第24話 ようこそ、ホテルへ

 思いも寄らぬことだったが、国王一行は昼も食べていくことになった。

 夜が更けた頃、少年王が暇だと言い出したので、吉田は本を貸した。現代の朧気な知識を元に記した本である。読書家だと言う少年王は、特に孫子の兵法や三国志演義が気に入ったらしく、できるだけ多くの本を読むためにギリギリまで滞在を伸ばすことになったのだ。


 腹が減ったと言う二人を、庭に案内する。

 そこには木炭が入った鉄の箱状のものがあり、上に網がのせられ、近くのテーブルに薄切りにした大量の野菜や肉が用意されていた。

 バーベキューである。


「外で食うのか? 軍隊飯と一緒では無いか」


 王は明らかに不満そうである。


「仰る通りですが、同じ食材、調理法でも料理人の腕によって変わるものです。料理長の焼き加減に、クヴァスのBBQソースは絶品ですよ」


 料理長は絞めた肉の傍で肉切り包丁を持ったまま立ってる。そこへ若い従業員たちがぞろぞろ現れた。


「我々もご一緒させていただきます」


 身内が食べるかわからない料理ならば毒を盛れない。王も安心して食べられるだろうと思っての配慮だった。


「不愉快なら下げさせますが」

「いや、良い。それにしても捻りのない調理だな」

「お連れの方がフードファイター、じゃなかった、健啖家であらせられるので、バイキングにしようか迷ったのですが、たくさん皿を並べなくてはいけないので」

「余を気遣ったと言いたいのか?」


 少年王は目を瞬いた。自己弁護をしてしまったと吉田は苦笑いする。


「すいません、差し出がましかったですね」


 でも皿を下げろと言った王は様子が変だったのだ。少年王はしばし沈黙した。いち早く網の方へ移動していたポールが振り返る。


「マティアスさまー! 肉が焼けたみたいでさぁ!」

「今行く!」


 返事をして、少年王は吉田に向き直った。


「本当にただの宿泊施設なのだな。客を喜ばせようとする執念は感じるが。

実はヨシュア殿が六千ドゥカード集められるとは思わなかった。それ程の資産規模ではないはずだった」


 最初から少年王は無理難題をふっかけて兄の仇をとるつもりだったのだろう。


「だから、金を集める、何か良からぬカラクリがあるのだと思っていた」

「うちのヨシュアに犯罪を行うまでの度胸はございません。

もしかしてここに来たのは、様子を探りに来られたのですか?」

「そこまで暇ではない。実は婚約者に会いに行くついでだ」

「婚約者?!」


 吉田はびっくりした。少年王はまだ十代のはずである。しかし未亡人もこれくらいの年にはヨシュアを産んでいる。異世界は早婚なのかもしれないと思い直す。


「失礼ですがお相手はおいくつですか?」

「先日九歳になった」

「九歳?! まさかロリコン」

「聞きなれぬ言葉だが罵倒の類か? 生憎余の好みは包容力のある年上の女性だが」

「じゃ、なんでそんな女の子と」

「貴人の婚約が本人の自由になると思ってるのか?」


 胸をつかれた。その言葉を発したのは、現代で言えばまだ中学生の男の子なのだ。


「相手は隣国の王の娘だ。

彼には虜囚だった時に世話になった。

前王が兄を殺した直後、母や叔父が前王に反旗を翻した。余は人質として生かされたまま前王の逃げる先々へ連れられ、最終的に隣国に辿りついた。

隣国では本ばかり読んでていた覚えがある。囚われの身とは言え、暇だったものでな。明日死ぬかわからぬなら、少しでも多くのことを知りたいと思った」


 ポールが骨付きの肉にかぶりつく。生焼けだと料理長が止めている。クヴァスがソースを薦めている。従業員たちからどっと笑いがおこる。


「あの惰弱な王が病死し数日経った頃だ。余は隣国王の晩餐に招かれた。たくさんの皿にたくさんの御馳走が並んだ。しかし喉を通らなかった。毒が入っていると思った。ついに殺されるのだと。

食後に隣国の王は余が国王に選出されたことを告げた。今から思えば囚人として扱ったことを帳消しにするため、歓待する心づもりだったやもしれぬな」


 並んだ皿が苦手なのは、その時の恐怖が蘇るからなのかもしれなかった。


「隣国へは叔父が迎えに来てくれた。王は余を解放する条件として、自分の娘と結婚するように告げた。

この時、叔父には大貴族たちと約定が合った。余を王に認める代わりに大貴族の罪を許し、ガライ家の娘を娶るようにと。一度結婚してしまえば妻を変えることなどできぬ。隣国の王の申し出は、そやつらの約束を反故にするのに都合が良かった。

でも今から思えば、それも悪くなかったかもしれぬな」

「え?」


 少年王は吉田をじっと見つめた。その顔は思いがけず近くに合った。


「結婚するはずだった血縁の娘とはそなたのことであろう? 面差しがヨシュア殿によく似ている」

「あ、いえ。私はガライ家と全く関係ありません


 否定した後で考える。自惚れでなければ今、妻にしても良いと言われたのだろうか?


「なんだ。そなたといれば気安く過ごせそうだと思ったのだが。毎日このように気遣われるなら、居心地も良いだろう」

「ホテルと言う空間は、忙しない日常から離れ、気分転換をしたり、英気を養うための施設でもあります。

あなたにとってそうならば、これ以上の幸いはありません」


 配偶者云々は置いておいて、吉田はこの少年のことを不憫に思った。

 育ち盛りだと言うのに食事を警戒し、将来の伴侶を決める自由も無く、小さな肩にこの国の命運を乗せている。


「まさか余を憐れんでいるのか?」


 敏い王は視線に込められた感情にすぐに気づいたようだ。


「余は羨まれても憐れまれる立場ではない。本来は王になれる身分ではなかった幸運な人間だ。一地方貴族の次男、しかも父は外国出身の貴族だからな」

「そんなあなたが、どうして王に選ばれたんですか?」

「当時は由緒はあるが外国出身の王が続き、国は望まぬ戦乱に巻き込まれていた。ガライ家をはじめとした大貴族の専横もあった。この国出身の中小貴族たちは疲弊していたのだ。父はそうした貴族たちに寄り添い、力になった。また、異民族を打ち破ったことから教皇らにも名が知られていた。

新たな王を選ぶとき、皆が口々に余の名を挙げた。王になる道は亡き父が作ってくれたのだ」


 彼の口調には誇りとほんの少しの寂しさがあった。


「余は皆に選ばれた王だ。だから皆の為に動かねばならぬ。このホテルとやらは利益を生む。国益になると言うのなら静観してやる。せいぜい励め」

「陛下は、偉いですね」


 吉田は家族と離れたくなかった。今だってこの世界に吉田を転移させた神とやらを、恨みに思う気持ちがないではない。

 吉田より幼い子どもが、親を亡くして悲しくないわけがなかった。兄を殺されて憎まないわけがなかった。でもそんな感情を全て呑み込み、私情を捨て、国の為に尽くそうとしている。


「余は良き王となるぞ。死んだ父や兄が誇りに思ってくれるような」

「なれますよ、あなたなら」


 心からの言葉に、少年王は年相応の顔で、照れくさそうに笑った。




「いってらっしゃいませ」


 見送る際、吉田は深く頭を下げていた。神とやらが、願いを叶えてくれるか知らない。それでも、この幼くも高潔な王に幸多かれと、随分長いこと祈っていた。


「ヨシダ!」


 ヨシュアが名を呼びながら駆けてきた。帰ってきたようだ。運良く鉢合せしなかったようだが、何故か苛立っている。


「従業員たちに聞いた! さっきまで居た客、随分特別扱いしていたんだって?」

「ああ。聞いてください、実は」

「しかも相手と結婚の約束があったとか」

「それ勘違い……」

「個人的感情で動くとは見損なったぞ!」

「聞けよ」


 思わず素の口調で突っ込む吉田だったが、ヨシュアの暴走は止まらない。


「家人として借金を返し終えるまで、お前は尽力する義務があるんだからな! 男に現を抜かすのは許さんぞ! 元婚約者でも好みの異性でもだ!」

「だから違いますって」

「ではどんな男がタイプなのだ?」


 話の流れが変じゃないか、と思いつつ、「年上の包容力があるタイプ」と答えた。奇しくも少年王と同じタイプだった。


「年下はダメなのか?」

「あー、年下は……」

「なんだ、はっきり言え」


 ヨシュアの目が座っている。吉田は仕方なく本音をぶちまけた。


「初対面で処刑をチラつかせる男とか、処刑の身代わりにさせようとする男とか、ナイです」


 ヨシュアは、「そうか……」と肩を落とし、去って行った。そのしょぼくれた背を見ながら、何だったんだ、と混乱する。

 しかしいつまでも後ろ髪を引いていられない。客商売だ。さっさと気持ちを切り替えるに限る。


 ドアマンが玄関の扉を開ける音がする。吉田はとびっきりの笑顔で出迎えた。


「ようこそ、ホテルへ」

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異世界崖っぷちホテル 蝸牛 @kagyunovel

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