第32話 犯人はこいつか。

 6時。私、ご来光、初めて拝んだ。

 日本でもあまり見たことがなかったし、毎年海外で挑戦してきたけど、雲が多かったりとかしてほとんど拝めなかったんだ。

 感動。言葉にならない。太陽が姿を現した瞬間、みんな歓声を上げるんだね。

ご来光信仰って日本くらいか、と思っていたけど、そうでもない。みんなご来光に感激している。中には日本人みたいに手を合わせている人もいる。私の席を取っておいてくれたカップルは動画を取りながら、キスを交わしている。誠に器用なカップルである。

 ご来光、素晴らしい。夢中になってシャッターを切る。来年の年賀状はこれに決定だ。

 太陽が昇り切り、続々と巡礼者や登山客が下山していく。私にはまだやり残したことがあるので、流れに逆らうように頂上に向かった。

 そう、アダムスピーク山頂に設置されている鐘を鳴らさねばならないのだ。山頂には放送施設もあり、ずっとお経や歌が流れている。シンハラ語放送だから、何を言っているのか分からない。でもきっとありがたい言葉を放送しているに違いない。こちらの施設の裏側にはトイレがあったが、すごい行列だった。  

 私の場合、汗でほとんど飛んでいたからトイレには1回もお世話にならなかった。でも頂上は息が白くなるほど寒い。

 中央にお目当ての鐘があった。登頂した回数だけ鳴らす。私は初めてなので1回だけ、ゴーン。

 ご来光の後は鐘の行列は少ないらしい。たいていの方はご来光を見る前に鳴らす。そして太陽が昇り切ったら一気に下山と言う算段になっているようだ。

 私も鐘を鳴らしてお祈りも捧げたので下山する。

 山頂からは神々しいくらいに素晴らしい光景が拝める。もうちょっと滞在し

ていたいが、ものすごい人なので居座れない。


 6時30分、下山開始。太陽が昇りきると、アダムスピークの美しい緑と雲海が視界に飛び込んでくる。もう少し、拝んでいたい。しかし長居はできない。

というのも続々と皆さん下山するから、さっさと下りないと後方から来る人の邪魔になるのだ。

 復路は往路で暗くて見えなかったものが見えてくる。4km地点だよ、と言う表示が参道脇にあったり、アダムスピークの駐在所や滝もあった。

 朝から上がる人たちもいるので、帰り道はそういう人たちとあいさつを交わしながらすれ違っていく。

 山の水をそのまま使用した流しっぱなしのシャワールームがあり、使用している登山客もいた。下の方まで降りてくると結構汗まみれになる。上は寒いけど、昼間の麓近くはやはり暑い。

 途中、道端で腰を下ろし、フルーツなどをかじりながら木にぶら下がっている猿と会話を楽しんだ。登りよりは楽なのだが、例の露天商のおっさんがやっている店付近を通りかかったとき、まだ着かないの??と言う思いも沸いた。おっさんの店は閉まっていた。どうも夜中だけの営業のようだ。  

 結構登ったんだなぁ。しばらくすると、日本山妙法寺の三里塚平和塔も見えてきた。登山ゲートから30分くらいの地点でアダムスピークの方向を見る。悠然と佇むアダムスピークの雄姿がそこにはあった。ここに登ったんだなぁ。

 この姿を見て、本当に登ってよかったと思った山。ご来光も素晴らしいけど、山の姿も美しい。

 しばし茫然。時間を止める。

 9時30分下山完了。私の場合、上り4時間、下山3時間かかった。平均よりプラス30分かかった感じである。日ごろ運動していない割には頑張った方だ。スリランカにある世界遺産の中では一番体力を要するところを制覇した達成感は言葉では言い尽くせない。


 宿に到着し、すぐに着替えて、荷造りをしてチェックアウト。一階の商店に顔を出し、チェックアウトの旨を伝える。宿代は3380ルピー。風呂入って仮眠して荷物を置いておいただけでこの値段は高い。今までいかにお得だったのが身に染みてくる。

 チェックアウトを受け付けてくれたのは女性スタッフだった。私がレシートを請求すると、心底面倒くさいという態度を思いっ切り醸し出しながら紙を切ってくれた。 

 その女性は紙を渡す際、思いもよらぬことを口にしてきた。

「ねえ、昨晩の男、なぜ追い返したの?20時過ぎに、男があなたの部屋に行ったでしょ。」

 女性が笑いながら壁にかかった時計を指さす。


あぁっ。そう言うことか。斡旋した犯人はこいつだったのか。


 昨晩、部屋に来た男性はこの宿のスタッフから情報を得て、ニコニコとドアをノックしてきたのだ。女性は悪びれもせず話を続ける。あなたのそんな貧乏臭い格好を見ていたら、旅のお金に困っているんじゃないかと思ったから声をかけたのに、どうして返してしまうのか。良いお小遣い稼ぎになっただろうに、と。

 大きな声を出した時、確かに宿のスタッフは誰一人として助けに来なかった。

「あなたの部屋の隣に宿泊していたカップルにも、チェックアウトの時、文句を言われて散々よ!」

 私より先にチェックアウトをしていったフィンランド人カップルは私の部屋での出来事を話していったのだ。そしてなぜ助けに来なかったのか、と女は責められたという。女の言い分としてはせっかくアルバイトのチャンスをあげたのに、何、台無しにしているの?といった雰囲気だ。

 バナナとオレンジ男。安く見積もられた私。貧乏臭い恰好だから受けた災難。


 女はきっと、男がバナナとオレンジだけ持参したことは知らないのだろう。男が金を持参したとしてもこの国の価格だと、たかだか知れている。この女からしたら、スリランカの価格帯で、貧乏くさいジャージに身を包んでいる私が応じるように見えたのだろう。情けなくて涙も出ない。

 怒りがピークに達していた私は、女の耳元でボリュームを最大に上げてシャウトしてやった。


「バナナ3本とオレンジ2個でできるかボケ!」


 女は相当びっくりしたようで後ろにあったテーブルセットに飛びのいていた。足元に落ちたレシートをひったくるようにつかみ、宿を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る