第26話どちらにしろ、大騒ぎになったとは思ってる

 ダンジョンの攻略はせずに、あとは冒険者ギルドへと戻るだけだ。

 当初の目的は達成したからだ。

 あと、疲れた。

 普通に、疲れた。

 低級ポーションを飲もうとして、ビクターに二本とも飲ませたことを思い出した。

 あの透明な檻は、すぐに消えたらしくエールがすっ飛んできて回復魔法をかけてくれた。


「さすがに死んじゃったかと思いましたよ!!」


 ボロボロと大粒の涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、エールは言った。

 美少女が台無しである。


「あー、うん。

 死ななかったけど、さすがに疲れた」


 俺の返しに呆れているのは、ラインハルトとミーアだ。


「あれだけのことをして、出てくるのが『疲れた』ですか」


「本当にバケモノだな。

 四天王の首級まで取ってるし」


 ちなみに、関係者らしき魔族まで捕まえた。

 仕事としては十分だろう。

 四天王ヴァルデアの首級については、なんでも無制限に入る魔法袋をラインハルトが持っていたので貸してくれた。

 ダンジョン攻略が目的では無かったので、俺たちはさっさと引き上げることにした。

 闘技場を調べたら、外へと転移する魔法陣を見つけた。

 それを使って外に出る。

 すでに日は暮れていた。

 馬車の荷台に、もうひとつの手土産である優男魔族を放り投げる。

 そこに、ラインハルト、ミーア、ビクターが乗り込んだ。

 ビクターは終始、無言だった。

 なにか考えているようにも見えたけれど、仲間を失った総長でもある。

 そのことを気遣ってか、馬車に乗ってからはだれも声を掛けようとしなかった。


 冒険者ギルドに着いたのは、深夜近くになってからだった。

 さすがに閉まっているだろうと思っていたら、併設された酒場の方が開いていた。

 ギルドマスターもそこで飲んでいた。

 俺たちの帰還を知るや、驚いていた。

 さらに魔王軍の四天王の首級をとってきたことを言ったら、飲みかけのアルコールを盛大に吹いた。

 他の客も驚いて、遠巻きにこちらを見ている。


「四天王と戦って勝ったぁぁあ!!??」


 ゲホゲホとアルコールを吹いたために、ギルドマスターは咳き込んだ。

 しかし、それが落ち着くとそんなことを叫んだ。


「どうやって勝ったんだ!?」


 俺はサムズアップして、


「本気出して頑張ったら勝てた!!」


 なんて言ってみた。

 頑張れば意外となんでもできるもんだよなぁ。

 俺の返答に、ギルドマスターがほかのメンバーに聞き直す。


「四人で勝ったんだろ??」


 エール、ラインハルト、ミーアが首を横に振った。

 ラインハルトなんか、手を顔に当ててぐったりしている。

 ギルドマスターは、いやいや嘘だろとばかりに救出してきたビクターに視線をやった。

 ビクターも首を横に振った。


「うそだろ……」


 ギルドマスターの呟きに、ビクターが言った。


「本当だ。

 そいつが四天王を倒した。

 俺たちは、それをこの目で見た」


 俺は顎に人差し指をあて、トントンと叩く。

 よし、閃いた!


「とりま、証拠にとってきたヴァルデアの首級を見てくれ!」


 確認さえすればいいのだ。

 鑑定でもなんでもしてもらえば、少なくともヴァルデアの首級をとってきたことは信じてもらえるはずだ。

 俺は借りていた魔法袋から首級を取り出そうとする。

 それを、エールに止められた


「ウィンさん!

 さすがにここで出すのは、お食事中の方もおられますし」


 たしかに。

 食事の席で見るものでは無いな。

 他の客達もそれに頷いている。

 悪酔いして、見せろコールが来るかなと期待したが、来なかった。

 結局、今日は全員、冒険者ギルドの一室に泊まるよう、ほかならないギルドマスターから指示された。

 他の客にも、口止めをしていた。

 どこまで効果があるか怪しいが、しないよりはマシみたいなそんな空気をギルドマスターは纏っていた。


 もう一つの手土産である優男魔族は、ギルドマスターが預かることになった。


 そして、明けて翌日。

 改めて俺たちは今回の依頼について、報告した。

 ギルドマスターは、ただただ、大きく嘆息した。


「大変なことになった」


 ラインハルトが、ギルドマスターに頷く。


「人類の敵である魔王軍、その幹部の首級を一介の冒険者がとってきた、なんて一大事ですからねぇ。

 国、というより王に知られるのも時間の問題でしょう。

 下手に隠すことも出来ない」


 なにがそんなに深刻なんだか。


「とりま、報告終わったし帰っていいか?

 あとはそっちで適当にやってくれ」


 と言ったら総スカンくらった。

 解せぬ。


「なにがそんなに問題なんだよ?」


 俺の質問に、エールが答えた。


「本来、SSSランクが魔王軍の大幹部である四天王と一騎打ちして、勝てる確率はどれくらいだと思いますか?」


「え?

 んー、めちゃくちゃ低いとは思うけど。

 実際どれくらいなんだ?」


「ゼロです」


「……はい?」


「だから、ゼロです。

 勇者のパーティに所属していたら、勇者に与えられている加護の効果でようやく人は個人で魔王軍四天王になんとか勝てるかもと言われています。

 SSSランク冒険者でもそれは変わりません。

 今までの歴史上、加護もなくそれを成したヒトはいないんです」


「つまり?」


 エールの説明を引き継いだのはラインハルトだった。


「君は、勇者でもその仲間でもないのに魔王軍四天王を倒した、名実共に英雄扱いされる立場になりました。

 国としては、放っておかないでしょうね」


 ミーアも難しい顔で頷いている。


「下手すると嘘つき扱いされて火あぶりかもな」

 おっとー?

 いきなり物騒な方向に話が飛んだぞ。


「いやいや、いくらなんでも火あぶりは大袈裟じゃね?」


 俺は、パタパタ手を振って笑い飛ばそうとした。

 しかし、まるで通夜か葬式みたいな空気になってしまう。


「一番の問題は、」


 ビクターが口を開いた。


「お前のステータスがカスってことなんだ」


「おう、喧嘩なら買うぞ、表出ろ」


 半分茶化して言ってみたが、ビクターは乗ってこなかった。

 ビクターの言葉に、エールもうんうん頷いている。


「なにしろ、所持スキルは一個。

 魔力はゼロ。

 そんな方が、魔王軍四天王をステゴロで倒しましたと言っても、まず信じてもらえないでしょう。

 たとえあの首級を鑑定したところで、出るのはウィンさんの武器で首を落とした、という事実だけです。

 誰がどうやって倒したのか、までは鑑定ではわからないんです」


「あ、なるほど」


「それと、この功績が評価されるとウィンさんには少し窮屈な生活がまっているかと」


「窮屈?」


「名実ともに英雄扱いになりますから、評判のことも考えると、ウィンさんが好きな喧嘩が出来なくなります」


 なるほどなるほど、そういうことか。


「それはダメだ」


 よし、それなら。


「それなら、ラインハルトがパーティを率いて倒したことにすればいい」


 ラインハルトなら、所有スキル、魔力共に説得力がある。

 リーダーシップを取って、ヴァルデアを倒したことにしても違和感は無いはずだ。

 俺の提案に、その場にいる者の視線が俺に向いた。

 やがて、諦めにも似た同意がギルドマスターから出る。


「それしか無い、か」


 それに待ったをかけたのが、ほかならないラインハルトだった。


「いやいやいや!

 さすがにダメでしょう、それは!!

 今回のことは、彼の功績だ。

 それはちゃんと評価されるべきです!」


 うーん、真面目だなぁ。

 仕方ない、現実を突きつけるか。


「今回の件、世間的に見て、よりドラマチックなストーリーはなんだと思う?」


 ラインハルトの視線が俺に向いた。


「ヒョロガリのチビがステゴロで四天王を倒した、よりも、イケメンが仲間を率いて四天王を倒した、の方が受け入れられやすい。

 そうは思わないか?」


「思いませんね」


 にべもない。


「しかもヒョロガリのチビの本性は、戦闘狂の喧嘩好きときてる。

 これよりも、少々気性は荒いけれど、顔が整っていて女性に優しい紳士の方が受けがいいに決まってる」


「君、喧嘩が出来なくなるかもってだけで、いつも以上に口が回りますね」


「いやいや気の所為だ。

 俺は英雄伝を聞く一般市民のことまで考えて発言してるんだ」


「そんな気遣いが出来る人だったとは」


 と、そこでラインハルトの右腕たるミーアが口を開いた。


「面倒臭いから、皆で倒しました、でいいだろ」


 ギルドマスターも、面倒くさくなっていたのか、それとも無難と判断したのか、あるいはその両方か。

 とにかく、ミーアの案を採用したのだった。

 ……って、あれ?

 これ、俺が最初に言ったのとほぼ同じ案じゃね??

 ラインハルトメインか、全員かの違いでしかない。

 ま、いっか。

 それで行くか、と決定しかかった時だ。


「……もしくは」


 今度は、ビクターが口を開いた。


「冒険者クラン【神龍の巣シェンロン】が中心となって倒したってことにすればいいんじゃないか?」


 今度は、一斉にビクターへ視線が向けられる。


「この戦闘狂バカが倒したことには変わりない。

 俺としても、それは評価されるべきだと思ってる」


 おいおいおい、どうしたのお前。

 って、なんでギルドマスター以外うんうん頷いてんの?!

 エール、お前まで!!

 お前は味方だと思ったのに!!


「それこそコイツが個人で倒したってのが、今の悩みの種なわけだ。

 所有スキル数と魔力ゼロが原因で、信じて貰えないって意味でな。

 でも、こいつが総長をしてる【神龍の巣シェンロン】がパーティの中心となって倒したってことにすれば少なくとも、能力のなさを理由に嘘つき呼ばわりされることはないだろ」


 ビクターは、俺とエールを真っ直ぐに見てくる。


「そして、こっちの方がお前らにとっても都合がいいはずだ」


「どう都合がいいんだよ?」


 俺の返しに、ビクターは続けた。


「お前ら、テッペン目指してんだろ?

 なら、これでクランとしての知名度は一気に上がると思うけどな。

 なにしろ、魔王軍四天王を倒したクランだ。

 箔が付かないわけないだろ」


 た、たしかに。

 俺個人の知名度じゃなく、クランの知名度が上がるのはとても魅力的だ。

 俺はちらりとエールを見た。

 エールも俺を見てくる。

 少し戸惑っているようにも見えた。


「……仕方ない、か」


 王国への報告は、こうなった。

 冒険者クラン【神龍の巣シェンロン】と【白薔薇騎士団ナイツ・ローズ】が共同で依頼を受けた。

 その依頼先であるダンジョンにて、魔族四天王と遭遇。

神龍の巣シェンロン】が中心となり、これを打ち倒した、と。

 個人名は欠片も出ないよう、報告書が作成された。

 そして、その証拠としてヴァルデアの首級も献上された。


 結果。

 大騒ぎになった。

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