第5話 新メンバーと洛楽倶楽部

 人を待つ時間というのは、どんな状況でもなんとなく落ち着かないものである。


 4限が終わり、昼に上がり切った気温が下降を始める頃、トオルとススムは昨日と同じ空き教室いた。というのも、2人はDMにメッセージを送ってきた人物と、これからここで会う約束があるのだ。


 トオルとススムはソワソワと教室中を歩き回ったり、なんとなくストレッチをしたりしている。見るからに落ち着かない様子だ。これは、待望の新メンバー獲得のチャンスへの期待はもちろん、1番の理由はそのDM主が女性であったからだ。


 約束の時間が近くなり、2人は席に着く。


「ヤマさん、緊張しすぎでしょ」


「ト、トオル殿こそ、貧乏ゆすりが止まらないご様子で」


「お、俺はワクワクしてるだけで別に緊張はしてないさ」


「ふっ、つまりは女性が来ると知って興奮してるわけでございますか。スケベでございますね」


「コミュ障に何言われてもダメージないわ」


 ススムは意気消沈したかのように机に突っ伏した。


  そんなススムを横目に、トオルは、教室のドアの外に人の影を視認した。1人の女学生が、教室の中を覗いていたのだ。女学生はドアをゆっくりと開け、申し訳なさそうに教室へと入った。


「あのー、おふたりは京都を満喫しようの会の方々でしょうか……」


 女学生は問いかけ、トオルとススムを見たままドアを静かに閉めると、そのままバツが悪そうにドアの前に立った。髪型はミディアム。ダボっとした薄浅葱うすあさぎ色でチェックのワークシャツに、これまたダボっとした濃色のデニムを少しロールアップして履いている。ワークテイストというか、ストリートというか、端的に言えばかっこいい格好をしている。ただ、顔にはあどけない可愛らしさがあった。


「あ、はい!そうです!」


 トオルは起立し、女学生に応答する。


「あ、よかったぁ。これで違ったらすごい気まずかったです」


 女学生はほっとしたように胸に手を当て微笑む。ファッションに似合わず、物腰は柔らかそうだ。


「まあ、とりあえず座ってください。DMをしてくれた入部希望の方でいいんですよね?」


「あ、そうです!文学部2回の駿河するがアユミと言います」


「あ、タメなんだ!俺は甲斐トオル、で、こっちは山城ススム。どっちも法学部の2回なんだ。同回だしタメ口でいいかな?」


「うん!私もそうするね」


 ニコッと笑い、会釈しながらアユミはトオルの前の席に座る。守ってあげたくなる可愛らしい笑顔だ。香水の香りだろうか、石鹸のような良い香りがトオルの鼻をかすめた。ちなみにススムはというとアユミが教室に入ってきた瞬間から俯き、固まっている。


 トオルは照れ臭そうに頭を搔く。


「いやぁ、まさか入部希望者が、しかも女の子が来てくれるとは思ってなくてさ。俺もヤマさんも実はちょっと緊張してたんだ」


 へぇ、とアユミは意外そうな顔を見せた。


「そうなの?結構面白そうなサークルだなって思ったんだけど」


「そう思ってくれて嬉しいよ。でも、サークルなんて入らなくても京都観光なんてできるだろうに、なんでうちに入ろうと思ったの?」


 トオルは素朴な疑問をぶつけた。


 アユミは、それなんだけどね、と手をいじりながら話し始める。


「私、京都のお寺とかを一緒に回ってくれる人がいなくてさ……」


 一緒に回ってくれる人がいない、その一言に共通点を見出したトオルは、暗い山中でようやく人を見つけたかのような弾ける笑顔をアユミに向ける。


「駿河さんも友達がいないのか!」


 どう考えたって失礼な物言いだが、そんなことに気を回すことができないほど、トオルは仲間を見つけた喜びを抑えきれなかった。


 そんなトオルの様子を見て、アユミは不思議そうな表情を浮かべる。


「も?さすがに友達はいるよぉ」


 アユミは冗談はやめてよといった感じで笑っている。全くもって冗談のつもりはない、むしろ仲間として傷を舐め合いたかっただけのトオルは、ぎこちなく笑うしかなかった。


「は、はは、さすがにそうだよね。じゃ、じゃあ、尚更なんでうちのサークル?その友達誘えばいいのに」


 アユミは、うん、と机に置かれた手に目を向けたまま答える。


「私、京都が好きでわざわざ京都の大学に来たんだ。それで、大学でできた友達と京都を堪能するんだって入学当初は思ってたんだけど、関西の大学なだけあって、やっぱり関西出身の子が多くて。友達もいまさら京都はいいやって子ばっかりで」


 トオルは静かに頷きながらアユミの話を聞く。関西の大学の中では、関西以外の出身者も多いと言われているこの西園寺記念大学ですら大多数は関西人だ。


「別に1人で行けばいいんだけどね。でも、やっぱり誰かと行ってその雰囲気とか感動とかを分かち合いたいなって思ったんだ」


 アユミは、それにね、と顔を上げる。


「私、京都は好きだけどそこまで詳しいわけじゃないんだ。だから、こういうサークルに入れば詳しい人に教えてもらいながら観光できるかなって」


 照れ臭そうに笑うアユミを見て、トオルも優しく微笑む。


 すると、怯える子犬のように縮こまっていたススムが突然立ち上がり、アユミの肩を掴んだ。


「実に殊勝なことですぞアユミ殿!京都を観光した際の感動、是非とも共有しようではありませぬか!」


「え、ええ!?急にどうしたの!?」


 アユミはススムの豹変ぶりに大きく目を見開いて驚いていた。その状況を見たトオルは直ちにススムを引き剥がす。


「ちょいヤマさん!駿河さんが怯えるだろ!ごめんね駿河さん。この人、京都に興味を持ってる人を見ると変になるんだ」


「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」


 困惑しつつも、笑顔を見せているアユミを見て一安心したトオルは、まあでも、とススムに目を移す。


「駿河さんの期待には添えると思うよ。なんてったってヤマさんは大学一の京都ソムリエなんだから」


「ふふ、トオル殿、京都一の京都ソムリエでございますぞ」


 ススムは眼鏡の位置を直しながら、得意げに笑った。日本一と言わないあたり、ススムは意外にも謙虚な男なのだろうか。


「そんな資格があるの?へえ!すごいね!」


 アユミは大きな目を輝かせながらススムを見た。もしかしたら、彼女には少し天然が入っているのかもしれない。


 するとアユミは、じゃあ、と席を立ち、頭を下げる。


「これからよろしくお願いします。私に京都の面白いところ、いっぱい教えてください」


「もちろん!俺もヤマさんも大歓迎だよ」


「そうですとも!あたくしが京都の何たるかを叩き込んでさしあげまする!」


 ススムは自信ありげに胸を叩く。トオルはというと、態度にはあまり出さないが内心、心が躍っていた。これでメンバーは3人。ようやくサークルらしくなってきた。


「これでサークル名さえどうにかなれば完璧なんだけどな……」


 トオルが思わずそう口にすると、ススムが獲物を見つけたチーターの如く瞬時に反応する。


「まーだそんなこと言っているのですか?」


「あ、すまん、口に出てたか。いやでもさ、実際もっとキャッチーな方がいいと思うんだよね」


 トオルがそう言うと、アユミが遠慮がちに手を上げる。


「あのぉ、私もそう思う……今のサークル名はちょっとインパクトがないというか、若さがないというか。私、このサークル名見たとき、教授たちが集まって結成したサークルなのかなって一瞬思ったし……」


「お!駿河さんもそう思うか!でもね、ヤマさんが頑なに変えたくないんだってさ」


 トオルはそう言いながら、ススムに目を移すが、ススムは反論してこない。もしやと思ったトオルはさらに畳み掛ける。


「ヤマさん、駿河さんもこう言ってるけど、どう?サークル名変えてみない?」


「ま、まあ、アユミ殿がそう言うなら仕方がないでございますな……」


 いとも簡単にサークル名変更の許可が得られた。やはり、ススムは潜在的に女性に免疫がないらしい。女性の意見にはあまり反対できないのだろう。


「じゃあ、どうしようか。駿河さん何か案ある?」


「んー、今のサークル名を縮めて京満会とか?」


「そ、それなら別に京都を満喫しようの会で良いではありませぬか!」


「そ、そうだよね!ごめんね山城くん!」


 そうして3人は考え始めた。トオルは、そうだな、と腕を組み、目を瞑る。京都を楽しむサークル、その意味を反映させ、なおかつキャッチーな名前。京楽会?いや安易すぎる。これではヤマさんが納得しない。京満倶楽部?京楽倶楽部?違うな。京都……京……


「……洛楽倶楽部らくらくくらぶ、なんてどう?」


「「え?」」


 ススムとアユミは揃って、トオルの方を見る。


「あ、いや、洛中とか上洛とか、なんか京都のことを洛って言うじゃん?だから、それを使って京都を楽しむっていうニュアンスを出そうと思ったんだけど……」


「うん!すごい良いと思う!なんか『ラクラク』っていう語呂もポップだし!」


「ま、まあ、トオル殿にしては上出来ではないですか?」


「そ、そうかな!ありがとう!じゃあこれから俺たちは『洛楽倶楽部』ということで!」


 3人、おう、拳を上に掲げる。メンバーを1人増やした「京都を満喫しようの会」は名前を変え、「洛楽倶楽部」として再始動した。

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