第5話 のんべえ幼女

「んぐ……。ぬるい……」


 私は一口飲んだエールに幻滅した。

 仕事終わりの一杯に、こんなぬるいエールは許せない。


「それで聖女様――」


「私は聖女じゃありません!」


 とっととお金をもらって、冒険者ギルドから撤収しようと思っていた。

 けれど、シンシアさんが離してくれない。


 私も迂闊だよね。


『エールで良ければ、お出ししますよ』


 の一言に釣られて、まんまと冒険者ギルドの椅子に座ってしまった。


 それから、シンシアさんが色々と質問してくるのだけれど、私は仕事終りのビール――いやエールに気が行っていて、ろくな受け答えをしていない。


 そして、やっと出てきたエールはぬるいのよ。


「シンシアさん……。このエールは?」


「冒険者ギルドに併設されているバーのエールです。ほら、そこですよ」


 なるほど、シンシアさんの指さす先には、頑丈そうな木製のバーカウンターが見える。

 バーカウンターの周りには大男が暴れてもオッケーな頑丈そうなテーブルと椅子が沢山置かれていて、奥の方には厨房が見え、髪をひっつめたお母さんが働いていた。

 バーと言うより、パブ兼食堂だね。


「このエールは、普通のエールですか?」


「はい……。あの……聖女様は、まだ幼いですので……、お酒は……」


「シャラップ!」


 私は小声で『キュア』と唱えて、魔法で体内のアルコールを解毒する。

 まだ体が小さいから、肝臓に負担をかけてはいけない。


「ねえ。バッカスちゃんは、凍らせる魔法を使える?」


「氷結魔法が使えるよ!」


「じゃあ、このエールを冷やして!」


「……子供はお酒を飲んじゃいけないんだよぉ」


「シャラップ!」


 私は怪我をした冒険者を治癒して命を救ったの!

 緊張して精神的に疲れたし、充電が必要よ。


 バッカスちゃんが、ジットっと見てくるので、私は必死で言い訳を重ねる。


「大丈夫! キュアでお酒の成分を解毒しているから、酔っ払っていないわ! つまり味わうだけ! ゼロアルコール! セーフ!」


「色々と言い訳しているけれど、子供はお酒を飲んじゃいけないんだよ」


 とか言いながら、バッカスちゃんは、エールを冷やしてくれた。

 優しいなあ。


「何て素敵な相棒なんでしょう! ありがとう! いただきます! ング……ング……ング……。プハア~! キンキンに冷えてる! 美味しい~!」


 くううううううう!

 染みるわあ~。


 この為に生きている!


 でも、ちょっとクラリと来たので、私はすかさず自分に解毒魔法『キュア』をかけて、体内からアルコールを除去した。

 子供の体だから、ちょっとのアルコールでも『きいてしまう』みたい。


 私がエールを飲む姿を見て、野次馬たちが再び騒ぎ出した。


「なあ、あれ、本当に聖女様なのか?」

「エールをかっくらう姿は、おっさんそのものだよな?」


 うるさいわい!

 バリバリ仕事をしていれば、男も女も関係なくなるのよ!


「聖女じゃないのか? 違うのか?」

「ああ、回復魔法が得意な子供かもな」


 おっ!

 上手く誤魔化せた?

 そうそう。私は聖女じゃありませんよっと。


「いや、頭の上にのっているのは、間違いなくフェアリーだ!」

「それも氷結魔法を使うところを見るとハイフェアリーでは?」

「うむ。ハイフェアリーを連れているならば、勇者か聖女であろう」


 あれ?

 誤魔化せてない?

 ローブを身につけた魔法使い風の冒険者たちが、フェアリーがどうこうと言っている。


 どうやらバッカスちゃんに注目が集まっているみたい。

 ハイフェアリーって何かしら?


 私は受付のシンシアさんに、教えてもらうことにした。


「シンシアさん。ハイフェアリーって何ですか?」


「ハイフェアリーは、バッカス様のような高位の妖精のことです。非常に珍しい存在です」


 ほうほう。

 バッカスちゃんは、選ばれし守護妖精だから、この世界でも珍しいのね。


「なるほど。じゃあ、フェアリーは、どんな存在ですか?」


「普通のフェアリーは、魔力の多い魔道士や高位の騎士になつき行動を共にします。魔法で魔道士や騎士をサポートしてくれます」


「ありがたい存在なのですね」


「そうですね。フェアリーは、誰にでも懐くわけではありませんが、見かけることはあります。しかし、ハイフェアリーは、勇者や聖女とだけ行動を共にします。私もハイフェアリーを見るのは初めてです」


 と言うと、シンシアさんは、キラキラした目でバッカスちゃんを見ている。


 不味いわね!

 バッカスちゃんの存在が、聖女の証明になってしまうわ!


「バッカスちゃんは、普通のフェアリーですよ」


「氷結魔法は、高位の魔法です。氷結魔法が使えるフェアリーなどいません」


「えっ!?」


 そ、そうなの?

 ひょっとしてエールを冷やしてもらったのは失敗?


「普通のフェアリーは、火、水、風、土の四大魔法や光魔法を得意とします。氷魔法は、四大魔法の上位魔法です。ですから、上位魔法の氷結魔法を使ったバッカス様はハイフェアリーだと判断できます」


「あっ……」


 し、しまった!

 エールを冷やしてもらうことで、ダメを押してしまったのね!


「ああ、やはり聖女様であらせられたのですね!」


 シンシアさん!

 感極まって、声が裏返ってますよ!


「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」

「聖女様!」


 野次馬ども!

 私を聖女に祭り上げるつもりね!


 ここで、聖女だと認めてしまっては、人助けの奴隷にされてしまう!

 そんな人生は嫌よ!


 私は決然と立ち上がると、エールを片手に立ち上がった。


「私は通りすがりの『のんべえ幼女』よ! 見てなさい! ング……ング……ング……ング……ング……プハア! 見たか!」


 急激にアルコールが効いてきて、私は卒倒した。

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梅酒売りの異世界幼女は、聖女を拒否る! 武蔵野純平 @musashino-jyunpei

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