第45話 積み荷のない船の次回の行き先

 別の店に入り、残っているスリランカルピーを使ってお土産を購入後、プライオリティパスラウンジへ走った。

 アーユルヴェーダの施設でシャワーを浴びたものの、その後よく分からない黄色い汗をかき、体が気持ち悪い。ともかくシャワーを浴びてすっきりして帰国したかった。

 カードを提示し手続きした後、入室。タオルを借りて、シャワーブースへ直行する。ドアを開けてびっくり。一室しかないし、狭いしそんなにきれいじゃない。さながら海の家にあるシャワーブースのよう。石鹸もないし、全てシャンプーなど持ち込まなければならない。

 順番待ちもあったからさっさとシャワーを浴びて、トイレで髪の毛を乾かす。ドライヤーもなかったため、自前のもので対応。機内持ち込みサイズのスーツケースで旅をしていてよかったと胸をなでおろす。髪の毛にドライヤーを当てていると日本人女性と会う。スリランカのラウンジはしょぼいが、バンコクのラウンジは豪華だから行ってみて、と言うアドバイスを頂戴する。

 頷きながら、この人は実在する人物なのだろうか、と足を見る。まだ私は夕方に発生した事件の衝撃から立ち直っていないようだ。

 残った時間は荷物の整理を行い、ちょっとだけラウンジのレベルを知るべく、食事をとった。カレー、タンドリーチキン、生野菜、サンドイッチなどの軽食類はあるものの、わぁお!と驚くようなものはラインナップされていない。ジュース、ビールは飲み放題だから、飲兵衛の人向けのラウンジかもしれない。確かに酒のつまみ系は充実していた。

 飛行機に乗ったらすぐに寝ようという算段でいたので、適当に胃袋の隙間に軽いものを押し込んだ。本当にこの国の料理はぬるい。温かい料理は高級店でしか出会えなかった。これもこの国の国民性の表れか、食べれたらいいじゃん、みたいな姿勢の表れだろうか。

・・・・・・アツアツの方が何でもウマいよ。

 料理が並べられている向かい側には、パソコンデスクもあったが、誰も使用している人がいないのか埃をかぶっている。予算の関係もあるのかもしれないが、まだプライオリティラウンジ慣れしていない私は期待していたから、スリランカのラウンジは結構がっかり来た。

 19時30分に搭乗口に向かう。携帯をオフにし、モバイルルーターを片付けていたら、日本人ですか?と声をかけられた。こちらも足を確認した。よし、ちゃんとある。お化けではない、合格だ。

 日本人サーファーだ、という2人組だった。私が世界中の世界遺産に会いに行っているように、その方々は長期休みを利用して、毎年世界中の波に会いに行っていると言う。


 世界の波に会いに行く、いい言葉だなぁ。

 

 インド洋の波はとてもよく、今までに出会った波の中でもベスト5には入ると興奮気味に話す。ずっと波と戯れていた割には私より日焼けしておらず、何か特殊なものを付けていたのか?と聞いたら、ハード系の日焼け止めクリームがあるのだという。商品名を聞く。今後はそれを購入しよう、と決めた。

 中国東方航空にしては珍しく、早めの搭乗開始のアナウンスが流れた。

 着席後、すぐに爆睡。ひどく疲れていたのか、機内食が来たのも全く気付かなかった。


【12日目、最終日。上海浦東国際空港。私は日本人です。】


 翌朝8日、5時50分、着陸とともに目覚める。上海浦東国際空港は強風で寒く、一気に頭が覚めた。

 日にちをまたぐとスルー航空券がもらえないため、しこたまジャージなどを重ね着して入国をする。そしてすぐにチェックインカウンターへ行き、日本行きの航空券をもらい出国手続きをとる。もうちょっとこのあたり、融通が利かないかなぁ、と毎度思う。

 9時30分発の小松空港行までまだ時間があるので、プライオリティラウンジで朝食を食べることにした。

 相変わらずモチベーションの低い、中国のプライオリティラウンジである。一番うまいものがカップラーメンということで、来場者は一様にラーメンを啜っている。ともかくスリランカは麺料理がほぼなくて、この10日ほど麺に飢えていたから、私も夢中で、ひたすら麺と向き合っていた。

 そんな時、突然、隣に座った70代くらいの老夫婦が声をかけてきた。

「Where  is  this  boarding  gate?」

 名古屋行の搭乗券を見せてくる。搭乗券の下には、日本のパスポートも見える。日本人の夫婦、初めての浦東空港にきたのか、搭乗口が分からないようだ。

「これは左手にあるエスカレーターを下りたところにありますよ。そこからは乗ることはできないのでシャトルバスで飛行機まで向かいます。」

と丁寧に回答した。すると旦那さんの方が、

「いやぁ、失礼ですが、大変日本語がお上手ですね。どこで勉強をなされたのですか?」

と何の疑いもなく聞いてくる。どうも私が日本人に見えないらしい。確かに少し派手目のジャージを着用し、ノーメイク。ラーメンにがっついている姿も日本人ぽくなかったのか。そのうち気づくかな?と思い、からかい半分で、

「大学で勉強しました。」

と返したら、

「おぉ、発音もばっちりだ!」

と夫婦で感激されてしまった。私は一体どこの国の人に思われたのか。


 搭乗時間が近いと言うことで、老夫婦はすぐに立ち上がり、私が教えた搭乗ゲートの方へ歩き始めた。老夫婦の後姿を見送りながら、コロンボの宿で起きた出来事を思い出す。

 もしかしたらリビングで出会った男性は、私に合わせて日本人を演じたのではないか?今時、日本語を習う人も珍しくない。発音も上手だったのはそのせいではないか?

 そう脳内で話をまとめようとして、ラーメンを持つ手が止まる。

 お宿の店長は私、一人でハンバーガーを食べていたと念押ししていた。

 一気に体温が音を立てて下降する感触を覚える。

 彼はどんな人だったのか。ゆっくりと思いだしてみる。ともかくよく喋る人だった。どこまでも饒舌で、歌うように言葉をポンポンと軽快に吐き出した。喋る言葉の8割が嘘、2割が作り話と言われる、ちょっと詐欺師のような軽い印象を持ったのは確かだった。

 酷く疲れていて、幻覚を見たのかもしれないが、それにしてはあまりにリアルな時間だった。

 もう考えるのはよそう。あの時間を嘘にするのはあまりにも惜しい。記憶を振り切るように一気にラーメンを啜る。

きっと彼はもうスリランカを旅立ち、どこか大きな海を漂流しているのだろう。そう思ったほうがまだ夢がある。


 ラーメンを食器返却口にもっていき、プライオリティパスラウンジを出る。

 そして定刻から遅れること30分、上海を飛びだった積み荷のない船は、13時にちょうどに、猛吹雪の小松空港に到着した。

 幸か不幸か、まだ荷物がほとんど積み込まれていない私の船。その分、どこへでも行くことができるだけのガソリンも充分に蓄えられている。今度はどこへ向かうのか。

 鞄からカイロを取り出しながら、また暑い国へ行きたいなと想像する。

 おそらく私は半年後、全力で南の国へ向けて舵を切っているに違いない。

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積み荷のない船~灼熱スリランカ編~ ラビットリップ @yamahakirai

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