第22話 思いがけぬ大物
季節はもうじき冬になる。
吉田はカウンターでヨシュアが作成した会計報告を眺めていた。客は減ってきているものの、今のところ利益百ドゥカードの目標は達成できている。
あの後、サルバシュは月に一度くらい泊まりに来るようになった。宿泊代は払わないので、地味に経費を圧迫している。しかし借金の利息と思えば安いものだろう。
ドアマンが玄関の扉を開け、親子とも思える、大柄な男と小柄な男が入って来た。
「ようこそ!」
吉田は台帳をしまい込み、いつも通り挨拶をする。その姿が近づき、その顔を視認し、思わず声を上げかける。
「こくお……」
慌てて口を押える。
処刑宣告しかけた少年王と鉄剣を安々と曲げた大柄な近衛兵がそこに居た。
「余が誰かわかっているようだな。はて? そなたと会ったことあったか?」
吉田は口を押えたまま首を振る。前にヨシュアとして面会しているが、それを知られるわけにはいかない。
「生憎オーナー……当家のヨシュアは外出しております」
話しかける声は緊張のあまり震えている。彼はホテルの宣伝の為、遠く離れた市に行ってる。
少年王「知っている」と頷く。
「だから来た」
「本日はどう言った御用で?」
少年王は懐から何かを取り出した。それは以前謁見した時に渡したパンフレットだった。
「勿論泊まりに来た。ここは宿泊する施設なのであろう?」
宿泊名簿には“ポールとその連れのマティアス”と記入した。ポールは彼の護衛の大柄な兵の名らしかった。つまり、今の彼は国王の立場でなくお忍びだと言うことだ。
「こ、こちらでございます」
スイートルームに案内すると「窓から丸見えだ。別の部屋はないのか」と言われ、次の部屋でも「部屋数が多すぎる。死角ができるではないか」と文句をつけられた。どうやら警備面を心配しているらしかった。
五部屋目でようやく「ここなら」と許しが出たので、吉田は胸を撫でおろす。
「ところで、これは何だ?」
王は便器の近くに設置されたタンクのレバーを指差す。吉田は金属製のレバーを引く。
「おお」
便器にタンクに貯めてあった水が流れる。簡易的な水洗便所だ。
面白がった王が何度もレバーを引く。
「すいません、あまり使われますとお客様がお使いになる時に水がなくなります」
排水する方の下水道管はできたのだが、補充する水、つまり上水道の方は完成してないのだった。水の衛生状態を保てないので逆に良いかもしれないが、タンクには人力で水を補充する必要があった。
「ふ、ふん。宿泊を売り物にするだけあってさすがに工夫してるようだな」
興味津々だったことを取り繕うように尊大な態度をとる。
「ところでこの部屋には浴槽がないな」
「お望みならお運びしますが」
個別の浴槽はスイートルームにしかない。部屋のグレードもあるので、滅多にそうしたサービスはしないのだが、相手が王ではルールも曲げる他ない。
「ポール、運んで来い」
「はっ」
「待ってください。一人では重……」
大柄な兵はスイートルームに設置してある、三人がかりでようやく動く浴槽を一人で軽々と担いで来た。
「はっはっは。驚いたか。こいつは水車小屋で拾ったのだ。余が狩の最中に休憩をとってたら、ポールが大きな岩を盆の代わりにして水を差し出してくれたのだ。とっても力持ちなんだぞ」
部下を自慢する少年王は鼻高々だ。そうしていると普通の、子どもらしく見えた。
しかし相手は権力者で屈強な兵を連れている。機嫌を損ねないようにしなければ、と吉田は気を引き締めた。
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