第6話 撃破

 投降勧告を聞きつけると敵はすかさず物陰に隠れた。

「ミニー、もう一度勧告を。それと勧告の状況をハーフムーンに報告して下さい」

「アイ」

 瑠璃の声が無線を通して聞こえてきた後、再び勧告の声が響いた。2度目だとさすがに緊張の色は濃くは無い。

 それでも敵の反応は無かった。

 駿は大きく深呼吸をした。勧告に従わない以上、攻撃するしかない。

「勧告の状況と反応を報告しました。ハーフムーンの命令は敵を撃破せよ、です」

 由宇は「了解」と短く答えると目を閉じた。何かを思案していると言った様子だった。

 そして口を開いた由宇は毅然として命令した。

「これより敵を撃破します。ドーズの後、ミニーはグレネード五発を連続射撃、動いた敵を各個に攻撃。準備いいですか?」

 由宇のすぐ隣にいた駿は伏せたままハンドサインで準備よしを伝え、銃床の根本を握る左手に力を込めた。

 由宇は全員の準備状況を確認すると、静かに言った。

「ドーズ・ナウ」

 駿は声を出さずに呪文を呟く。すぐさま全身の毛が逆立ち、頭には氷が突き立てられた。

 そしてドットサイトの先にターゲットを探しながらグレネードの発射を待った。

 だが何時までたっても発射音は響かず、着弾の閃光も見えなかった。

「ミニー?」

 由宇がこらえ切れずに呼びかけると、瑠璃は震える声で答えを返した。

「ちょっ、ちょっと待って。すぐ撃つから」

 駿には理由が良く分かった。駿も小銃の脚を立てていなければ、とても射撃できるような状態ではなかったろう。いくら生唾を飲み込んでも喉はカラカラに渇いていた。

 それでも終にポンという少し間の抜けた音が続けざまに響くと、敵がいた周辺に五つの閃光が見えた。

 グレネードの着弾が収まると物陰に隠れていた敵がのっそりと動き出した。こちらがグレネードで攻撃するとなれば、敵は散開しない限り破片の餌食になるだけだからだ。

 彼らは実際には駆け出しているのだろうが、その動きは駿にはジャングルに住むナマケモノのように見えた。

 ピルミリンのおかげでターゲットの動きはスローモーションだ。射撃の苦手な駿でもゆっくりと狙い撃つ事ができる。しかし駿の腕ではこの距離でも当てることは難しかった。何発か撃ったモノの命中しているようには見えない。

 それでも由宇と紫苑が動き始めた敵を一体一体倒してゆく。駿の視界の中で少なくとも三人の敵兵が血飛沫を上げて斃れていた。敵は後五人以下になっている。グレネードで致命傷になっている敵もいるだろうから、残り僅かかもしれなかった。

「駿は前進してください。左にまわって」

 再び瑠璃の撃ったグレネードが連続して着弾する。駿はそのタイミングを逃さずダッシュした。

 動き出す敵が見えるとすぐさま由宇の銃撃音が響く。なぜか紫苑の持つ狙撃銃の音は聞こえなかった。

 駿は上を取るため左に斜面を登りながら前進する。敵がこちらを見ていれば駿の姿は見えたはずだ。しかし時速五十キロ近い速度で斜面を駆け上がる人影を狙い打てる人間はまずいない。駿は移動速度が落ちないよう慎重にルートを選びながら突進した。

 駿が右前方を索敵しながら走っていると、大きな木の陰から銃を構えている敵を見つけた。狙われているのは駿ではなかった。駿の右後方、最も激しく銃撃し位置が露呈した由宇を狙っているのだ。

「ユウ隠れろ。狙っているヤツが居る」

 駿は急停止すると腰を屈めて引き金を引いた。敵の左手前の地面が弾ける。駿はセミオートのまま続けざまに引き金を引いた。ピルミリンの効果で実際にはフルオートで射撃している状態に近かっただろう。

 駿は焦った。彼は十発以上連続して射撃した。マガジンの残弾は半分を切っただろう。それでも敵に命中弾は与えられていなかった。

 駿の放った銃弾はほとんどが手前の地面にめり込んでいた。敵はスローモーションでしか動いていなかったが、流石に由宇に向けて引き金を引いてもおかしくないタイミングだった。

 駿は着弾状況を考慮してターゲットの右上付近を狙って引き金を引き絞った。そしてそれが奏功したのか、弾丸は敵の太ももに命中した。体重を支えていた足を射抜かれ、敵はくず折れた。

 止めを、と思った矢先、敵の頭が弾け跳んだ。銃声は意外と近いところから聞こえてきた。振り向くと由宇が銃を下ろして駆け寄って来た。

「駿はそのまま!」

 由宇はそう言うと、駿の後ろを左に駆け抜けて行く。

 駿と由宇の正面は前方に見える大岩の影以外はクリアされた状態だった。

「ミニー、グレネードの残弾は?」

「あと一マガジン分、五発!」

「了解。BZ35にある大岩の背後に全弾打ち込んで下さい」

 精神的には落ち着いてきたのか、瑠璃は「アイ・サー」と言うとすぐにグレネードを連続して放った。精度は今ひとつに思えたが、大岩の背後に五発のグレネードが吸い込まれて行く。

 紫苑の狙撃銃も射撃を再開していた。

 由宇は距離を詰めることなく大きく左に回り、大岩の背後を視界に納めるように動いていた。

 そして三発ほど銃撃すると駿に言った。

「シュン、前進して大岩の後方を確認して下さい。バックアップします」

 同じ過ちを三度はしない。

 由宇のバックアップを意識して、由宇に見える範囲は由宇に任せる。由宇には見え難いない大岩の後方に意識を集中させる。銃床を肩に付けたまま銃口を下げ、上に上げればすぐに射撃できる姿勢を維持して警戒しながら前進した。

 そして大岩に接近すると、一気に躍り出て確認する。そこにあったのはグレネードの破片で体のあちこちが傷つき、最後に由宇か紫苑に急所を打ち抜かれた三体の死体だった。

「大岩後方クリア、死体を三体確認」

「了解。シュンは引き続き周囲を警戒して下さい。これより合流します」

 駿は「了解」と答えると、銃を下に向けたまま由宇が来るのを待った。

「ミニーは制圧完了の報告をお願いします。それと二人ともこちらに合流して下さい」

 瑠璃が「アイ・アイ・サー」と答えると、紫苑も「ラジャー」と答えた。

 駿は周囲を警戒しつつも、ホッとため息をついた。

 任務は完了したが、なんとか完了したというレベルだろう。おまけに戦果の半分以上は由宇のスコアのはずだった。

 駿は僅かに一発を敵の太ももに当てただけだし、瑠璃は随分と緊張していたようだ。紫苑は何故なのか戦闘中盤を沈黙で過ごした。

「まだまだだな」

 駿の口にした独り言は、同時に水島の口から出た言葉でもあった。

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