第11話

――店を出た羅門らもんとリンゴは、車を飛ばしてシェイクたちの向かうゲートへと向かっていた。


それはハムレット、オセロー、マクベス、リア4匹のスズメたちが小型カメラで撮ってきた映像――警察官たちがゲートに集まっているのを知らせるためだ。


物資の調達はたしかに重要だが、わざわざ危険な真似をしてまでやる必要はない。


それよりもシェイクが捕まるほうが、ドロップタウンにとっては損失になると、リンゴは羅門にもっと車の速度を上げるように煽っていた。


「急げよ、羅門のおっさん! 間に合わなくなっちまうだろ!」


「わかってんよ。ったく、朝から余計な仕事が増えたせいで今日は休業だぜ」


早朝の陽射しがふたりの乗る車を照らし、何もない荒野をアクセル全開で走っていると、前に人の姿が見えた。


シェイクだ。


どうしてだがシェイクは、道の真ん中でたったひとりで歩いている。


羅門はブレーキをかけて急停止し、窓を開けてシェイクに声をかける。


「おいシェイク。おまえ、大輝梨のヤツとゲートに行ったんじゃなかったの? なんでこんなとこにいるんだよ? 大輝梨はどうした?」


「羅門こそ、どうしてリンゴと一緒にこんなところに?」


ふたりが訊ね合っているのをまどろっこしいと思ったのか、リンゴは身を震わせながら声を出す。


「こっちはテメェらを止めに来たんだよ! ゲートに警察の連中が集まってるのを知ってな! それであのスーツ野郎はどうしたんだ!?」


「うん、実は大輝梨に置き去りにされちゃって……」


シェイクの話によると、大輝梨は急に停車し、話があると言って車から降りた。


彼に続いてシェイクも降りると、大輝梨は何も言わずに再び車に飛び乗って、そのまま走り出してしまったらしい。


ひとり残されたシェイクは、このままゲートに向かうわけにもいかず、一度羅門の店に戻ろうとしていたようだ。


「スーツ野郎は、なんでそんなことを……?」


「僕もよくわからないけど、大輝梨はなんか運転中もずっと悩んでる感じだった……。なにかあったんじゃないかな……。僕らに言えないようなこととかさ……」


リンゴが表情を歪めていると、シェイクは俯きながら答えた。


その沈んだ声を聞くだけで、彼が大輝梨のことを心配しているのが伝わる。


そんな雰囲気を吹き飛ばすように、突然羅門がアクセルを吹かした。


「それで、どうしたいんだよシェイク。大輝梨はゲートに行っちまったんだろ? もう時間的に、警察連中が集まってる頃だと思うぜ」


口角を上げて訊ねてきた羅門を見て、リンゴも同じようににやけている。


シェイクはそんな彼らのことを見ると、グッと表情を引きしめて、ふたりの乗る車のドアに手を伸ばした。


――大輝梨はゲートの前に到着し、車から降りていた。


ゆっくりとエデン666の壁が動き、開いたゲートからは、警察官の集団が現れる。


みなみ大輝梨。あの男はどこだ? 約束通り連れてきたんだろうな」


集団の中からリーダー格の男と思われるが前に出てきた。


大輝梨は大きく深呼吸すると、両腕を広げておどけてみせる。


「いやー実は作戦が見破られちゃって、シェイクには逃げられちゃいました。すんません」


まるで相手を小馬鹿にするような態度を取った大輝梨を見て、リーダー格の男は顔をしかめていた。


そして、フンッと鼻を鳴らすと、背後にいた警察官たちのほうを一瞥し、再び大輝梨へと視線を戻す。


「そいつは残念だ。君は最後のチャンスを逃したということになる」


「はぁ、最後のチャンス? 俺はもうヒセイキじゃないんだろ!?」


大輝梨は身を乗り出しながら訊ねた。


携帯電話に来たメールの内容によれば、大輝梨が取引していた会社はなんとか倒産を免れて給与は支給されているため、税金を払えているはずだ。


税金を払えているのならヒセイキに落ちることはなく、指導院に行くことはないだろうと。


急に冷や汗を掻き出した大輝梨を見て、警察官たちからは失笑が漏れ始めていた。


何をほざいているんだとでも言いたそうな笑いが聞こえ、その声に大輝梨が真っ青になっていると、リーダー格の男が口を開く。


「君はヒセイキのままだ。おい、早く滞納者を連れて行け」


「騙したのか!? 話が違うじゃねぇかよ!?」


「人聞きが悪いことを言うな。君も知っているはずだろう。一度でもヒセイキに落ちた人間が這い上がれるとでも思ったのか? そんなんだから落ちたんだよ、君は」


警察官たちが一斉に飛びかかり、地面に押さえつけられた大輝梨は、砂をかまされた。


それから両腕を使えないように関節技をきめられ、身動きひとつできなくされてしまう。


このまま確保され、指導院に送られるという絶望的な状況だったが、それでも大輝梨の顔は穏やかだった。


それを不可解に思ったリーダー格の男が、大輝梨を見下ろしながら訊く。


「そんな顔をして、一体何がおかしいんだ?」


「別におかしいわけじゃねぇよ。ただ、あいつを連れて来なくてよかったなと思っただけだ」


「君は、わざと目標を置いてきたのか? だとしたらイカれてるな。まあ、たとえ連れてきたとしても、君がヒセイキであることは変わらなかったが」


「そうだろうよ。こんな結果にならなくてもわかってた。おまえらエデン666の奴らは、皆そうだからな」


リーダー格の男は、軽口をたたく大輝梨に苛立つと、警察官たちに早く連行するようにと指示を出した。

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