第7話 三人称視点・底しれぬ男

 ヘカトンケイルの転送は完了した。

 これは、ワンザブロー帝国が誇る殲滅兵器の中でも最強の一体である。

 これを複数体用い、大都市ですらも壊滅させる。


 高度な耐魔力を持つこの人造巨人は、魔法文明時代において恐ろしい存在だった。

 本体の耐魔力故、魔法を行使することはできない。

 だが、圧倒的な肉体とパワー、そして魔化された武器を用いての戦闘は、生身の人間が敵うものではない。


 これを、閉鎖空間を用いた処刑装置、滅びの塔へ送り込む……?

 正気の沙汰ではない。


 滅びの塔は恐らく、再利用不可能なほどに破壊されてしまうだろう。

 それの再生は、衰退期にある魔法文明では容易には叶うまい。



 だが、やらねばならなかった。

 ワンザブロー帝国は、最も優れた娯楽装置としての滅びの塔を犠牲にしてでも、成さねばならぬ事があったのだ。

 それは、たった一人の異世界人の抹殺である。


「ヘカトンケイル、完全に転送を終えました。全権能解放。粉砕剣ジャムダギル、爆砕剣ブラキバキラス、呪殺独鈷杵、雷電ナックル、回転切断斧、螺旋刺突短剣、圧殺噴流槌、全て800%サイズのレプリカで装備!」


「一つの都市を滅ぼす武装じゃないか」


「それだけのものを用いて、たった一人の異世界人を? あの、何の力もない男を殺すのか……?」


「いや、何の力もないわけではないだろう! 数々の罠を、あの男は何も持たずに突破した!」


「そうだ……。我々が気付かぬような力をあやつは持って……。いや! あやつは、我々がその力に気付かないように、卑怯にも隠蔽したのだ!」


「そうだそうだ! 隠されていたのだ! だから我々は気づけなかった! なんと汚い品性の男だ! 許せぬ!」


「しかも……しかも……! 我々に対してあの挑発! バカにしたポーズ! 完全にこっちをコケにしておる!! 許せぬ! 悔しい! 許せぬ!」


「うおおおお、抹殺抹殺抹殺!」


「我らのメンツにかけて! プライドにかけて!」


「「「「「「「「うおおおおおおお!!」」」」」」」」


 帝国の偉い人々は大盛りあがりであった。

 そう、これはつまり、彼らのメンツとプライドを傷つけた異世界人、コトマエ・マナビを、ありとあらゆる犠牲を払って完全、完璧に粉砕するため、帝国の威信をかけて行われる処刑なのである。

 処刑装置では処刑できなかったので、都市殲滅兵器を送り込んで処刑する……!


 これは恥の上塗りなどではない。

 断じて無いのだ!!


 出現したヘカトンケイルは、眼前に立つ弱々しい二人を見下ろす。

 巫女は青ざめて怯え……ていない。


「あー、疲れましたあ……! 早く終わらせましょうよう」


『!?』


 続いて、巫女の前に立つ男を見た。

 こいつこそが、ヘカトンケイルに与えられた最優先撃滅目標。

 謎の力を持つという異世界人である。


 手にしているのは、スケルトンの槍。

 それが三本。


 その程度のものが、どれほどの役に立つというのか?

 ヘカトンケイルは、与えられた邪悪な知性でもって笑みを浮かべた。


 異世界人の顔を見下ろす。

 一見して、線の細い優男とも見える容貌だ。


 だが、目があった瞬間、ヘカトンケイルの背筋を寒気が走る。

 まるで今この瞬間、己に死の運命が突きつけられたような……。


 異世界人は微笑むと、ヘカトンケイルから目をそらし、側面に向かって手を振った。


「よーっす! 今度は音声も届くようにしてみたけど、聞こえてるー? ワンザブロー帝国のみんなー! 恥の上塗り、ご苦労さまー!! そしてそれもまた、無駄に終わりまーす!!」


 画面の向こうでは、帝国人たちが怒りと憎しみで叫び、吠え、のたうち回っていた。

 だが、彼らの内心は不安に満ちている。


 まさか、この余裕。

 この男、またやってしまうのではないか?

 たった三本の、何の変哲もない槍だけで、都市を殲滅する兵器たるヘカトンケイル、それも今現在考えうる限り最強の量産兵器をフル装備した個体を。


 まさか。


「ということで、ルミイ、緊張緊張。ダレてると失敗して死ぬぞー」


「し、死ィ!? あひー! それはいやですうー!!」


 巫女が情けない悲鳴を上げて逃げ始める。

 その後ろを、もたもた走る異世界人。


「おっ、どうしたヘカトンケイル。あれか? 怖くてブルっちゃった? 追ってこれない? あー、仕方ないなあ。俺の後ついてきたら死んじゃうもんなあ……。生命を大事に生きてくれよ。十日しか生きられないセミみたいなヘカトンケイルよ……」


『!!』


 ヘカトンケイルの脳が、一瞬で沸騰した。

 向けられた視線は、嘲りでも憎しみでもない。

 憐憫だったからだ。


 これだけは許せない。

 動き出すヘカトンケイル。


 異世界人を粉砕せんと、武器を振り回し、塔を破壊しながら走り始める。

 永い時を、帝国人を楽しませる処刑装置としてあった建物が、悲鳴を上げていた。


「はい、まずはジェネラル!!」


 多腕の甲冑スケルトンが、ヘカトンケイルを待ち受けていた。

 本来ならば異世界人たちを食い止め、殺すはずのジェネラルは、侵入してきた規格外の巨体、ヘカトンケイルへと標的を移したのである。


『ガアアアアアアアッ!!』


 振り下ろされるヘカトンケイルの一斉攻撃。

 これを、スケルトンジェネラルは一度だけ弾いた。

 そして、ヘカトンケイルの足に向けて、連続での斬撃を放つ。


 生半可な攻撃を弾く巨人の皮膚も、同じ箇所を連続で切り裂かれれば傷はつく。

 しかし、ジェネラルの抵抗もそこまでだった。


『ガアーッ!!』


 続く攻撃が、スケルトンジェネラルを完膚なきまでに粉砕した。

 その頃には、異世界人たちはスケルトンアーチャーの道まで逃げている。


 異世界人が、放たれた矢を拾い、槍に塗りつけているようだった。


『ウガアアアッ!!』


 叫びながら、後を追うヘカトンケイル。

 己を哀れみの目で見たあの男を、許してはおかぬ。

 絶対に許さぬ。


 それは、人為的にインストールされた殺戮兵器としての人格に、ただ一つだけ存在するエラーだった。

 ヘカトンケイルは、哀れみを向けられると一切の命令入力を受け付けない暴走状態となる。


 誰もこの仕様を知らなかった。

 例えば、度重なるテストで、ヘカトンケイルを挑発し続けた者でもなければ、気付くはずもない。


 帝国人たちはパニックに陥っていた。

 ヘカトンケイルへ、一切の命令が行えない。

 あれはただ、異世界人を追って走り続けるだけのモノに変じてしまった。


 射掛けられる、スケルトンアーチャーの弓矢。

 これを、ヘカトンケイルは防ぐこともしない。

 だが、目だけは反射的にかばう。


 万一目を貫かれれば、スケルトンアーチャーの毒が通る可能性があるからだ。


 故に、足への注意がほんの一瞬おろそかになった。

 その瞬間、的確に投げつけられる槍。


 それが足に刺さった。

 スケルトンジェネラルが傷つけた場所へ、的確に。


『!?』


 針で刺されたようなものだ。

 ヘカトンケイルはそう判断した。

 そして一歩目を踏み出し、二歩、三歩。


 ガクリと膝が脱力しかけた。

 そこで気付く。


 毒だ。

 あの異世界人は、スケルトンアーチャーの毒を槍に塗りつけていた。

 それを、スケルトンジェネラルの傷口から直接送り込んできたのだ。


 大したダメージではない。

 毒はすぐに抜ける。


 だが、無視していいものではない。

 ヘカトンケイルの中に、異世界人の槍への警戒が生まれる。


「チュートリアル通り。これで勝ち確だ」


 異世界人、コトマエ・マナビが笑った。


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