第8話

軽快なリズムに激しいエレキギターの音が乗り、メンバー全員で歌うスタイルでの演奏で、60sのアメリカンポップスと90s的なパンクロックを奏でていた。


リハーサルではあまりの音の大きさに面食らった大輝梨だいきりだったが、しっかりと音のバランスを調整をしたのだろう。


不快感は覚えることなく、むしろ心地よく聴けていた。


「思っていたよりも上手いもんだな、あいつら」


ステージで笑顔で歌う子供たちを見て、大輝梨は思わずつぶやいていた。


曲も聴きやすく、パフォーマンスも派手さはないが、これは確かに見ていて気持ちが高揚するライブだ。


演奏する子供たちからは、音楽を全力で楽しんでいるのが伝わってくる。


「おい、スーツ野郎! ちょっとこっちこい!」


大輝梨がライブを楽しんでいると、聞き覚えのある怒鳴り声で客から呼び出された。


それは逆立てた髪をした筋骨隆々の男。


シェイクと並んでこのスラム街――ドロップタウンの顔役のひとりであるリンゴだった。


どうやら彼もライブイベントに来ていたようだ。


「おまえも来てたのかよ。それで、注文は?」


「とりあえずビールでいい。腹は減ってねぇんだ」


大輝梨は、リンゴが店に来るのを見たのは初めてだ。


きっとライブイベントのときにだけ顔を出すのだろう。


今日は前に一緒にいた部下たちを引き連れておらず、彼たったひとりというのも、食事ではなく音楽を聴きに来たのだと思わせる。


大輝梨はカウンター内へと入り、冷蔵庫から瓶ビールを取り出すと、羅門らもんが声をかけてくる。


「なんだ? まだ注文終わってなかったのか?」


「ああ、リンゴの奴がな。さっき来たみたいだ」


「リンゴか。あいつはコソコソする必要もねぇのに、いつもシェイクに見つからないように始まってから入って来やがる」


「やっぱそういうキャラなのか、あいつ……。人は見た目で判断できないってヤツの典型だな」


大輝梨と羅門がリンゴのことを笑っていると、子供たちのバンド演奏が終わった。


子供たちはマイクでお別れを言うと、全員で深く頭を下げていた。


羅門と同じくレザージャケットにボロボロのジーンズのロックな格好なのに、妙に礼儀正しいのがミスマッチに見えたが、観客たちはアルコールと料理を楽しみながら大歓声をあげていた。


「それじゃあ~次はみんなのお待ちかね!」


「誰かはみんなも当然わかってると思うけど!」


「シェイクだよ! シェイクの出番だよ!」


子供たちが声を張り上げると、ステージにシェイクが現れた。


シェイクはいつものマウンテンパーカーを脱いでいて、Tシャツというラフな姿だった。


大輝梨の感覚からすると、トリを飾るアーティストというには、いささか地味な格好だなと感じていた。


そんな彼の反応とは逆に、テーブルやカウンターからは歓声が上がっている。


男も女も、老人も子供も、まだ言葉を話せない赤ん坊までもだ。


子供たちのバンドでもかなり盛り上がっていたが、さすがは今夜の主役といったところか。


ステージに上がって歓声と照明を浴び、いつもとは違う雰囲気のシェイクを見た大輝梨は、思わず見とれてしまっていた。


なんだか言葉にできない気持ちが膨れ上がっていく感じだ。


シェイクは小柄で子供たちよりは大きいとはいえ、大差はそこまでない。


それでもマイクを手に取って笑みを見せる彼は輝いていた。


元々整った顔をしているのは知っていたが、まさかここまでステージ映えするとはと、大輝梨は両目を見開いてしまう。


「こんばんは、皆。今日は来てくれてありがとう。楽しんでいってね」


シェイクが簡単な挨拶を終えると、曲がスタートした。


先ほどまでの激しい演奏とは違い、子供たちはまるでスタジオミュージシャンかのようなスタイルで楽器を奏でている。


彼ら彼女らの笑顔こそ変わっていなかったが、とても同じ楽器隊とは思えないほどだ。


ギター2本、ベース、ドラムのバンド編成で演奏されるダンスミュージックに、シェイクの哀愁のある声でキャッチーなメロディーが歌われていく。


歓声をあげていた老若男女も彼の声に聞き惚れ、中には笑顔で涙ぐんでいる客の姿もあった。


店内の端っこでは、リンゴが声を殺して号泣している。


「スゲーな、シェイク……」


大輝梨もステージで歌うシェイクから目を離せずにいた。


まるでこの場にいるすべてを包み込むかのようなシェイクの歌声に、視覚と聴覚が持っていかれてしまっているような感じを覚えてしまう。


そんな立ち尽くしてしまっていた大輝梨に、羅門が笑みを浮かべながら声をかける。


「どうだ? 初めて聴いたシェイクの歌は?」


「あ、あぁ……。スゲーなぁ……。俺、音楽とかよくわかんねぇけど、なんかスゲェ……」


「そいつはよかった。その感想、あとで本人に言ってやれよ。もちろんバックで演奏しているあいつらにもな」


大輝梨の返事を聞いた羅門は、その皺だらけの顔を緩ませると、満足そうに口角を上げた。

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