第6話

――歓迎会から数日が経ち、大輝梨だいきりもドロップタウンの生活にも慣れ始めていた。


朝は子供たちと一緒に店内の清掃をし、昼から夜にかけては羅門らもんの店でウエイターをやっている。


今日はシェイクと共に町へと行き、荷車に積んだ物資を配る仕事を手伝っていた。


「なあ、どこでこんなもん手に入れたんだよ?」


荷車を引きながら大輝梨は訊ねた。


積まれている物資は発電機や太陽光パネルなどで、とてもじゃないがスラム街で手に入るようなものではない。


一体どこでこんなものを見つけたのかと、単純な疑問だった。


「そんなの決まってるでしょ。エデン666から手に入れるんだよ」


「ってことは、おまえ……パクってきてんのかよ」


「基本的には捨てられてる物を直して使ってるよ。まあ、食べ物は盗んでるけど」


当たり前のように言ったシェイクに、大輝梨は思う。


やはりこの小柄な男は犯罪者なのだと。


このままでは自分まで盗人になってしまう。


早くなんとかしてここから出てエデン666へと戻らねば。


大輝梨はそう考えながらも、ふと町の様子を見て思う。


スラムというわりには歩く人間らに活気があり、そこら中で叩き売りをしている。


彼のイメージでは、道端に死体が転がり、暴力がまかり通るところを想像していただけに、この光景は変な感じがしていた。


「思ったよりも平和なんだな、ドロップタウンって」


「今はね。でも数年前までは酷かったんだよ。皆で力を合わせるようになってからなんだ。こうなったのってさ」


「ふーん」


大輝梨が適当な返事をすると、突然道の真ん中で男たちに囲まれた。


何事だと怯んでいる大輝梨とは違い、シェイクのほうはのほほんといつもの調子でいる。


囲んできた集団の中からひとりの男が出てくる。


「よう、シェイク。誰だよ、そっちのスーツ野郎は?」


「おはよう、リンゴ。今日もパトロールご苦労さま。リンゴのおかげで今日も町は平和だよ」


「軽々しく挨拶してくんじゃねぇ。俺はそっちのスーツ野郎が誰かって訊いてんだよ」


「彼は大輝梨。僕の友だちだよ。最近ドロップタウンに来たんだ」


リンゴと呼ばれた男は、その分厚い丸太のような両腕を上げて短い髪をかき上げると、シェイクを睨む。


「エデンのヤツか。テメェ、また壁の中に入って人助けかよ。そのうち死ぬぞ」


大輝梨は、現れたリンゴの言葉遣いと態度を見て、いかにもスラム街の悪漢あっかんだと思った。


部下であろう者たちを引き連れて囲ませ、自分だけが前に出て威圧してくる。


ここまで型にはまった挨拶をしてくるなんてと、大輝梨は内心で呆れてしまっていた。


凄んできたリンゴにシェイクは言う。


「心配してくれてありがとうね」


「だ、誰がテメェの心配なんかするか! テメェはあれだ、俺と並んでドロップタウンの顔役だろ。いなくなったら困るヤツがたくさんいるからな。忠告してやってんだよ!」


「うん。いつもありがとう」


「だから礼なんて言われる筋合いはねぇ!」


大輝梨は、急に顔を真っ赤にして吠えだしたリンゴを見て、さらに呆れた。


この男もまた、羅門や店の子供たちと同じようにシェイクのことが好きなのだろうと。


ただやり方が素直じゃないというだけの話で、本音では、危険な真似をするシェイクを止めようとしているのだ。


大きくため息をついた大輝梨が、ポツリとつぶやく。


「なんだ、この茶番……」


「おい、大輝梨とか言ったな、テメェ。あんまりシェイクのヤツに面倒かけるんじゃねぇぞ」


「はいはい。気をつけますよ、ツンデレさん」


「テメェ! 誰がツンデレだ! ぶっ殺すコラッ!」


またも顔を真っ赤にして叫ぶリンゴのことを、周りを囲んでいる男たちが微笑ましく見守っている。


ここは本当にスラムかと、大輝梨は空いた口が塞がらなかった。


先ほどの会話から察するに、このリンゴという男もまたシェイクと同じく、ドロップタウンが住みやすくなっていることに貢献しているようだ。


そういう理由もあるのだろう、強面の男たちが彼を慕っている様子が見て取れる。


「あ、やっと帰ってきたんだね」


大輝梨とリンゴが揉めていると、そこへ空から4匹のスズメが飛んできた。


スズメたちはシェイクの左右の肩にそれぞれ足をつけると、チュンチュンと鳴いている。


そんなスズメらを撫でているシェイクを見て、大輝梨が言う。


「おまえって、人間だけじゃなくて鳥にも好かれるんだな。おまえの飼ってる鳥なのか、そいつら?」


「そっか、大輝梨はまだ会ってなかったっけ。紹介しておくね。僕の友だちのハムレット、オセロー、マクベス、リアだよ。ちなみにリアは女の子」


「それまんま四大悲劇じゃねぇか……。ペットにそんな名前付けるなよ……」


「ペットじゃない、頼りになる友だちだよ。この子たちのおかげで、エデン666で何が起きているかわかるんだから」


シェイクはそう言いながら、スズメたちが身につけているものを大輝梨に見せた。


そこには小さなレンズがあり、よく見ないとわからないが、小型カメラであることが把握できる。


大輝梨は、小型カメラを身につけたスズメたちを見て理解した。


どうしてエデン666の外に住むシェイクが、指導院に運ばれている自分の状況を知ることができたのかを。


「スズメたちを街に飛ばしてたのか。だから俺を助けに来れた……」


「そういうことだよ。だから大輝梨も、この子たちと仲良くしてね」


「おいテメェら! 俺のことを無視してんじゃねぇぞコラッ!」


リンゴが再び顔を真っ赤にして声を荒げた。


そんな彼に対してシェイクはすぐに謝り、大輝梨のほうは大きくため息をつくのだった。

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