92日目 野球応援

 7月9日、30度を超える気温の中、修平は野球場のスタンドから野球部の応援をしていた。

 今年から着任した野球部出身の校長の「高校野球と言えば、全校応援だろ。全員で応援することで、学校愛が高まる。」という鶴の一言で、真夏日の中の全校応援がきまった。

 

「県大会まで行った卓球部には誰も応援に来なかったのに、1回戦から全校応援かよ。野球部はいいな。」

 修平は暑さの中、ついつい毒突いた愚痴をこぼしてしまう。修平の高校の野球部は強豪でもなんでもなく、むしろ1回戦を勝てたら大喜びの弱小校なので、1回戦からの全校応援となってしまった。

 全校応援に加えて吹奏楽部の演奏付きで、ヒロも最前列で汗をぬぐいながら演奏している。


 勝てば2回戦も同様に全校応援が予定されているため、応援に参加させられている生徒はみんな負けることを願っている。そのため自チームが三振したり、相手チームに点が入れば拍手が起きるという状況になっていた。

  そんな願いが通じたのか、試合は5回が終わり1対8で負けている。7回終了時7点差だとコールドゲームになるので、このまま追いつくことなく終わってほしいとみんなが願っている。

 6回の表、修平たちの高校の攻撃となり、先頭打者がヒットで出塁したところでスタンドから一斉にブーイングが起きた。

 修平が次の打者に三振しろと念じていたところ、急に最前列のあたりが騒がしくなった。何事かと見守っていたら、ヒロが片桐さんに肩を借りながらスタンドから出て行った。かなり気分が悪そうな様子だった。

 修平も心配になり、ヒロの跡を追った。


 スタンド裏の日陰の涼しいところで、ヒロは横になっていた。傍らには片桐さんが心配そうに見守っていた。

「ヒロ、熱中症か?」

 修平がたずねると、

「修ちゃん、こんなところでいいの?」

 覇気がない声で返事をしたかとおもうと、顔を修平の方に近づけてきた。

「なんだよ。ヒロ。」

 修平がヒロと距離をとろうとすると、

「えっ?今、修ちゃんから『ねぇ、チュ~しようか?』って言わなかった?」

「言ってないよ。熱中症かって聞いただけだよ。まあ、そんなことしようとするぐらいは元気そうで安心したよ。」

 ひとまずヒロの意識はあるようなので、修平は安心した。


「じゃ、私は演奏に戻るから、大森君はヒロちゃんのこと見ておいてね。」

 片桐さんはそう言い残して、スタンドへと戻っていった。

「これを首に巻いておけ。」

 そういって、修平は自分の首に巻いていた、保冷剤入りのタオルをヒロに渡した。

「修ちゃん、ありがとう。」

「ちょっと待ってろ。」

 そう言って、修平は自販機があるところまで走って行って、ペットボトルの飲料を2本買った。それをヒロに渡しながら、

「1本は飲んで、もう1本はわきの間に挟んでろ。脇と首を冷やした方がいい。」

「修ちゃん、ありがとう。詳しいね。」

「毎日、蒸し風呂のような体育館で練習しているからな。」

 ドリンクを飲むために、起きて座っているヒロの隣に修平も座った。ヒロの肩が寄りかかってきた。

「大事に至らなくてよかった。ヒロが運ばれていくのをみて、びっくりしたよ。」

「心配してくれて、ありがとう。」

 元気を取り戻しつつあるヒロが返事をした。ヒロはやっぱり元気な方がいい。

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