第2話 起死回生の弁論
少年の語る家族の仇、ガライ卿とその息子は糞みたいな男だ。しかも異世界から来て右も左もわからない吉田を身代わりに立てるあたり、糞なのは疑いようがない。家族の仇に馬鹿にされたと感じている少年の気持ちを思えば、理性的に会話してくれているだけでも有難いのではないだろうか。
「はっ。俗な言葉だが言い得て妙だ。正に余の心を表している。貴殿には、可及的速やかに取り合えず死んでほしい。
貴殿の父君には下級貴族の子と散々馬鹿にされたが、ヨシュア殿もそんな言葉づかいをするのだな」
ははは、と口から軽快な音が零れるのに、目が全く笑っていない。
気持ちはわかる。止めを刺してしまったのは吉田の発言である。しかし、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。剣を構えた衛兵たちが一歩詰める。ここで死ぬのは糞な男ではなく、無関係の吉田なのだ。
身代わりにされたのだと弁明しようか。だが、記憶喪失発言の後に別人発言では説得力皆無だ。例え信じたとして、ガライ家を滅ぼすついでに王を謀った罪で吉田も処刑だ。
吉田は決意した。ここは最終手段しかない。
「たいっへん、もうしわけございませんでした!」
土下座である。
この、床の上に座って額を地につける動作はインドから伝わった五体投地と言う仏教徒が行う最高敬礼の姿勢が元になっている。日本では庶民が貴人と面会する際に使用する、極度な尊崇や恭儉の意を示していた。
ホテルマンだった吉田はクレーマー……失礼、少々面倒臭い客にこの土下座を強要されたことがある。因みに、謝罪の意味が加わったのは戦後になってからなので、意外に浅い歴史である。
「何だその姿勢は」
しかし、ジャパニーズ ドゲザ スタイルは異世界に存在しないらしく、王は目を丸くしている。
「謝罪の意を示めそうと思いまして」
「珍妙な姿勢だが首を斬りやすそうだな」
武家社会において土下座は「そのまま斬首されても異存はない」という意味があったらしいので、彼は慧眼と言えるかもしれない。あまり気づいて欲しくなかった事実ではあるが。
「陛下がお怒りなのはごもっともなことです。せめて陛下の御心を慰められるならば何なりと申しつけてください」
「今更命乞いか」
処刑を選択肢から外そうとする吉田の意図に、敏い少年王は容易く気づく。
「そうです。必ずお役に立ちます。
処刑すればそれで終わりです。私は王に忠誠を誓います。生かしておく方が良かったと王に思っていただけるよう鋭意努力します。
どうか公正な御判断をお願いします。
ガライ卿……父は大罪人なのでしょう。しかし死にました。私はそのショックで、王の仰る通り招きに遅参致しました。それは、命で贖う程の大罪なのでしょうか?」
「王である余が、キサマを私情で罰しようとしていると指摘したいのだな?
わかった。そこまで言うなら猶予をやろう。不正な裁判を行うキサマらと違って余はッ! 公明正大な王だからな」
激情のあまり、少年は腰に差した剣を鞘ごと抜き、ふんっと力を込めた。しかし鉄の剣はビクともせず、もう一度ふんっと力を込める。
後ろに立っていた大柄の護衛が見かねて、すっと剣を取り上げ、軽々と刃を折り曲げ、王の手に戻した。
皆、無言である。
――え? ここ、笑うところ?
漫才師でもお笑い芸人でもない吉田は、命を懸けて突っ込むこともなく、腹筋を震わせて乗り切った。
少年王は曲がった剣を握ったまま、何事も無かったかのように話を続ける。
「近々戦争の予定があるのだが、尖兵として戦ってくれ」
「え。無理です」
吉田は即答した。憲法九条『平和主義』を掲げる頭がお花畑の国の出身、武器なんて持ったことないし、兵役も受けたことない。そんな国のまともな感性の人間なら、人殺しなんてしたくない。
しかし吉田の発言に、空気が死んだ。神も死んだと吉田は思った。
「そなたに拒否権があるとでも?」
少年王の眦はこれ以上ないくらい吊り上がり、怒髪、天を衝いている。今風の言葉で、激おこと言うやつだ。
「私は陛下の父君と違って臆病者です。敵が迫ったら真っ先に逃げるかもしれません。そんな将に軍を指揮させてはダメです。将が逃げたら軍が浮足立ち、総崩れになってしまう。勝てる戦で負けてしまい、犠牲も多数出ます。
ですから他のことで。戦争以外なら何でもしますから!」
吉田は必至で捲し立てる。父をヨイショされたこともあり、王はそれもそうか、と思い直したようだ。
「では、貴殿は何をしてくれるというのだ?」
吉田は頭をフル回転させた。少年が求めていること。彼は王だ。生半可な地位や名誉など要らない。少年は戦争をしたいと言っていた。ならば。
「お金を。戦争するにはお金が必要なはずです。兵の武器、兵に払う給与。お金は幾らあっても困らないはず。私財を投じ、戦費を調達します」
「かつて、王の財を奪ったと兄を糾弾した貴殿らが戦費の調達か」
一々、仇へのヘイトが端々に現れる王の発言に、吉田は身を縮ませ、目を瞑ってひたすら祈った。
「では6000ドゥカート用意してもらおうか」
王が告げた金額はかつて帝国が隣国に求めた貢納金と同額の非常に大金であったが、この世界の貨幣に疎い吉田には知る由もない。ただ安堵のあまり膝から崩れ落ちたのだった。
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