第33話 世界の車窓から

 目の前はバスターミナルにはトゥクトゥクドライバーが数名たむろしていた。今の声が聞こえたのだろうか。私を見る目に色がついている。

 すぐ横にバスが止まっているが出発する気配はない。車掌らしき人物に何時の出発か聞くも、集まらない限り出発できないから何時になるか分からないと回答。一刻も    早くこの界隈から出たい私は、トゥクトゥク集団へ足を向ける。今からコロンボ駅に向かわねばならない。それにはナタラニアから一番近い、ハットン駅までまず向かわねばならない。

「ハットン駅までいくら?」

「1500ルピー」

「まけてよ!」

「ダメ!これ統一料金。」

 今までの都市なら、じゃあ他あたるわ!と背を向けると追っかけてきてディスカウントしてくれたり、もう一度交渉して!と言うドライバーばかりだったが、この界隈は違った。どのドライバーに聞いても、1500ルピーから値下げしてくれない。どうも統一料金でトゥクトゥク仲間の結束を固くしているようだ。抜け駆けは許さない、そんな空気が集団からひしひしと伝わってくる。

 仕方ない。最初に声をかけたトゥクトゥクドライバーにお願いする。バスの10倍の値段だが我慢を決めた。ともかく一刻も早くこの界隈から脱出したい。さもないと、せっかくのアダムスピースのきれいな思い出が腐ってきてしまう。

 10時40分の列車に乗りたいから頑張って走ってほしいと伝え、トゥクトゥクに乗り込んだ。

 猛烈なスピードを出して頑張ってくれるトゥクトゥクドライバー。眠気も吹き飛ぶような強い風を全身に受けながら、昨日、ポンコツバスから眺めていた景色に目をやった。蘇ってくる昨日の他愛もない会話。

 バナナ男を斡旋したのは、会話の中心にいた露天商を営んでいるおっさんではなかった。直接言葉を投げてはいないが、疑って申し訳なかった。おっさんの入れてくれたブラックティーを飲んでおけばよかった、と少し後悔した。


 走ること50分。10時34分、ハットン駅に到着した。急いでチケットを買いに走る。2等車は260ルピー。後から見たら3等車とか1等車の車両はあったけど、売られたのは2等車。そこだけ余っていたのか、外国人は2等車と決まっているのか。そのあたりは分からない。

 ホームを聞いて急いで乗り込む。少し動き始めていたため、先に乗っていた乗客がスーツケースと私を乗せるのを、手を引っ張って手伝ってくれた。

 10時40分チョイ過ぎ、出発。

 ハットン駅からコロンボ駅間は人気路線なのか満席。ざっと見て席が空いていなかったので、まずトイレに行って落ち着こうと決めた。

 トイレは非常に使用を躊躇うクオリティだった。穴から線路が見えるという何とも開放的な作りで、初体験だった私は言葉を失った。この話を帰国してから親にしたら、日本も昔はそうだったと教えてくれた。スリランカは、バスだけでなく電車も終戦直後のクオリティそのままだったのだ。

 落ち着いた後、車両を替えて座席を探す。中には、座席に座らず、閉まらないドアから足を投げ出し、風と会話を楽しんでいる乗客もいる。ドアが閉まらないのは列車もバスと同じだ。これも気持ちよさそうだが、私はスーツケース持ち。危険すぎる。

 探すこと5分。ようやく空席発見。ほんと列車の座席もバスと同じレベルだ。

 この列車は、どこかの国から買った中古だろう。エアコンはなかったが、終始埃まみれの扇風機が回っており、走り出すと窓から心地良い風が入ってきた。

 乗客は欧米人ばかりが目についた。バスは現地の人が多かったが、欧米の旅行客はやはり列車で移動するのが好きなのだろう。私がバスの移動をしていても、あんまり欧米の乗客いなかった。

 さて、昨日買った食料が残っていたので、それを食べながらしばし車窓の風景を楽しむ。ハットン駅からキャンディ駅間は、どこまでも広がる茶畑の緑と連なる山々、美しい渓谷が次々に目に飛び込んできて、乗客をいつまでも飽きさせない。日本と違って景色と電車の距離も近いのも、迫力があってうれしい。

 おぉっ、いちいち感動しながら、お菓子やフルーツをつまんでいたら…いつしか寝落ちしていた。

 睡眠時間3時間半で山登りをした後、3時間ほど車内で爆睡。

気づいたら、コロンボまであと1時間と言う位置まできていた。でも車窓の

風景は、どこまでも長閑で、胃に優しい田園風景がずっと続いていた。

「あなたはバックパッカーですか?」

風景と一体化していたら、隣に座っていた誰がどう見てもバックパッカーと言う風貌の若者が聞いてきた。

 非常に難しい質問だ。スーツケースをゴロゴロしながら旅をしているものの、ゲストハウスをこよなく愛しているわけだから、バックパッカーと言われたらそうじゃないかなとも思う。

 Maybe、というあいまいな単語で返したら、今回はどこをどう旅してきたのか、と聞いてきた。

 自分手作りの行程表を見せながら、これまでの道中を簡単に話した。彼は私がきちんと計画を立てて旅をしていることに、いちいち驚いた。ゲストハウスもちゃんと日本で予約を入れている、と言ったら、のけぞったくらいだ。

 彼は行き当たりばったりの旅をしているという。そんな旅の仕方もありだと思う。

 人生は旅だ、と言う言葉があるが、旅の仕方に生き方が出てくるものだ、と最近考えるようになった。私は彼のような旅は生涯できないだろう。時間とお金があっても、きっと臆病でその一歩が踏み出せないと思う。

 180度違う旅をしている彼と一つだけ意気投合したことがある。マレー鉄道縦断の旅などはありえない、と言う話だ。あのようなスタンプラリーのような旅は結構疲れがたまり、気づいたら移動が旅の目的になってしまうことが多いと言う。そんなもったいない旅はできない。1つの国をじっくり味わいたいよね、と笑うと彼は握手を求めてきた。

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