして猛アピールできるかも!


 うん! 変なアドレナリン出てきたぞ!


 傾斜を降り終えて平地に立つと、二車線のトンネルくらいの広さの一本道が奥に伸びている。執務室の明かりはさすがに届かず、先は真っ暗だ。


 いつ魔物が出てきてもいいように社血苦を持ち、リュックから浮遊光ふゆうこうを取り出した。浮遊光を空中でそっと手放すと、その名の通りぷかぷか浮いて周囲を照らしてくれる。この野球ボールほどの大きさの便利アイテムはオーパーツの産物だ。こいつのおかげで、一昔前のように懐中電灯で片手を塞ぎながら探索せずにすむ。


 ダンジョンは白光に照らされ黒茶けた岩盤を晒している。見た感じ洞窟そのもので、「ザ・オーソドックスなダンジョン」だ。近くに魔物の気配も感じられない。


 よかった。落ち着いて探索者としての自分の現状、いわゆるステータスを確認できる。擬似現実トロメア。心の中でそう念じると、ステータスボードが目の前に現れた。うん、研修通り。


 魔素とこの世界の大気に存在する何かが反応して、ダンジョン内はトロメアという仮想空間と重なりあっている。トロメアでは色々な情報が視覚化されて、探索者たちはその情報を参照しながら、また自らもその情報を肉付けしつつダンジョンにもぐるんだ。


 だから、新規ダンジョンだとトロメアには探索者のステータス以外何の情報もないし、攻略し尽くされたダンジョンでは出現するモンスターやそのレベル、ダンジョンマップ、トラップ箇所とか、そのダンジョンの攻略本と言えるほどの情報量がトロメア上に蓄積されるってわけ。


 不思議なことに、探索者がダンジョン内で遭遇したり発見したりする事柄がフルオートでトロメアに反映されるのよね。一体どういう仕組なのかしら。とにかく、トロメアはRPGのマッピングシステムやメニュー画面が複合化した視覚情報の集合体って感じ。


 さあさあ、たいして期待はできないけど私のステータスを見てみましょう。……うん、私って非力。まあね、所詮はひ弱なホワイトカラーですよ。でも、スキルはちょっと期待しちゃうなぁ……。


 え、なんだろうこのスキル。「異跡乙女いせきおとめ」って。そりゃあ異跡管理局勤務のいたいけな乙女(文句あっか?)、略して異跡乙女ですけれども。何々? 仕事のスピードが超あがるとか、ハードクレーマーをバニッシュできるとかそういう実用さ重視のスキルだったり? いやでもそんなダンジョン外に重きを置いたスキルなんて聞いたことないわ。


 視線誘導でスキルの説明画面にアクセスすると、そこには一言だけ。


「『ダンジョンの解放者』……って何それ?」


 なんの説明にもなってないじゃない。うーん、どうやら今回の探索、頼みの綱は社血狗だけのようね……。


 私はステータスの確認をすませ、浮遊光であたりを照らしながら奥に進んでいった。単純な構造なのか、殺風景な洞窟が分かれ道もなくずっと一本続いている。


 よかった、中には複雑なグラフィックアートみたいに入り組んだダンジョンもあるから。てか保管庫ぜんっぜん見つかんないんだけど! 傾斜になっていたのは入口から10数メートルだけだったから、すぐに見つかると思ったのに。もしかしてこのダンジョンは未完成の状態で、いまだに広がっているとか?


 どっちにしろ早く探し出さなきゃ。進むのよ、ヘリヤ!


 自分を鼓舞して先を急ごうとした矢先、岩屋の天井からズルンと何かが垂れ落ちてきた。


 ひえっ! 水滴? 慌てて浮遊光を向けると、ゲル状の何かが光をぬるりと反射して蠢いている。こいつは……。素早くトロメアを呼び出してエンカウントをチラッと見る。間違いない、スライムだ。人の頭部ほどの大きさに、クラゲみたいな淡い半透明の水色ボディ、ギョロっとキモ可愛い双眼、その魔物らしからぬキャッチーなフォルムで外の世界じゃマスコット扱いされている。


 初めてエンカウントしたのがザコ魔物代表とはなんたる僥倖。社血狗の練習相手に持ってこいじゃないか!


 早速剣を抜き、その剣先をスライムに向けた。力を使う恐怖と期待で無意識に頬がひくつく。不可抗力とは言え、血のような刀身を構えニヒルな笑みをぶっ放す私がよっぽど不気味だったのか、スライムは体を小刻みに震わせている。……そりゃ私だってダンジョンでそんな鬼女に遭遇したら怖いけどさぁ。


 ちょっと可哀想かなぁ。かざした社血狗をどうしようか逡巡していると、スライムの瞳から一筋の涙が。な、泣くの? スライムも泣くの?


 ……なんだいなんだい! これじゃ私が弱い者いじめしてるみたいじゃん! まあ事実、社血狗の練習台にしようとはしてたんだけど……ね。


 一旦落ち着こう。私の目的は? そう、尋成のオーパーツを取り戻すこと。そしてあわよくばごく自然な流れで猛烈いい嫁ですよアピールをご両親に行ない、結婚願望なさげな尋成の外堀をがっつり埋めること! スライムごときにかかずらってる時間はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る