第9話 陸前高田の医療事情

 「せんせい!夜分すみませ~ん」

 自治会長の奥さんが年配の女性を連れてきた。

 かかりつけの医院は夜間診療をしてくれないということで、高田病院へ連れて行って診察をすることになった。

 その夜は応急処置だけにして、翌日の外来を受診してもらい検査なども行った。


 この話には、知り合いの記者との後日談もある。

 地元出身の彼女が「開業の先生に時間外の診療を頼むという発想すらなかった」と話すのを聞いて、「そんなのはかかりつけ医って言わないでしょう」と逆にこちらが驚いた。


 そこで今回は、大震災から一年半たった陸前高田の医療事情をまとめるとともに、財当塾で取り組んでいる「お薬手帳」の活用法についても紹介する。


     * * *


 陸前高田市の医療機関は、平成24年9月末現在で、岩手県立高田病院のほかにも5施設がある。

 その内訳は、民間の内科医院が2施設、国保診療所が2施設、民間の精神科病院が1施設で、このほかにも岩手県医師会からの派遣医が診療する高田診療所がある。

 このうち仮設の医療機関は、高田病院と陸前高田市国保広田診療所、そして岩手県医師会高田診療所だ。


 震災後に全国から応援医師が来ている高田病院では、新たに消化器内科や整形外科そして婦人科などの診療が始められた。

 さらに小児科医も2名となり、周辺施設の応援診療に出かけられる状況だ。

 また9月からは、沖縄県の離島で救急医をしていた高橋宗康医師(34)が、故郷へ恩返しをしたいと高田病院へ赴任してきた。


 人口2万人の陸前高田市にとって、医療施設が極端に不足しているとは言えないだろうが、夜間や土日祝日の対応は高田病院だけになる。

 もちろん、隣接する大船渡市には岩手県立大船渡病院という基幹施設があり、そちらの救急センターを直接受診するケースもあるだろう。

 また休日当番医制度があり、気仙医師会の陸前高田市と大船渡市の診療所などが参加している。


 このように、受け皿としての医療機関が足りているとすれば、残る問題は全体の医療連携と患者の意識改革になるだろう。


     * * *


 私がお世話になっている小友地区の財当仮設では、毎月の最終土曜日夕方に「財当塾」という勉強会を開催している。

 9月の財当塾では、愛子先生の「健康食品をよく知ろう」という講演だった。

 その質疑応答の流れを引きついで、私は「医者の上手な掛かり方」を裏話も交えて披露した。


 医者を上手く利用するためには、自分の医療情報を上手く伝える必要があり、そのために便利なのが「お薬手帳」である。


 平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、医療機関や薬局のカルテや薬歴等が大きな被害を受けた。

そんな大震災直後の混乱期でも、「お薬手帳」を持っていた患者さんには適切な薬を処方できたという報告がたくさんある。


 非常時に限らず何時でも、自分の医療情報を整理して携帯しようというのが、財当塾で取り組んでいる「お薬手帳」の活用法だ。

 薬局では処方ラベルを「お薬手帳」に貼ってくるが、自分の医療情報まで書き込んでいる方は少ないように思う。

 そこで私たちは、支援に入っているボランティア看護師さんの協力も得て、希望者に対して医療情報の書き込みなどをお手伝いしている。


     * * *


 「お薬手帳」に自分の医療情報を書き込むことは、自分の健康を見直すきっかけになるだろう。

 さらには、かかりつけ医から検査結果などを聞き出すことにより、医師との高い垣根を取り払うきっかけにもなる。


 患者側の意識改革によって、かかりつけ医の側の意識も変わってくるはずだ。

 それこそが、「医療で震災復興」プロジェクトの目指すところである。


(陸奥新報 2012・10・18)

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