around the sea

 昼間にこっそりと家を出た少女は、パイン村へと別れを告げた。


 その後ぼんやりと旅路を歩き進めたが、旅に出たという実感が一切沸いてこなかった。永遠と森が続いていただけである。


 気晴らしに少女は頭の上のやかんに話しかけた。

「意外と軽いのね。」

「だろう? アルミ製の強みさ。」

 結局あのスタイルに決まってしまった。あまりの恥ずかしさに、道中で他の旅人と会わないことを切に願った。

「あなたはどうやって喋ってるの?」

 やかんは疑問に思った。

(なぜ俺の過去を聞こうとはしないのだろうか。この質問も、“なぜ喋るやかんなどという奇妙な物になったか“を聞くべきではないだろうか。)

 ただ、本質を聞く質問にやかんはな答えが出来る自信がなかった。


 余計な事をせず、おとなしくやかんは少女の質問に答えた。

「やかんには笛があるのは知ってるか。」

「お湯が出来るとピューって鳴るやつ?」

「そう。あれの応用だ。」

「……。私は他のやかんは喋れないのになぜあなたが特別なのかを聞いてるの。」

「他の奴が無能なんだろ。」

「えぇ……。」


 そんな世間話をしていると、木々が途絶え、海岸沿いにでた。海は非常に綺麗だった。残酷な程に。

 ここも村が沈んでしまっていた。海面からはレンガ造りの屋根が顔を出している。所々瓦礫の山も確認できる。この村こそ世界の現実そのものなのだろう。

 少女は再び世界に絶望した。

「ミズよ。」

 やかんの言葉で少女は我に返った。

「なに。」

「せっかくだし海水を入れてみてくれないか?」

「水が欲しいんだっけ?」

「時々な。」

「海水取ってくるね。」

 少女は荷物を降ろし、足をまくった。そっと近づくと心地よい潮風が頬を撫でた。持っていた水筒に海水を入れた。

「はい、どうぞ。」

 やかんへと優しく海水を注いだ。

「うーん。イマイチだな。塩味が濃いし、不純物も多い。」

「せっかく取ってきたのに。」

「次に期待している。頑張りたまえ。」

「…………泥水入れてやる。」

「な! それだけは止めろ! まじでシャレにならん。」

 少女は足早に近くの小さな池に向かった。

「おい! 話を聞け! 一旦このくだりやってるだろ!」

 少女の眼に移っているのは混沌に満ちた泥水であった。

「わかった! 俺が悪かったから。」

(はぁー。)

 少女はやかんの元へ戻り、やかんを拾い上げた。



 二人はその晩野宿をした。

「テントなんて持ってたんだな。」

「山にこもってたし。テントはお父さんが旅商人だったから家にあった。」

 一所ひとところに留まらない職業だから女遊びなどしていたのかもしれない。馬鹿馬鹿しい。

 夜を無事に過ごせる二人の旅は安泰のように思えた。



 次の日の昼になり、やかんに指図されながら同じように旅をしていた。


 シャカシャカ……。

 突然茂みから音が聞こえた。

「何?」

 振り返ると、ワニのような顔をした二足歩行の怪物モンスターが三体いた。全員鋭く尖った爪を持っていた。

「絵本のリザードマンみたい。」

(相変わらずこいつの反応は薄いな……。)

 やかんはため息をついた。

「ミズ、俺を手に持て。」

 少女はやかんを頭から降ろした。


「いいか? こいつらは“ゴビ“だ。まぁ、ただの名前だ、気にしなくてもいい。災害の影響でモンスターが増えたんだろうな。とにかく俺が瞬殺する。」

「確かに昔はモンスターのトラブルとかほとんどなかったもんね。」

 それを対処できる人間もほとんどいなかったが。


「シュンサツ出来るの?」

「俺にはやかん戦法がある。」

「は?」

「見てればわかる。俺は強いからな。現にあいつらが距離を詰めてこないだろ?」

 確かに悠長に話をしていた割には、全然近づいて来ない。しかし、ゴビ達は視線を反らすことはなかった。


「でもなー。やかんだからなー。」

 少女が言い終わった瞬間に、魔方陣が出現した。そして何の前触れもなく、一瞬で炎の渦が飛び出した。太さは竜巻ほどで、太陽のように輝いていた。

 一体のゴビが炎に包まれ、燃えた。その断末魔が魔法の威力を物語っていた。

 灰など残ってはいなかった。

「あー。ゴビは雷が弱点だったか。しくじったな。」

薬缶コイツは何を言っているの?)


 残り二体は足が震えて、身動きがとれていなかった。

「そういえば技名を考えてないんだよな。」

 とやかんは呟いた。

「ミズよ。雷技の名前を考えてくれ。」

「あ……、え、うん。“感電“とか?」

「安直だな。ま、いっか。」

 意を決したゴビ達が飛び掛かってきた。

「カンデン。」

 今度は魔方陣もなかった。一瞬光の筋が見えたかと思えば、ゴビ達は白目を剥いて空中で静止した。

 呆気なく地面に倒れてしまった。

「どうだ! これがやかん戦法! スカイ教の奴らとは大違いだ!」

「そうね。」

 少女は再びやかんを頭の上に乗っけた。

 そして何事もなかったかのように歩き出した。


 戦いの後、やかんは少女に聞いた。

「なぁ。」

「?」

「目の前でゴビが死んだとき何か思ったか?」

「別に。なんとも。」

「そうか……。なら良い。」

 やかんは少女に違和感を抱いていた。

(イカれた父親のせいかもな。)

 そんなことをやかんは思った。

「そうだ! とりあえずライム村に寄ろう! 物質を補給したいからな。金はあるんだろ?」

「お母さんの遺産ね。そういえば家族の事は言ったけ?」

「いや、聞いてないな。二人とも生きてるのか?」

「死んでる。色々あって。」

「そうか。すまんな。」

「気にしてない。」

「だとは思ったけどな。」


 そうして二人はライム村へと向かうのだった。

 やかんと少女は旅を続ける。

 その旅路は


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