大事な宝物

「ミューズちゃんの子も早く見たいわ」

レナンの子は曾孫とはいえ、次期国王になる大事な後継ぎだ。

祖母といえど気軽に会いには行けない。


「協力してもいいかしら?」

ならばせめてミューズに早く婚姻をして欲しいとうずうずしているのだ。


何をするかわからないが、祖母が剣術に明るいとは聞いたことがない。

どんな手なのか好奇心もあり、頷いてみる。


サンドラはスッと立ち上がり、タイミングを測って大声を出す。


「シグルド様、愛しておりますわ!」

突然の妻からの告白にシグルドの動きが止まる。


「なっ、何だ急にっ?!」

顔を赤らめ、明らかに狼狽する。


ティタンは隙を逃さずシグルドの腹に木剣を打ち込む。


「試合中ですよ、シグルド様」

「ぐっ…今のは卑怯だ」


腹を押さえ、シグルドは膝をつく。


「あらあら騎士たるものいかなる時も平常心でしょ?隙が有りすぎるわ」


何もなかったかのようにサンドラは笑っている。


「真剣勝負の最中口出しするんじゃない!」

シグルドはカンカンだ。


サンドラは悲しそうな顔をし、

「ではもう二度と愛してるなんて言いませんわ」

とつんとそっぽを向いてしまった。


「いや、そうじゃなくてな…」

と傍目から見たら、楽しそうな会話をしている。


「今のはありなの?」


「有効か無効かはシグルド様に任せよう。少しだけ休憩する」


シグルド達から離れ、二人で座る。


打ち込まれて赤くなったところをミューズが回復魔法で癒やす。


「凄いな、前より回復が早い」


「お母様が色々教えてくれるからね」


社交界デビューをきっかけにリリュシーヌはミューズが身を守れるよう、様々な魔法を教えてくれた。


母譲りの魔力の多さとセンスで、学校で習う以上のものを覚えている。


「しかし何でまたサンドラ様はああいうことを?」


「実はね…」

先刻までのやり取りをティタンに話す。


「ミューズの子を、早く見たいと」

「そうみたい」


ティタンは赤くなった顔を隠すように頭を抱えた。


なるべくそういう事を考えないようにしていたのに、ミューズから聞かされるとは……。


淑女たるミューズは詳しく知らないだろうが、閨教育を受けているティタンは容易に想像出来てしまう。


子が欲しいという事は、つまりそういう行為をしなくてはいけないという事だ。


年頃の男だ、想像しなかったわけではない。


「あぁ、もう色々とキツい」


ティタンはシグルドと打ち合いをしている方がマシと小さくぼやいてしまった。





「…ティタン、お前の勝ちだ。不本意だがな」

渋々ながらも了承した。


決定打は実践形式の試合でしたよね?というサンドラの一言。


あれくらいで心を乱すのはなってない、それにミューズが曾孫を産んだら抱っこしに行きやすいでしょ? と説得された。


「ありがとうございます! しかし、式までには実力で一本取れるよう精進致します」


「頑張れよ」


その後憂さ晴らしのように打ち込みが激しくなり、最後は護衛騎士として来ていたルドとライカまで相手をさせられた。


「その程度で護衛騎士とは情けない、もっと気張れ!」


「「はい!」」


すっかりと場は騎士達の訓練場と化してしまった。


ミューズとサンドラは二人で庭園の散歩に出る。


男達が盛り上がってしまい、収拾がつかなくなってしまったからだ。


季節は夏。


少し日差しは強いものの、サンルーフのお陰で柔らかな陽光になっている。


「今まで大変だったろうけど、ミューズちゃんはいっぱい頑張ったわね。良い伴侶も見つけられて安心したわ」


シグルドにそっくりと、サンドラは微笑んでいた。






ティタンと出会い、お互いを高められるよう頑張ってきた。


頼れる人がいることはとても強い支えとなった。


外見も大事な要素ではあるが、相手を思い、考えを尊重することがどれだけ大事か身に沁みた。


わからないのは仕方ないことだ、所詮は他人なのだから。


大切なのは知ろうとすることだと考えている。


そして自分の事も大事にすること。


それに気づけたのは大きな転機だ。






卒業後、二人は無事に婚姻を結んだ。


それまでになんとか実力でシグルドを負かすことも出来た。


追い込みの訓練で学校の成績は若干落ちてしまったが。


もう学生ではなくなったため、週の半分は領主補佐を、もう半分は騎士として登城し働いていた。


いずれはスフォリア領で自警団も作ろうと画策しているためだ。


ミューズはいずれなる公爵夫人としての心得を母から教わっていたのだが、式から数ヶ月後に懐妊が分かったためスフォリア邸は大騒ぎとなった。


とにかく何かあってはいけないと、大切に慎重に過保護なくらい甘やかされる。


「愛しい娘が母に……!」


成長を喜びつつも、遠くへ行ってしまったような寂しさを覚えたりと、ディエスは情緒不安定になっていた。


「何か出来ることはないか? 欲しいものは?」


「父親になるのですから落ち着くです、しっかりとミューズ様を支えなくてはダメなのです」


慌てるティタンと窘めるマオのやり取りは微笑ましかった。


「外孫も可愛いけど、内孫も勿論楽しみよ! どんな洋服着せようかしら」


とリリュシーヌもワクワクとその日を待っていた。


日に日にベビー用品が増える。


「無理はしちゃダメよ! これわたくしの時に役立ったから使ってみてね」


レナンは実際に使ってよかったボディクリームやハーブティなどを送ってくれる。

可愛らしい授乳クッションも来た。


「おめでとう。くれぐれも体に気をつけて」


とエリックやリオン、国王夫妻からは多額の祝い金と、メッセージが届いた。


そして乗り心地を考えた馬車が届く。


遊びに来いという豪華なお誘いだった。


「出産時は応援にいくからね、ミューズちゃんのお手伝いをさせて頂戴」


サンドラからは労いの言葉がかけられる。


シグルドも言葉は少ないが、浮足立っているのがありありだった。







「こういう時、男は無力ですね」


陣痛が始まり、隣室で待つティタンの声は心配で力がない。


「そういうものだ。俺達には信じて待つ事しか出来ない」


シグルドは腕を組み、目を瞑っていた。


「母子ともに無事であればそれでいい。神よ……どうか二人をお願いします」


青ざめた顔でひたすら手を組み、祈るディエス。


ただただ無事を祈り、待つばかりだ。







時間がどれくらい経ったかわからない。


微かに赤子の泣き声がした。


数分が長く感じられたが、マオがはずんだ声で三人を呼びに来る。


「元気なお子が生まれました、ミューズ様も無事です」


マオの目に涙が浮かんでいる。


「ミューズ!」


勢いよく部屋に入り、愛しき妻を見た。

前髪は汗で顔に張り付き、その表情は疲れ切っている。


白い顔は血の気を失い、尚更白くなっている。

ティタンの声に弱々しい反応を見せた。

「元気な女の子よ。抱いてあげて……」


指差した先には、赤子を抱えたリリュシーヌ。

そっとティタンの方に近づいてきた。


その間、サンドラがミューズの汗を拭いてあげている。


「小さいですね……」

生まれたての子は、とても小さくて赤い顔をしていた。


フニャフニャと泣きながら小さい体をしきりに動かしている。


薄紫色の髪が自分と同じだと、ティタンは涙が込み上げてきた。


「私が乗せてあげるわ。腕を横向きにして……そう、首元をしっかり支える形で」


ティタンの太い腕にそっと乗せられる。


「軽い、でもとても温かいな」


ミューズにも見せるように子どもを抱いて近づいた。


「良かった、元気ね」


ミューズもポロポロと泣き、指を差し出す。

その指を優しくキュッと握る様は、ますます泣けてしまう。


「ありがとう、ミューズ……こんなに可愛い子を命懸けで産んでくれて、幸せにしてくれて、ありがとう」


ティタンは感謝の言葉しか言えなかった。


涙は子どもにかかるかもしれないと、必死で抑えている。


「私こそ、ありがとう……こんなに嬉しい事ってないわ」


二人は泣き笑いの表情で、ずっと見つめ合っていた。






スフォリア邸にまた新たな宝物が増えたのだった。

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根暗令嬢の華麗なる転身 しろねこ。 @sironeko0704

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