異世界崖っぷちホテル

蝸牛

第1話 処刑まで秒読み

「それで?」


 目の前の、王と称されたのはまだ少年というべき年齢だ。背は低く、毛皮でできたマントを羽織り、蒼い上着の袖は膨らんで金糸で装飾され、下はタイツのような長い靴下に、長い金属製のとがった靴を履いている。

 博物館で見るような服装だが、品が良い。首やベルトが金や宝石で飾られており、高貴な地位についているという事実が説得力を持つ。


「どの面下げて来られたのかな?」


 吉田だってこんな所、来たくて来たわけではない。


 吉田は日本人である。社会人だったが、勤めていたホテルがコロナ禍で廃業になった。黄昏の中、途方にくれて歩いていたところ、見たことのない通りに出た。交差点の先に鳥居があったのだ。道を間違えたのだろうかと思いながら吉田はその鳥居をくぐった。

 古くから、夕方は逢魔が時と言われ、浮世と他界とを繋ぐ境目が曖昧になると言われている。


 気づけば吉田は異世界に来ていた。異世界としか言う他ない。コンクリートの建造物はなく、行き交う人は見慣れない人ばかり。

 異世界で一晩過ごし、途方にくれた。スマホはもちろん圏外。言葉もほとんど通じず、通貨も違う。街の路地に背を預け、飢え死ぬばかりだったところ、馬車で通りがかった貴族の青年に拾われた。

 彼に衣食住の面倒を見てもらい、言葉やこの世界の常識を教えてもらい、感謝していた。だから、ドイツ人どのハーフである吉田にそっくりのその青年に、「お腹が痛くて起きられない。代わりに王に面会に行ってくれないか」と言われた時、世話になったしそれくらいは、と思い引き受けたのだ。


 王とやらが現代日本で言うところの中学生くらいの少年だったのに多少面食らったものの、「ようこそ」「お招きいただきありがとうございます」と表面上は和やかに挨拶を交わし終えたと思っていたら、冒頭の発言である。


 どうやら王とやらはご機嫌斜めの御様子で、皮肉気な冷笑を浮かべている。


「えっと、自分、何か仕出かしたんですか?」


 吉田は思い切って尋ねた。王と名乗る少年が怒っているのはわかる。しかし、何故なのか。理由がわからなければ謝罪も言い訳もできない。


 ふと、嫌な予感がした。貴族令息は、吉田に初めて会った時、「助かった」とか抜かしていた。まさかとは思うが、最初から自分を身代わりにするために自分を拾ったのでは?


「自分が何を仕出かしたか、ご存じないと?」


 文節ごとに台詞を区切る少年の額には青筋が浮かんでいる。どうでもいいがカボチャパンツである。

 多忙な前世の職務の合間にネット小説を嗜んでいた吉田は、こうした異世界転生ものでの定石を思い出した。


「実は私、最近頭を打って記憶喪失になってしまいまして。過去のことが全く思い出せないんです」

「そうなのか」


 少年王は素直に目を丸くした。よっしゃ、これで言い逃れ

「余がそんな与太話を信じると思われているとはな。よもや、ここまで馬鹿にされるとは思わなかった」

できる、わけない。


 吉田だって目の前の人間が「記憶喪失だ」とか抜かしたら、「お前、頭大丈夫か?」「中二病なのか?」と相手の正気を疑っただろう。それを推定中二の少年に問いただされた精神的ダメージと言ったら計り知れない。


「大変申し訳ありません。でも本当にわからなくて。何が問題だったのか教えていただけないでしょうか?」


 吉田は頭を深く下げて懇願する。知ったかぶりで話を進めても良かったのだが、どうせボロが出る。事情を知る他ないのだ。


「そうか。では貴殿のために説明しよう。

余には自慢の父と勇敢な兄がいてな。貴殿の父、ガライ卿はその政敵だったのだ」


 少年王の父は、まさに英雄である。

 帝国の大群が迫る中、当時の王やガライ卿をはじめとする重臣やらはさっさと逃げ出した。英雄は国にとどまり、敵軍を退けたが、間もなく疫病で命を落とした。


 英雄の権力や財産、そして名誉を継いだのは、少年の年の離れた兄であった。国を守らず面目丸つぶれの王やその取り巻きらは、歴戦の英雄ではなくその息子ならば付け入るスキがあるだろうと考えた。


 早速、父が戦争の際に国庫から借り出して未払いのままになっているという借金の返済を息子に迫った。

 そもそもお前らがさっさと逃げたせいだろうがっ!と内心怒りながらも、兄は「もしこの王城が敵の手に落ちれば、財など無かった。我々は財と血の犠牲によりこの国を守ったのだ」と立派な弁明を行い、窮地を切り抜けた。

 政敵が英雄となり、その息子もまた油断ならぬ男とわかり、面白くなかったガライ卿は王に「奴は貴方の命を狙っています」讒言した。真に受けた王は彼の兄に財務長官および王国軍総司令官の地位を与えると約束し、王城に招いた。


「兄は捕らえられ、形ばかりの裁判を受け、四十八時間もしない内に処刑された。

余も捕らわれの身となり、二年近くも人質として王の行く先々に連れまわされた」


 しかし、状況が変わった。逃げ足の早い王が死に、家族を殺された少年が新たな王に選出されたのだ。


「余は王に即位する際、貴殿らの罪を問わぬと約束した。しかしガライ卿は謀反を企み、戦いに負け、最終的に病で亡くなった。後を継いだ貴殿も余の召還をのらりくらりと言い訳を並べて拒否した挙句、ようやく呼び出しに応じたかと思えば記憶喪失だとか抜かしだした」


 少年王はにっこりと笑った。


「さて、そなたならどう思う?」

「……取り敢えず死んどけ、でしょか」


 自分に死刑宣告してしまった吉田は、しまったと思ったがどうしよもない。

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