第28話 ジャングルの中で女を2分で妊娠させた男

 せっかくなので、ドライバーさんにはザ・グランドホテルまで送ってもらうようお願いした。アフタヌーンティーを体験したいと思ったのだ。

 1891年にオープンしたザ・グランドホテルは100年以上の歴史を持つ。元々は別荘だったらしい。玄関を入ると重厚なインテリアやソファー、その当時の車が展示されていて、まるで歴史博物館のようだった。

入り口でスーツケースを預かってもらい、テラスレストランまで案内してもらう。ここでアフタヌーンティーをしているという話だったが、時間が早すぎる。私が行ったのは12時。やっているわけがない。

 お客様は欧米人ばかり。皆さん美しい中庭を眺めながらランチを食べている。仕方ないからケーキと紅茶を頼むことにした。スタッフはケーキ全種類をプレートに乗せて、私の前に持ってきた。要は好きなケーキを指さして!と言うのだ。どのケーキも欧米サイズ。2つチョイスした。

 結構ケーキがでかくて甘い。大きさは手のひらサイズ。食べごたえがあった。

ケーキと紅茶のセットで440ルピー。

 少しだけ丁寧に整えられた中庭をうろついた後、大変きれいなトイレで用を済ませ、バスターミナルへ向かった。

 明日、早朝にアダムスピークの登頂を控えているので、今からハットン経由でふもとのナラタニヤへ移動しなければならない。今日は移動で体力がそがれる日だ。

バスターミナルまでの道は最高の散歩道だ。ヌワナエリヤは非常に過ごしやすい高山気候であり、汗ばむこともなく本当に気持ちよく時間を過ごすことができた。

 グランドホテルからバスターミナルまでは歩いて10分程度なので、食後の散歩にはちょうど良い。ビクトリアパークやゴルフ場があったりして、本当に緑豊かな街なんだなぁと改めて思う。少し気になったのは、その避暑地で遊んでいるのが欧米人ばかりだった、と言うこと。現地の人の姿は従業員などでは見かけたが、公園で子供を遊ばせたり、ゴルフを楽しんだりしている光景の中には全く姿はなかった。なんかまだ支配を受けているようにも映ってしまった。     

 昼過ぎ、ヌワナエリヤバスターミナルから中継地点のハットンまでバスで向かう。所要時間は2時間弱。運よくインターシティバスがあったのでそれに飛び乗る。料金は120ルピー。このバス路線は大正解だった。

「あなたは1人だから、助手席に座って。」

車掌がスーツケースを座席の後ろにおいてくれ、景色を独り占めできる特等席に私を案内してくれた。

 茶畑の中を走っていくバス。青空と鮮やかな緑のコントラストがたまらない。

疲れもあるから睡眠をとろうと思っていたが、興奮して一睡もできなかった。

 ただその後の、ハットンからナタラニアのバスは結構辛いものがあった。バス代はトータル85ルピーで済んだものの、当然だが集まらないと走り出さない。集まるまで結構待たされる。バスはやっぱりポンコツバス、という三悪と言う状況だった。途中でバスチェンジと、車内でシャウトされ、一度降ろされたりとかしていたから、結局、ハットンバスターミナルから登山口のナラタニヤまで2時間もかかってしまった。

 途中で降ろされたとき、少し綺麗目の売店があったから、明日の山登りに備えて食料の買い出しをした。登山口には何もお店もないかもしれないので、今日の夕飯も含めて、フルーツと飲み物とお菓子をしこたま買い込む。しめて750ルピー。

 売店の前には、日本では完璧アウトであるポンコツバスが停車していた。これでナタラニアまで運んでくれると言う。心にシャッターをして乗り込む。

 アダムスピークはやはり人気のある山なのか、続々とバックパッカーたちが乗り込んでくる。スーツケースを持参しているのは私だけだ。非常に車内で浮いている。

「あなたは日本人か?」

 たまたま私の隣に座ったおじさんが、肩を叩く。身なりからして現地の人。バックパッカーではない。そうだよ、と答えると、前列に座っていた客と後列に座っていた客からも同時に声が上がる。英語だけじゃなく、シンハラ語やハミル語も飛び交っていたので非常に訳しにくいが、日本人女性と聞いて、ともかく驚き興奮しているのだけは手に取るように伝わってきた。

「アダムスピークに登るのか。」

と言う質問にも、そうだよ、と答えると拍手喝采が巻き起こる。日本人がアダムスピークに登るのは本当に珍しいようだ。観光客以外は顔見知りが乗車していたようで、山頂は寒いからちゃんと上着を持って行け、食料は買ったか、などいろいろ世話を焼いてくれた。今夜の宿の場所が分からなかったので聞くと、

「それはバスターミナルの目の前にあるから、安心しな!」

とまたもや拍手喝采。よく分からないおじさんたちのテンションに飲み込まれて私もいよいよ楽しくなってきた。

 私が独身だと分かるといよいよ盛り上がりが最高潮に達し、

「スリランカ人と結婚しろ、すぐに子どもができて幸せになるぞ!いいか、彼はジャングルの中で女を2分で妊娠させたんだ。神業を持った男だぞ、どうだ!」

と歯の黄色い男を指さし、何度も勧められた。それはレイプで犯罪だぞ、と言う言葉を飲み込みニコニコしていたら、終点ナタラニアバスターミナルに到着した。

 バスはひどかったが、車中でおっさんたちと仲良くなり、ずっとつたない英語で話していた時間は楽しかった。

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