第2章 部隊編成
第1話 工作員
「入れ」
無垢材で出来たドアをノックする重厚な音に、袁陽明上校は鷹揚に答えた。
バインダーを手に入ってきた将校は、体重に沈み込む毛足の長いジュータンの上を音も無く歩いて袁上校の前に進む。
「計画中の破壊工作について報告します」
「連合共和国にやらせるヤツか」
第一列島線を確保し太平洋進出を目論む中国は、沖縄に侵攻してその地に琉球共和国という傀儡政権を置いた。西暦二千三十年の事だ。
その後、二千三十三年には第一列島線の安定確保を図るため九州地方に侵攻し、九州に熊襲共和国政府を置いた。
その二つの共和国は、今や熊襲琉球連合共和国として中国の太平洋戦略の隠れ蓑となっていた。
「はい。日本の世論工作のための定例テロ作戦です」
「下らん作戦だが一党による独裁の有効性を理解しないバカどもには有効な作戦だ」
袁上校は黒光りする皮製の肘掛け椅子から重そうな体を起すとバインダーを手に取った。一枚二枚とページをめくる。そして眉間にしわを寄せ直立不動の姿勢をとる将校を問いただした。
「侵入用に我が軍のヘリを使うのか」
「はい。ステルスヘリの直昇一一型機を使用する予定です。超低高度を低速侵入すれば、対ステルスレーダー網を突破して侵入が可能です」
袁上校はバインダーを机の上に放り出すと再び体重を椅子に沈めた。
「必要ない。用途廃止前のポンコツをくれてやれ。パイロットも奴らから出させろ」
「ですが、そうなると侵入前に捕捉される可能性があります」
「かまわん。失敗すれば次を送り込めばいい。作戦が行われている事自体に人心を不安にする効果がある。こちらが努力しなくても日本の報道機関が勝手に宣伝してくれる」
袁上校は唇の片側だけを持ち上げてニヤリと笑った。
「ですが低空侵入が出来るパイロットとなるとそれ相応の練度が必要です。旧自衛隊出身者を使う必要が出てきますが、奴らの多くは信用できません」
「家族を人質に取れ。失敗の結果、家族の命がないとなれば、あいつらでも真剣になるだろう」
「分かりました」
バインダーを拾い上げた将校は一瞬不快の色を顔に浮かべた。しかし、すぐさまそれを消して了解の意を伝えた。そして改めて別のバインダーを差し出した。
「上校が気にしておられたミズシマの動向です」
「ほう」
急に目を輝かせた袁上校はバインダー上に目を走らせた。
「動力スーツだと?」
そして途中からくつくつと笑い出すと、最後には声を上げて笑っていた。
「ヤツは左腕を失ったと聞いたが、左腕ではなく左脳の間違いではないのか。既に正常な判断ができないとはな」
「はい。我が軍でも研究を行いましたが、稼働時間の制限やコストパフォーマンスの問題などを理由として、後方での作業用では制式化しましたが、戦闘用としては実用にはならないと結論付けられております」
「そうだ。あんなもので一個分隊編成するつもりなら重装備の特殊部隊が一個大隊は出来上がるぞ。鉄鷹と呼ばれたヤツももうろくしたな」
袁上校は、左目に当てた眼帯を押さえながら声を上げて笑い続けた。
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