第8話  モチベーションの高い太陽

 博物館の受付カウンターで、チケットを購入する。このチケットはシ-ギリアロックの入場券だけでなく、こちらの博物館の入場券もついてきた。ここまで来るバスは40ルピーで済んだものの、チケット代は4,650ルピーも請求された。


 高すぎる。

 

 世界遺産の維持費も含まれているため、ユネスコへの寄付金だと思って支払ったが、スリランカの物価を考えたら、馬鹿みたいな値段だ。

 ぶつぶつ文句を並べていても仕方がない。博物館の見学は後回しにすることにして、気温が最高潮になる前に、シ-ギリアロックに向けて出発した。英語の立て札がいっぱい出ているから、ゲートまでは迷わない。


雲一つない、快晴の素晴らしい日。


 スリランカは熱帯雨林気候。年2回のモンスーンの影響で大きく変わる。コロンボやゴールなどの南西部はモンスーンの影響を受けて、4月~6月、10月~11月の2回、雨季がある。反対側の東部は、北東からのモンスーンの影響により11月~3月に雨季を迎える。北部地域は全体的に降水量が少ない乾燥地帯となっている。

 今回は南西部中心の旅であり、ちょうど乾季に当たっていたからか、一度も雨に当たらなかった。いつもながら非常に旅行運が良い。

 ゲートで入場券のチェックを受ける。遠くには巨大なふてぶてしい岩が鎮座し、こちらをまっすぐ見つめる。周辺の緑とはあまりにも対照的な赤褐色の岩肌は、青空に向かってほぼ垂直に切り立っている。

 ロックにたどり着くまでの間には、蓮の水路、水の広場、石窟寺院、説教の岩場等、様々な古代遺跡がある。ゲートではイヤホンガイドも借りられるので、個人客は、借りてじっくりと遺跡と対話している人もいた。

 ちゃんと遺跡の前には小さな立て札が立てられており、私は地球の歩き方と照合しながら回ろうと決めた。でも後回しだ。ともかく宿のご主人は先にロックに登れ!とのことだったから、ロック前に点在している遺跡はスルーした。

 イギリスの学生さんたちは先に見ていくとのことだったから、ここでお別れ。1人、ロックに向かった。

 ゲートから5分ほどで入り口に到着した。この時点で朝8時半。行列はできていない。チャンスだ!

 岩の上には、カッサパ一世時代の宮殿・要塞跡がある。標高は370mで岩そのものの高さは約200メートル。ほんと、巨大だ。

 岩の近くには、大きく蜂に注意!と言う看板も立てられている。私は遭遇しなかったが、結構、シ-ギリアロックにはいるらしい。途中にあるライオン広場には、救護室もあった。時期に寄るのかもしれない。年末年始は大丈夫だった。

 岩の階段を登りきった後、非常階段のような螺旋階段が待ち受けている。高所恐怖症の方は止めておいたほうがいい。足元がスケスケだ。階段の周りは鉄の網目の柵で覆われており、周りの景色も十分楽しみながら登ることができる。でもスリルの方が強いかもしれない。

 ここでは有名な美女のフレスコ画(シギリアレディ)を拝められる。コーナーの前で2度目のチケットが切られる。貴重ゆえに撮影禁止。ここが一番厳重な警備をされていた。


 イギリス統治下にあった1875年、この奇妙な岩山を望遠鏡で眺めていたイギリス人が、目を奪うような鮮やかな色彩を見つけ、このシギリアレディたちは1400年もの眠りから目を覚ましたとされている。

 シギリアレディのフレスコ画の後は、はミラーウオール(鏡の回廊)へと続く。高さ3m、真珠のような輝きを持ち、鏡のような光沢があるからこの名称になったという。あまりの美しさに夢中でシャッターを切っていたら、通りかかった外国人にそばにあるプレートを指さされた。ここも撮影禁止だったのだ。急いでスマートフォンを片付けた。

 鏡の回廊を登りきったところにライオン広場がある。ここはちょっとした休憩所になっており、多くの登山客が日陰で体を休めていた。ここまで、順調に来て30分くらい。この広場の中心には大きな菩提樹がある。地元の人たちは、この母のような木の下で涼んでいた。私も隅っこに座らせてもらい、しばし風に当たる。私の横には、乳飲み子に母乳を与えている母親が座っていた。可愛いなぁ、と言うことよりも、ここまで赤子を抱えて登ってきたことに驚いてしまった。

 休憩スペースの目の前には、ライオンの脚をかたどった彫刻と階段が見える。ここが宮殿の入り口だ。

 隣の赤ちゃんと母親に微笑み、宮殿を見上げること10分。

 なんでこんな場所にカッサパは馬鹿げたもんを作ったのかなぁ、と言う感情がこみ上げてきて、いよいよ重い腰を上げることにした。

 ライオン広場から頂上まで続く長い階段。シギリアロック最後の階段であり、最も厳しい階段と言われている。途中までは急な階段が続くが、そこを過ぎたら、比較的楽な階段になる。階段は中央で区切られており、右は登り、左は下りとなっているため、非常に狭い。

「Excuse  me」

「I’m  sorry」

をお互いに掛け合いながら、すれ違っていく。途中、下る観光客から、

「頑張って!」

「あとちょっとだよ!」

と声をかけられる。これは本当に力にもなり嬉しかった。だから私も降りる際は、積極的に登ってくる人に声をかけていった。

 最後の気力を振り絞って上ること十分程度。宮殿頂上に到着。

 疲れ切った旅人たちがポカンと馬鹿みたいに口を開けて、宮殿の残骸に腰掛けながら絶景を眺めている。私もスペースを見つけ、ゆっくりと腰かける。

 頂上は広さ1.6ha。絵葉書にみたいな風景が眼下に広がる。美しい。絶景と言う言葉はこのような風景を指すのだろう。

 父を殺し、強引に王の座についた若き王子は、弟の復習を恐れこの岩山の頂上に狂気ともいえる宮殿を拵えた。彼は自ら孤独を選択し、権力を手にした若き王は、このような絶景を見ながら、日々何を考えていたのだろうか。

 天気の良い日はアヌラタブラの遺跡群まで見えるという。しかし残念ながらこの日は雲が多く駄目だった。

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