第9話  あり入りミックスジュース

 頂上に来て少し呼吸の落ち着きを取り戻した後、周りを見渡してみた。結構日本人がいたのだ。大手のツアーだろうか。日本語が堪能な現地ガイドの案内で王宮跡を散策していた。

 跡地の隅には何とも贅沢な王様専用のプールがあった。絶景を眺めながら泳ぐなんて、シンガポールにあるマリーナベイサンズの先駆けではないかと、ちょっと思ったりもした。

 頂上をうろうろすること20分くらい。強烈な日差しはいよいよ鋭い針に変身し、肌にちょっかいをかけてくるようになった。降り時かもしれない。

 ライオン広場までは同じ細い階段を降りるが、そこから先は行きとは違うルートを通って降りて行く。行きと帰りは道が違うからか、緑の表情も違って見えてくる。下りの方が心に余裕があるからか、穏やかな風合いを感じる。

 ロック登山口に戻ってきたのは10時半頃だった。真っ先に飛び込んできたのは、自分が岩の階段を登り始めた8時半頃とは全く異なる異常な光景だった。思わず息を飲む。入ってすぐの地点で、ディズニーランドのような大行列が発生していた。この現象のことをお宿のご主人は言いたかったのだ。だからしきりに昨晩、早く行け、早く行けと連呼していたのだろう。

 心の中で何度もご主人に感謝の念を送っていると、

「しとみ!しとみ!(ひとみと発音できなかったらしい。)」

と呼ぶ、軽くなじみのある声が耳を叩いた。音のする方向を見ると、朝、知り合った  

イギリスの学生グループが行列に並んでいた。急いで近づく。

 彼らによると、ゆっくり手前の古代遺跡でイヤホンガイドを聞いたり、写真を撮ったりしていたら10時近くになってしまい、気づいたらロック入り口付近に行列ができていた、とのこと。現在、30分ほど並んでこの位置にいるんだ、と悲しそうな声を出した。スマートフォンが示す温度は34度。この先、どれくらい待ち続けなければならないのか、と想像しているのか、朝は血気盛んな若者らしい、はつらつとした表情を浮かべていた学生たちの顔に、死相が浮かんでいる。

 私が先にロックに向かう際、なぜ彼らに強く、先に行った方がいいよ!と声をかけなかったのか、ひどく後悔した。彼らの判断ミスとはいえ、旅人にとって無駄な時間ロスは相当痛い。しゃがみこんでいる女子たちもいる。

 何と声をかけたらいいのか、こんな時の慰めイングリッシュを私は持たない。頑張れ!と声をかけるのもおかしいし、かといって、お気の毒に、と言う言葉をかけるのも違う気がする。

 どんな言葉があるか、と考えていた時、少し列が動き始めた。列に並ぶ人々の顔にも明かりが少し戻り始めた。私が困った表情を浮かべているのを察したメンバーの一人が、

「動き始めたから、俺ら行くわ!」

とくるりと背中を向けて、立ち上がってくれた。その後ろ姿に続けとばかり、またね!と言いながら手を振ってくれる学生たち。

「see  you!」

 この一言で彼らと別れることができて、正直なところほっとした。

 彼らと別れた後、彼らが時間を食ったという遺跡をガイドブックと照らし合わせながらかいつまんで鑑賞した。学生たちが時間をかけて鑑賞したという遺跡群は確かに見ごたえはあるのだが、やはり行列が気になってなかなか感動が心に入ってこなかった。振り向くとはやはり行列の動きが止まっている。彼らはまたしゃがみこんでいるのだろうか。そう思うと、この敷地内にいることに軽く罪悪感を覚え始めてしまった。私はさっさと博物館へ向かうことにした。


 博物館の前には売店があった。暑さだけではないが、だいぶ疲れていたため、一旦休憩を摂ることにした。こぢんまりとした売店で、奥に椅子席があった。でもちゃんとした売店ではなく、商品に値段は付いていない。観光客の顔見て、適当に値段を付けている感じだ。指差しでペットボトルのジュースとお菓子を注文したら、300ルピーだった。まだ許せる範囲だったので支払った。

 そんなに冷えていないペットボトルのジュースと良く分からないお菓子を抱え席に向かおうとした時、私の後ろでミックスジュースを注文していた欧米人がめちゃくちゃ切れていた。

「Ant! Ant!」

とシャウトし、ジューサーを叩いている。フルーツについていた蟻がミキサー一緒に入っているのに、店員が気づかず回しているのだ。オーダーした客は作り直せ!と言っているのだが、どうも店員には伝わっていないようで、ずっとジューサーを回し、終いにはコップに注いでお客さんに渡してしまった。お客さんは受け取らず、ずっと怒っている。店員さんはなんでそんなに怒っているのか、まだ理解していない模様で困った表情を浮かべている。この光景を見て、スリランカでは絶対に道端でフレッシュジュースは買わないでおこうと固く心に誓った。

 あまり冷えていないペットボトルジュースであったが、存外おいしくて、一気飲みしてしまった。売店のクーラーにあたり十分に体を冷やした後、隣のシギリア博物館へ向かった。

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