第9話 異世界料理は解体業

 翌朝、三人の男がどこか不安げにガライ邸を訪れた。出迎えた吉田に、昨夜のトラウマ冷めやらない三人の男は微妙な顔をした。吉田が構わずそれぞれの得意分野を聞いたところ、カッツは大工、マルコの兄貴は金属加工業勤務、ハンスの旦那は硝子職人だった。これは思わぬ拾い物をしたと、吉田は早速ホテルに必要な備品や工事を相談することにした。


 カッツに建物を防犯上、どう言う構造にしたら良いか相談し、ハンスの旦那には吹きガラスでランプ的なものを作成してもらうことになった。

 水道がどうなるかはわからないが、取り敢えずマルコの兄貴に試作品を作ってもらうことになった。それまではマンパワーでも良いだろう。何しろ、タダ働きしてくれる人間が三人もいるのだ。


 施設の目途がある程度ついたところで、吉田には次に取り組むべき課題があった。


 料理である。


 ホテルの中で料理は、重要なウエートを占める。料理が美味しいかが、旅の満足度を左右するのだ。


 そう言うわけで、吉田は台所に向かっていた。


 未亡人は料理長のことを、「とても腕が良いのよ」と評していた。正直言って吉田はそこまで美味しいとは思わなかった。パンは固いし、煮たり焼いたりするだけでせいぜい塩が振ってある程度。料理と呼べる代物ではない。


 文句をつける前に、調理の現状を知っておこうと吉田は思い立ったのだ。

 階段を降りると、料理長が迎えに来てくれた。年齢は三十後半だろうか。大柄で筋肉質、料理人と言うより軍人のようだ。


「よお。話には聞いてたが、本当に坊ちゃんそっくりだな」


 シェフは白く清潔な衣服を身にまとうイメージだが、衣服は黄ばんでるし、赤黒い染みがある。彼の案内で調理場の入り口をくぐる。


「あんたが居ると変な感じだ。坊ちゃんはこの辺に寄りつかねぇからな」

「何でですか?」

「気分が悪くなるんだと」


 不思議だった。調理を見て気分が悪くなるだろうか?


 調理場は思っていたより遥かに広い。宴会時には百人以上の食事を作るのだと言う。

 ジャガイモや玉ねぎ等の野菜が籠に入れて床にあり、天井には乾燥させたハーブや、燻製にした肉の塊がぶら下がっている。何人もが行き来し、部屋には調理の為の大きなテーブルが、壁際には大きなパン焼き窯があった。


 入り口の壁には調理道具がかけてあった。様々な大きさの鍋、包丁の他にのこぎりのようなものがあり、大工道具のようだった。


「で、これが今調理している……」


 吉田は思わず後ずさった。そこには豚が吊るしてあった。手足を縛り、逆さづりにしてある。腹は捌かれ、すぐ下に金属製のたらいには溜まった血とともに内臓が取り出してある。

 

「調理が見たいなら、このまま続けるぞ」


 料理長はのこぎりで首を斬り始めた。吉田は声にならない悲鳴を上げる。


 なるほど、未亡人が腕が良いと言っただけあり、大層手際が良い。あっという間に肉を斬り、骨を斬り……料理長は玉の汗を滲ませ、やっとのことで豚の首を斬り落とす。床に落ちた豚の首、その虚ろな眼と目が合い、吉田の意識が遠のいた。


                *


「なっさけねぇな!」


 意識を取り戻した吉田は、気絶したことを料理長に散々笑われた。


 学生時代、食肉加工場の映像を見る際、家庭科の教諭が、「気分が悪くなるかもしれないから見たくない子は教室を出て行っていいよ」と言ったが、そう言う気遣いが欲しかった。

 吉田はクラスの女子たちのようにキャーキャー騒ぐことはなかったが、暫くは食肉を食べる際、食べ難いな、と思う程度の感性の持ち主だ。勿論、スーパーに並ぶ食肉は、草原で牧草を食んだり、狭い部屋で穀物で肥え太らされた鶏や牛の鳴れの果てである。それを肝に銘じ、命を大切にいただかなくてはいけないが、吉田に直視する勇気はなかった。


「いつもああして肉を斬ってるんですか?」


 吉田は気を取り直す。


「ああ。ほぼ毎日だ。肉はすぐに悪くなるからな」

「冷凍庫に入れないんですか? えっと、肉を凍らせたり冷やしたりする倉庫で……」


 料理長はキョトンとしている。


「氷なんてどこにあんだ。冬でもねぇのに」

「じゃ、どうやって保存を」

「燻製にしたり、塩漬けにしたりする。でも秋にやることが多いな。冬は家畜にやる餌がなくなるから、秋の終わりに処分して冬を越す準備するんだ」

 

 料理長は疲れた、と汗をぬぐい、椅子に深くかけた。

 朝から豚を解体していたらしい。毎日この調子なら、ソースを煮たり、繊細に盛り付ける気力はなくなるだろう。

 それに、肉がこの扱いなら、葉物野菜やその他の食物はどうなるだろう。残り物を保存しておけないなら、食品のロスが半端ない。


 調理以前の問題だった。

 どうやって食物をストックしておくのか。新たな課題に、吉田は頭を抱えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る