第2話 コンボイ情報

「ユウ、起きて」

 瑠璃が由宇の肩を叩いていた。時刻は既に七時を回っている。周囲はすっかり明るかった。これでよく寝ていられる。駿は感心するよりもほとんど呆れていた。

「おはようございます」

 寝ぼけ顔の由宇は目尻を手の甲で拭っていた。

「おはよう」

 早くは無いんだけどな。駿は内心そう思いながら答えた。結局由宇以外は誰も眠ること無く朝を迎えていた。

 由宇はあくびを隠しながら伸びをした。そして左腕の時計を見るとギョッとした顔になる。

「どうして起こしてくれなかったんですか。最後は私の番だったのに」

 由宇は瑠璃に詰め寄っていた。

「必要ないから起こさなかったんだよ。あたしら眠れなくてさ」

 紫苑が言うと瑠璃がうんうんと頷いていた。二人を見た由宇は駿に視線を向けた。駿は苦笑を返した。

「そんなあ」

 そう言う由宇に瑠璃が声をかける。

「それより延岡に動きがあるそうですよ」

 とたんに由宇の顔が真剣なものに変る。

 無線機がプツっと音をたてると「回線つなげました」という瑠璃の声が無線に流れた。

「ニュームーンこちらハーフムーン、聞こえる?」

 神酒の声には緊張の色が混じっていた。

「こちらニュームーン、聞こえます。どうぞ」

「延岡の拘置支所に車両が入ったわ。情報通り軽装甲の多用途車が五両、だけど、加えて一両の6輪装甲車がいます。現在詳細の確認と対応を検討中。指示を待て。どうぞ」

「了解」と答えた由宇は唇を噛んでいた。

「一両くらい増えてもなんとかなるだろ」

 駿は雰囲気が暗くならないように努めて明るく言って見せた。

「何言ってんですか。大違いですよ」

 瑠璃は厳しい顔をしていた。

「増加装甲の装着状態とかにもよりますが、6輪の装甲車だとグレネードでも対物狙撃銃でも正面からの攻撃は通らない可能性が高いですね。横や背後からならなんとかなるかも知れませんが、それにしても確実とは言えません。おまけに、機関砲やグレネードが装甲化された砲塔で運用されているものもあります。高い攻撃力と高い防御力があるんです」

 由宇は無言でうつむいている。

「中止になるかもしれませんね」

 ポツリと言った瑠璃の一言に、由宇は肩をピクリとさせた。

 太陽の光はまばゆかったが、四人の間には重苦しい沈黙が流れた。

 特別分遣隊の利点はなんと言っても瞬間交戦性の高さだ。一瞬で敵を制圧し反撃自体を行わせない。ところが装甲車にはこちらの攻撃が通用しない可能性が高い。もし反撃されれば、わずか四人で装甲もない駿たちは一気に追い詰められる。

「ニュームーンこちらハーフムーン、多用途車一両が出発。先行偵察と思われる。乗車人員は四名、全員が兵士。本隊の出発は情報よりも早まっている可能性が高い」

「ニュームーン了解」

 瑠璃が簡潔に答えると、再び沈黙が支配した。

「とにかく情報を待とう。具体的な情報が来れば打開策も見つかるかもしれないからな」

 駿はそう言って沈みがちな雰囲気をなんとか盛り上げようとした。


 しかし、その三十分後、再び音を発した無線機が伝えたのは朗報とは言えなかった。

「コンボイが延岡を出発。先頭に装甲車、その後に四両の多用途車が続いてるわ。目標は中央の車両に乗車。それと装甲車の写真解析が完了したので、概要を伝達します」

 神酒の声も明るいトーンとは言えなかった。

「形式はZBLー13、内蒙古第一機械製造集団有限公司が製造している主に輸出用の車両で連合以外でも使用されているわ。ただしセラミックと予想される増加装甲とスラットアーマーが装着されていて防御力は大幅に強化されています。対物狙撃銃もグレネードも効果は望めないわ。たとえ背後からでも難しいでしょうね。武装は砲塔上に四十ミリのグレネードを装備。連射もできるから面制圧力は相当のものよ」

 神酒は言葉を切った。その意味を理解させる間をとったのかもしれないし、続く言葉を覚悟させるためでもあったのだろう。

「任務は中止よ」

 由宇は唇を噛み目をきつく綴じていた。

 駿も奥歯を噛み締めた。吐きそうになるほどの訓練に耐え、押し潰されそうな緊張の中をここまで来た。それなのにたった一両の装甲車のために作戦を諦めるなんて納得出来なかった。

 そしてそれ以上に、由宇の顔を見ることがつらかった。もしこのまま引き返せば、もう二度と由宇の笑顔は見られないような気がした。少なくとも、由宇の顔を見ることがつらくなる事は間違いない。

「その場で夜まで待機して、潜入時と逆経路で離脱しなさい。詳細は追って指示します。了解か、送れ」

 三人の視線は由宇に集まった。

 神酒の命令に答える資格があるのは指揮官である由宇だけだ。

 由宇は答えなかった。答えることが出来なかったというべきだろう。

 細い肩がわずかに震えている。

 駿には由宇の思いが痛かった。

「新月2曹、了解か?」

 神酒らしくないキツイ命令口調だった。

 由宇は膝を着いたまま拳を握り締めている。そしてその拳を振り上げると柔らかな地面に叩きつけた。

 色も厚さも薄い唇からは小さな嗚咽が漏れていた。

「スタンバイ」

 口を開くことのできない由宇に変わって瑠璃が答えた。

「了解」

 神酒も由宇の事情は知っている。時間をくれという返答にあっさりと了解した。

「仕方ないよ。スラットアーマーまで付けてるんじゃ、例え対戦車ミサイルを持って来てたって無理だよ。トップアタックができるミサイルなら話は別だけど」

 瑠璃なりの慰めなのかもしれなかった。

 それでも、由宇にとっては意味を為さなかったようだ。

 膝を着いたまま天を仰ぐと、大きな目を見開いたまま無言で涙をながした。目尻から流れる涙のつぶが薄緑色の下草の上にパタパタと落ちる。

 流れる涙以外に動くものがないまま時が過ぎ、やがて由宇はがっくりと頭を垂れた。そして、大きく息を吸い込んだ。

「待てよ!」

 駿は考えがまとまり切らないまま由宇を止めた。

「トップアタックなら通るんだろ?」

 戦闘車両は下や上からの攻撃には脆弱だ。駿でもそのくらいは知っている。

「トップアタックって、どうやるつもりさ。そんな装備は持って来てないよ」

 それを実際に行う方法が問題だった。

「トンネルから出る瞬間に上から撃つ。これならどうだ?」

 普通の人間の反射速度ではそんな事はできない。指の間につるした紙を落ちる瞬間につかむことが出来ないのと同じことだ。それでも、駿は彼らになら出来るはずだと思った。

 しかし、由宇は肩を落としたまま無感情に答えた。

「それでも対物狙撃銃かグレネードでなければ装甲は貫けません。狙撃銃では一人を倒せるだけです。グレネードはそんな至近距離で撃てば、撃った人間も無事では済みません」

 可能性は由宇も考えていたらしい。

「身を隠したままランチャーだけ出して撃つなら何とかならないか?」

 駿は簡単に諦めることは嫌だった。

「車線は一車線だろ。トンネルの出口なら通過する位置は分かってる。射撃タイミングだけ指示してグレネードを上からのたたき込めば、可能性はあるだろ」

「うまく行くかどうか分からないじゃないですか!」

「でも……可能性があるとしたらそれだけじゃないかな」

 そう言ったのはグレネードを撃つことで危険な役回りを引き受けることになる瑠璃だった。

「それにあたしらには機動力もあるじゃない。それでダメだったらその時になって逃げ出せばいいじゃないか」

 紫苑も加勢した。

「そうだ。今諦める必要はない。それが失敗してもここから距離を取りさえすれば黒ガラスだって回収してくれるだろ」

「そんな・・・私のわがままでみんなを危険にさらすなんて……」

 由宇の言葉は紫苑が途中で遮った。

「ちょっと! 誤解しないでちょうだい。あんたのためにやるんじゃないよ。この作戦が成功すれば、反攻作戦の時に命を失う仲間が減るんだろ。これはそのための作戦だよ。あんたの知り合いを助けるなんてチンケな目的のためにやる作戦じゃないんだ」

 六つの真剣なまなざしが由宇を見つめていた。由宇は真っ赤な目で三人を順に見た。

 由宇は最後に駿を見た。駿は決意を込めて由宇を見つめ返した。

 由宇は手の甲で涙を拭い、低めた声で駿たちの覚悟を問ただした。

「本当にいいんですか?」

 駿は無言で頷いた。

 瑠璃も頷く。

 紫苑は横を向いたまま「くどいよ」と言った。

「ありがとう」

 由宇はほとんど聞こえない程小さな声で言うと、胸元に付けていた無線のスイッチを入れた。

「ハーフムーン、こちらニュームーン。攻撃を実施させて下さい。トンネルの出口でグレネードの対戦車榴弾を使用してトップアタックをかけます。確実に成功する作戦とは言えませんが、これしか成功の可能性のある作戦はありません。失敗した場合は即時撤退します。攻撃の許可をお願いします。どうぞ」

 四人は神酒の声を待った。だが今度は神酒が沈黙していた。神酒が水島と相談しているはずだ。由宇は無線のスイッチを握り締めている。駿は生唾を飲み込んだ。

「こちらフルムーン」

 無線から響いて来たのは水島の声だった。

「君達はそんな訓練はしていない。やっていないことは出来ない。極めて危険度の高い作戦になる」

 否定的な言葉に、駿は全身が強ばるのを感じた。

「だが、成功の可能性がある作戦がそれしかないのも事実だろう。ただしグレネードの射距離は最小安全距離を完全に切る。安全な遮蔽を得られる射撃位置が見つからない場合は作戦の実施を禁止する。射撃タイミングは新月2曹が示せ。佐々倉2士は当初の作戦の通り多用途車のエンジンブロックを撃って動きを止めろ。新月2曹はトンネル内にスモークを打ち込み後、多用途車の機関銃手を射殺。御庭2士は装甲車を攻撃後第2撃が可能なら装甲車を攻撃、以後は予定どおり目標が乗車する以外の多用途車及び下車戦闘を行う警備兵を攻撃しろ」

 水島はそこで言葉を切った。

 当初の作戦では、駿は由宇とともにコンボイを後方から追いかけて挟撃することになっていた。作戦の変更で、由宇は前方で待ち構えることになる。

「そして七尾3士、単独任務になるが予定どおりトンネル入り口からコンボイを追尾して停止したコンボイを攻撃。トンネル出口で攻撃するため一部の車両はトンネル内で停止する可能性がある。そうなればそれらは単独で攻撃することになる。注意しろ。それに装甲車の攻撃に失敗した場合は三人との合流が困難になる可能性がある。その場合は無理せずトンネルの入り口に引き返せ」

 由宇は頬を紅潮させ、もう一度涙を拭うとフェイスマスクを被った。もう表情は見えないが、赤い目は覚悟を決めた目になっていた。

 駿はなんだか妙な気分だった。命令を受けて由宇と同じように気合が入ったことは事実だったが、同時に安心もしていた。

 危険な事でもはっきりやると決まってしまうとかえって落ち着くものらしい。

「質問はあるか?」

 由宇は三人の顔を見回すと、短節に「なし」と答えた。

「作戦の成功を確信している。分遣隊の真価を示せ」

 確信しているという言葉が気休めであることは分かる。駿はそれでも嬉しかった。歴戦の勇士にそう言われれば、ウソでもホントに思えてくる。

「ニュームーン了解」

「回線切ります」

 瑠璃がそう言うと由宇が立ち上がる。

 駿もマスクを被ると立ち上がった。

「ではスーツを装着してそれぞれ攻撃発起位置に移動」

 そう言うと由宇は拳を突き出した。

 駿も拳を出し三つの拳と軽く突き合わせた。

「ヨシ」

 駿はつぶやいた。

 同時に口には出さない覚悟を決めた。

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