其のゲーム、始めるべからず。

えりまし圭多

第1話 其のゲーム、始めるべからず

 スマホのSNSのアプリを開き流れていく文字と画像を流れる。


 ――これから参加します。よろしくお願いします #電鬼メトロシティ

 ――よろしくお願いします #電鬼メトロシティ

 ――運営:定時報告の時間です。これより三分以内に、自分の体の一部を入れて、現在地の写真を各自アップお願いします。撮影時のタイムスタンプもお忘れなく。 #電鬼メトロシティ



 電鬼メトロシティ――正式名称"電脳鬼ごっこinメトロシティ"、SNSの呼びかけから始まった、誰でも参加できる遊び。

 SNSを利用でき、現地に来ることのできる者なら、#電鬼メトロシティのタグを付けるだけで誰でも参加できる。

 そしてゲームはあらかじめ指定された区域内で行われる。

 その場所は、ゲーム参加者以外の人々も多く行き交う大都市の駅周辺で行われることが多い。


 遊びの内容は鬼ごっこ。


 参加者は名前に身体的特徴や服装などの自分の特徴を書き、決められた時間に現在地の写真に自分の体の一部を打つし投稿することになっている。この時、時間がわかるものを画面内に入れるのもルールだ。

 これを繰り返すより、参加者を特定するゲームだ。


 特定した場合は、顔は写っていなくても対象が誰かわかるように写真を撮り、本人にSNSのリプライ機能で写真を提示し、本人に間違いなければ特定された人はゲームオーバーである。

 "電鬼メトロシティ"のタグを付ければ誰でも参加でき、開催時間後から終了時間までの間ならいつでも参加することができ、好きな時に抜けることができる。

 抜けたくなった時は、定時報告の写真を上げずそっと抜ければいい。


 もちろん参加したからとして、必ず他の参加者を探し出さなければいけないというわけでもない、ただタグを付けて自分のいる場所の写真を上げるだけでもいいのだ。

 そして、SNSの個人メッセージを使って、こっそり他の参加者と情報交換をして協力するのも自由。ただし、この場合裏切られるリスクもあるので自己責任である。


 こういったルールの下に行われるSNS機能を利用した、不特定多数参加可能で尚且つ参加者不明のバトルロワイヤル形式の鬼ごっこである。


 プライバシーの関係もあり専用の垢を作って参加している者がほとんどで、公開で写真を上げられる可能性が高いため素顔がわかりにくい恰好の者ばかりだ。


 最初に始めたのは暇な大人なのだろう。

 大人の力で鬼ごっこをしてみたくない?

 そんなノリで始まったこの遊び、何度か開催されるうちに専用タグが広まり、回を追う毎に規模が大きくなっている。


 ルールの中には特定しても声かけ禁止というルールがあるが、それを守るかは当事者次第である。

 知らない誰かに特定される怖さはあるが、変装して捨て垢での参加。

 ちょっとしたスリルや、時々タイムラインに流れて来るタグへの興味、参加する人数が多ければ特定はされないだろうという慢心もあるかもしれない。

 様々が理由はあるだろうが、タグを付けるだけで誰でも参加でき、やめたくなったら好きなタイミングで抜けることができるため、気軽な気持ちで参加する者は少しずつ増えている。

 人の多い場所でやるゲームだなんて、参加者以外に迷惑をかけないとも言い切れず、非常識とも思われる遊びだが、今のところそんなトラブルは起こっていない。

 何かトラブルがあればネットでめちゃくちゃ叩かれそうだな。いや、今でも快く思っていない人だったいるだろうが、どうせ匿名の遊びだしと深く気にしないのが参加者達の多くだ。


 そして参加者以外には、ゲームに参加しないでそのタグを眺めているだけの者だっている。

 そう、俺のように。



 本日の開催場所であるとある都市の駅の地下改札口近くで、スマホを弄りながら"#電鬼メトロシティ"のタグを表示して、定時報告の時間になり参加者の投稿でいっきに流れていくログを目で追い続ける。


 ――黒ゆうや@長靴を履いた犬:なう! #電鬼メトロシティ


 流れてきた書き込みで視線の動きが止まる。

 タグ付きの投稿に添付された写真――特徴のある建物を背景に、黒い服の袖。そして、その袖口から見える、現在の時刻を指している腕時計。


 ――フミマウス@牧場:俺を見つけられるかな? #電鬼メトロシティ


 さらにもう一つ別の投稿が目に留まる。

 写真に写っているのは、上から撮影したケミカルウオッシュのスリムジーンズを身に着けた太もも、その奥には履いているエンジニアブーツがチラリと見える。

 背景は地面だが、その端っこには地下道にある階段の番号が移っている。

 そして画面内には、写真用のアプリで入れたタイムスタンプが定時報告開始の時間を示している。


 おいおい、これはきわどいな。見る人が見たら簡単に特定できるぞ?

 俺の目に留まった二つの投稿――黒ゆうやとフミマウス、これは俺を今日ここに連れてきた友人だ。


 同じ地方出身で小学生の頃から付き合い。

 中学高校と一緒で、その後は大学に進学し都会で一人暮らしを始めたが、彼らも偶然同じ都市の大学に進学し住んでいる場所も近く、交友関係は今でも続いた。


 その友人二人がすっかりこの電鬼メトロシティにハマってしまい、彼らが参加する時は毎回開催場所に連れて来られる。

 しかし、俺自身はこうしてぼんやりとログを眺めながら近くをウロウロしているだけで、ゲームには参加していない。

 ゲームには参加していないが、頻繁に連れて来られるのですっかりルールを覚えてしまったし、なんとなくゲームのコツもわかってきた。


 参加者は決められた時間に、現在地と時間がわかるもの、そして自身の一部を入れた写真を撮影しタグを付けて上げる。

 しかし、これは定時報告の時間内に撮影してアップできるなら、撮影した時間と投稿時間をずらしても許される。

 定時報告の時間は指定された時間の前後三分間の猶予がある。

 つまり最大で六分、時間を誤魔化すこともできるのだ。

 そして、ズルではあるが時間を証明するもの時間をずらすことにより、嘘の時間を報告することもできる。

 本当はルール違反なのだが、ルールを守るかどうかは参加者のモラル任せなので、その辺も考慮しながら特定をしていくのだ。

 そのズルをする人がいるのもまた面白さの一つになっているのが、このゲームに常連がいる理由だ。


 参加者の善意とモラルを試すようなルール、ゲームを知らない人の方が多い混み合った場所で行われるゲーム。

 常識のある人なら眉を顰めるだろう。

 だがそういうゲームに参加する背徳感のある状況。


 少し悪いことが楽しい世代の悪乗りの遊び――それがこの電脳鬼ごっこinメトロシティだ。



 今日も友人達が楽しそうに遊んでいるのをスマホごしに眺めながら、俺は駅の近くのネカフェへと向かった。

 友人達には毎度参加するように言われるのだが、人の多い駅の地下道やその周辺の繁華街を何時間も動き回るなんて面倒くさい。

 俺は彼らほど陽キャではないので、参加するよりこうして流れてくる投稿を眺めながら、なんとなく誰がどこいてどこに向かいそうかを考察するだけ方が楽しいのだ。

 もちろん、なんとなく参加者の場所と行き先を特定しても、友人に教えたりはしない。

 せっかく楽しんでいるのだから、自分達の力で生き延びてくれ。


 鬼ごっこのフィールドとして使われるのは、駅の地下道とその周辺の屋外。

 これはネット上の地図で範囲を指定されている。

 ルール上は地下道以外の建物の中は禁止。指定されたエリアの外もダメ。

 だがあくまで参加者の善意に任せたルールなので、破る奴もいる。

 定時報告でルールに乗っ取った場所の写真を上げれば問題ないのだ。


 スマホを弄りながら駅近のネカフェを目指していると、流れる定時報告の中、飛び込んで来た一つの画像に手が止まった。


 ――禊萩@ラピスラビット:初参加ですお手柔らかにお願いします #電鬼メトロシティ


 その画像、そして投稿者の名前とその横のウサギのアイコンが、まるで尖ったものに服を引っかけて糸が解れていくように俺の心にささり、記憶の糸を引っ張った。


 少しダボッとした袖口に二本の白いラインが入ったベビーピンク色をした上着。

 その袖口の中からチラリと見える、子供用の玩具のようなピンクのブレスレット。指にも子供の玩具のようなピンクの色ガラスの入った指輪。

 カメラアプリで入れられたと思われるタイムスタンプが、今より一分前になっている。

 チラリと写る背景は俺がいる場所から近い地下道の入り口。


 ただ手首から先だけが写っているだけの写真なのに、長いウサギの耳の付いた特徴的なフードの上着を着ているボーイッシュな女の子を連想した。


「瑠璃?」


 思わず声に出してしまったのは、子供の隣に住んでいた同い年の子の名前。

 都会の学校から転校して来た女の子。

 彼女が暮らしていたのは祖父母の家で、そこに彼女の両親は住んでおらず、俺が彼女の両親を見たのは彼女が引っ越して来た時と、彼女を見送った時だけだ。

 盆の頃になるとその家の前にあった田んぼの縁に沿うように、たくさん咲いていた紫色の小さな花をやたら鮮明に覚えている。


 連鎖するように湧き上がってくる当時の記憶。

 都会の学校から転校して来たばかりの頃は少し浮いていたが、明るく活発な子ですぐにクラスメイトと馴染んだ。

 スカートではなくズボンを好み、髪はは伸ばさずスッキリとしたショート。

 日に焼けることを気にしない肌の色。

 知らない人から見れば男の子供に見えていただろう。


 そんな彼女がお気に入りだったのは、淡いピンクのパーカ。

 大人用のサイズのそれをダボダボとした感じで着ていた。

 袖口にはピンクの白いラインが二本。そしてフードには長いウサギの耳。ファスナーの金具もウサギの形。背中にはウサギの顔を模した柄があった。

 ボーイッシュな彼女が唯一着ていた女の子らしい可愛い服。


 ボーイッシュな彼女とはアンバランスなガーリッシュなパーカ。

 俺はそのパーカを着た彼女が気になり、いつも目で追っていた。

 視線に気付かれ振り向かれ目が合うと気まずくて、すぐに目を逸らした数は数え切れない。


 ずっと心に残り、忘れることはなかった。

 だが細かいことは薄れかけていた彼女の記憶が、まるで釣り針に引っかかり釣り上げられたかのように次々と蘇った。


 写真に写る玩具のブレスレットと玩具の指輪、それらに引っ張られるかのように思い出したのは、地元の神社の秋祭り。

 家が隣だったのと彼女が俺と同い年だったため、秋祭りは毎年うちの親が彼女を誘って一緒に行っていた。


 玩具のブレスレットは彼女が転校してきた年。

 この時まだ低学年で何も考えていなかった。

 ただ都会から来た新しい友達と仲良くなった証しに、得意だったガムの型抜きで増えた小遣いでブレスレットを買って彼女に渡した。

 キラキラとした薄いピンクのプラスチックのブレスレット。

 ただなんとなく彼女にはその色が似合うと思ったから。


 いつからだろう。

 彼女があの特徴的なピンクのウサギ耳のフードが付いたパーカを着るようになったのは。

 その袖口から俺があげた玩具のブレスレットが、サイズの合わないパーカの長い袖口からチラチラと覗いていた記憶が残っている。

 あの年の秋祭りの時もそのピンクのパーカを羽織っていた。その時も長い袖口からあのブレスレットがチラリと見えた。



 日が落ちると肌寒くなる季節。

 いつもなら家にいるはずの暗い時間に、友達と出かけても許される日。

 地元の小さな祭り、小学校の高学年にもなると門限だけ決められて親の付き添いはなくなった。


 その年も毎年のことだからと彼女と一緒に祭りへ行った。

 直前に近くを通り過ぎていった台風が空気を洗い流したかのように、気持ちよく澄んだ秋晴れの日だったのを覚えている。


 祭りには当然、学校の友人達も来ている。

 あまり広くない神社の境内で行われる祭りなので、クラスメイトにも会う。

 こういう日は少し特別な感覚があるのか、日頃さほど話さないクラスメイトに会うといつもよりも親しく話せる気がして、見かけると声をかけたりかけられたり。


 そういえばこの日は、神社に入るとすぐにクラスメイトの女子のグループに声をかけられたな。

 一緒に回らないかと誘われたが、女子ばかりのグループに混ざるのは恥ずかしいので遠慮したんだったな。

 それに祭りの日は必ず最初にやることがあったから。


 ガムの型抜き。

 お小遣いを増やせればラッキーと毎年やっているうちに、すっかり得意になってしまった。

 今年は難しい型抜きが成功して小遣いがいっきに増え、それで気を良くした俺はピンクの色ガラスの付いた指輪を彼女に買った。

 彼女が青よりもピンクが好きなのを知っていたから。


 瑠璃――日が完全に沈む前の空の色を連想する名前、それが彼女の名前だった。


 綺麗な群青色。

 綺麗な名前だし、綺麗な色だと思う。

 だけど彼女は、彼女の名前から連想されるその色が好きではないと言っていた。


 彼女の持ち物は彼女の名前と同じ青色ばかり。

 何故と問うと、そういう名前だからと彼女は答えた。


 だから、出会った年にピンク色のブレスレットを渡した。

 青もピンクもどちらも似合うよと言って。

 まだ子供だったから恥ずかしげもなく言えた言葉。

 後二年、三年遅かったらきっと言えなかった。


 それから彼女の持ち物に青以外の色が混ざるようになった。

 彼女が本当はピンクの可愛いものが好きだということに気付くまで、そう時間はかからなかった。


 ピンクのガラス石が嵌まった指輪を渡したのは、その時のことを思い出したから。

 指輪だったのは、ピンクのアクセサリーが他になかったから。

 少し高いガラス石の玩具を渡せて少し誇らしい気分になった。


 彼女が何か言ったが、神社で催されている神楽の囃子にかき消された。

 そのすぐ後、同級生の男子――ユウヤとフミアキが現れて射的に誘われた。


 ちょっとだけ行ってくるよ。


 そう言って彼女と別れた。



 すぐに戻って来るから。




 どうせ狭い神社の境内、またすぐに合流できるよ。





 合流したらポールすくいでもやろうか。






 そして、俺が彼女に再会したのは祭りが終わって一週間が過ぎた頃だった。






 ユウヤとフミアキと射的をした後、すぐに彼らと別れ彼女を探したが門限に間に合う時間までに、神社の境内で再会することはできなかった。


 念の為、彼女の家を尋ねると彼女はまだ帰宅していなかった。


 いや、まだ神社にいるのかも?


 探して会えなかったのはどこかで行き違ったからかも?


 神社に探しに戻ろうとしたら、もう遅い時間だから家に帰って寝るようにと言われた。


 布団に入っても寝付けない夜、リンリンと鳴く虫の音の向こうに時折ガヤガヤとした大人達の声を聞いた。

 その度にカーテンの隙間から外を見るが、夜の闇にポツリポツリと見える懐中電灯の光と、隣の家の前で話す大人達の姿で彼女がまだ帰らぬことを悟った。


 怖くなり布団を被った。


 今でも忘れない。


 彼女が見つからないことよりも、彼女がいなくなったのは俺が彼女から離れたことが原因であることに不安を感じた夜。

 彼女の無事な帰りを祈りながら、それは彼女のためだけでなく責任から逃れたい自分へのもので、罪悪感と嫌悪感の混ざったヘドロのような感情が腹の中にどんどんと溜まっていくような気分で眠れないまま朝を迎えた。


 朝になってまだ彼女が帰ってきていないことを知り、吐き気がこみ上げてきた。

 眠れず溜め込んだヘドロを吐き出してしまうのではないかという感覚だった。

 しかし当然ながらそんなものはなく、吐き出したのは昨夜の祭りで食べたものだけだった。





 彼女が見つかったのは一週間後。

 神社の近くを流れる川が流れ込む一級河川の下流。


 俺はすぐには彼女に会えなかった。

 彼女に会うことができたのは、彼女を送り出す日だった。



 目を閉じる彼女の顔は異常なまでに白く、まるで雛人形のように濃い化粧が、活発で明るい彼女の表情を全て塗りつぶしているように見え、間違いなく彼女の顔なのにまったくの別人のように見えた。

 胸の前で組まれた手には花が飾られ、袖口から先は花に隠れて見ることができなかった。



 そしてお別れが終わると、家族と一緒に黒い車に乗って旅立っていった彼女を現実感なく、ただ呆然と見送った。



 現実をヒシヒシと感じ始めたのは翌日からだった。

 それと共にあの日のことを思い出し罪悪感に苛まれた。


 彼女がいなくなって学校の教室は重い空気に包まれていて、しばらくの間みんな言葉数も少なく、いつもなら祭りの後はそれまであまり仲良くなかったクラスメイトとも祭りの話題で盛り上がるのが、今年はそういう雰囲気ではなかった。

 彼女と仲の良かった俺、そしてあの日も彼女と一緒にいた俺にクラスメイトが少しよそよそしくなった気がした。

 あの日、彼女から離れる原因となったユウヤとフミアキ以外。

 この二人はあの事件後も距離を取ったり、変に気を遣ったりすることもなく、今まで通りに接してくれた。


 クラスではこんな状況だったが、大人達は俺を責めることもなく逆に気に病まないように気を遣ってくれた。

 それがまた俺の中のヘドロのような罪悪感と嫌悪感を大きくしていった。




 だがそんな感情も時が過ぎるうちに記憶の片隅へと追いやられていった。

 彼女のことは忘れることはなかったが、あの頃彼女に対して持っていた感情や、あの日俺の中に生まれたヘドロのような感情は、思い出にもならないほどに忘れ去っていた。




 あの日から十年近くが過ぎ、すっかり忘れていた感情がその投稿で鮮明に蘇り、思わず口を手で覆った。


 いいや、ただ偶然似ているだけだ。

 あの日、彼女が着ていた服があの色のまま残っているはずがない。

 あの玩具のアクセサリー達も彼女と一緒だったはずだ。


 ラピスラビット――瑠璃うさぎ。


 偶然だ。


 盆の頃に田んぼに生える紫の小さな花――禊萩。


 これも、偶然だ。


 だって彼女は。

 あの日、似合わない厚化粧で目を閉じる彼女が眠る棺桶の蓋が閉められるのを見た。

 霊柩車に乗って運ばれていくのをただ呆然と見送った。

 あの日、彼女が身に着けていたものには見つからなかったものもあった。

 俺があげた玩具のアクセサリーも、きっと川の流れの中で外れて流されて絞まったのだろう。


 覚えているよ。

 ボロボロになり泥色に変色したピンクのパーカ。

 最後に彼女と会ったのは俺だから、警察署でそれを確認した。


 だから、これは偶然だ。


 彼女はあの日、台風で増水した川に落ちて死んだんだ。






 あの頃を思い出すキーワードと画像に、その名の人物を特定したい衝動に駆られる。


 これはただの偶然で、関わる必要はないと腹の中のヘドロが言っている。


 このままいつものようにネカフェに入って時間を潰せば、何事もなく今日一日が終わる。

 ただいつものように外からゲームを眺めて過ごせばいい。


 ゲームに参加する気はない。

 だけどこの"禊萩@ラピスラビット"という人物が気になり、そのアイコンからプロフィールを見ることができる画面へと飛んでみた。


 ヘッダーに設定された禊萩の花が咲く田んぼの写真が目に飛び込んできた。

 その背景には、少しぼやけているが見覚えのある家屋。


 嘘だ。


 いや、誰だ!?


 小学校の同級生なら彼女を知っている奴は何人もいる。

 誰がこんな悪趣味なことをしているのだ?


 ユウヤとフミアキは気付いているのか?

 まさかあの二人のどちらかが別垢を使ってやってる?

 違う。写真の場所は彼らのいる場所とは離れている。写真を信じるなら彼らではない。


 参加者の中に俺達以外の同郷者がいるのか?


 待て。


 あの色ガラスの指輪は彼女がいなくなる直前に俺が渡したものだ。

 あの指輪を知っているのは俺と彼女だけのはずだ。


 誰だ!?


 彼女なのか?


 非現実的な考えが頭をよぎる。


 そんなはずはない。


 だけどもし彼女なら。


 会いたい?


 会ってどうする? 誤る? 何を?


 違う。彼女はいない。誰かが彼女になりすましているだけだ。


 じゃあ、あの指輪は?


 俺と別れた後、彼女は誰かに会っていたとしたら?


 いつ? 彼女が川に落ちる前? 誰と会っていた?



 ――禊萩@ラピスラビット:貴方に見つけられるかしら?



 まるで俺が画面を見ているのを知っているかのようなタイミングでの投稿。

 まだ定期投稿の時間ではなく、タグも写真も付いていない。

 ただの投稿ミスにしか見えない投稿。


 だがそれはまるで俺に宛てられたメッセージのように思えた。



 ――禊萩@ラピスラビット:見つけたら教えてあげる。



 まただ。


 誰だ?

 誰に言っている?

 お前は誰だ?


 ゲームに参加しろということか?


 いや、見つけるだけなら参加しなくてもできる。

 もしあの特徴的なパーカを着ているのなら、だいたいの位置さえわかれば人混みの中でも見つけることは可能だ。


 いいよ、見つけてやる。


 あの日は見つけることができなかったが、今日は見つけてやるよ。



 俺はゲームには参加しない。

 いつものように外野からこっそりと特定するよ。


 勇気がないから。


 あの日、君と離れてしまった俺を、君が恨んでいるかもしれないことを受け入れる勇気が。



 見つけても声をかける勇気がないから。



 見つけられて声をかけられるのが怖いから。



 万が一、億が一、君が俺の恨んでいないと確信したら、卑怯な俺はゲームに参加するかもしれない。











 ――そして、あの日の彼女を探すゲームが始まる。ほんの少しの悪意と真実を添えて。





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