イッツ クール!

@yabane

第1話 辞世の句はセーブポイントになるのさ



『悪運尽きたなエージェント・クール!!』



コンクリート製の殺風景な部屋

蛍光灯が点滅する天井近くのスピーカーから爆音の放送が流れ出した

声の主は『遂にやってやったぞ!』と遠足前の小学生のように声を弾ませている


「Hello ミスター・ホットマン 

本日も熱烈な歓迎をありがとう

帰ったら是非お礼をさせてもらうよ」


無機質な部屋の中央には男が一人

優雅に脚を組んでパイプ椅子に座っている


オフィスからちょっと抜け出して、コンビニへ休憩に行くサラリーマンを想像してもらいたい

それに山高帽を目深に被らせて、青いサングラスで目元を隠せば彼のパーフェクトなイメージの完成だ


黒で統一されたオフィシャルなコーデが良く似合うナイスガイ



そう

彼こそが『エージェント・クール』


絶体絶命のピンチを何度もくぐり抜けてきた

ミッション完遂率100%の凄腕エージェントである



『ヒャッハーー!!なぁに言ってやがる!

そもそもお前は帰れねえぜ!!』


ミスター・ホットマンと呼ばれた相手は品悪くゲラゲラ笑う

彼はエージェント・クールの宿敵であり、悪の組織の幹部だ

組織に潜入したクールの帰還を阻止する為、デンジャラスな罠をたくさん用意したのだ



「お前相手に遠慮はいらねえ!!まずは毒ガスをプレゼント!ポイズン・スカーレットに作らせた神経系の特別ガスだ!!」


空気の吹き出す音と共に、壁に空いた穴から毒々しい紫色の煙が噴出される


プシュウウウ……


密閉した部屋に充満し始めた毒ガス

パニック映画の主人公なら、我を忘れて自暴自棄になるアクションを見せてくれるだろう



だが、しかし

エージェント・クールは驚かない



クールは落ち着いた様子で脚を組み替えて、

ふむと思案した


「毒性が強くても構わないから、もう少しエレガントな香りにしてくれるかい?」


『オイオイオーーーイ!!気取って匂いなんか気にしてる場合かあ!?っつーか、そういうのはポイズン・スカーレットに直接言えよッ!』


ホットマンは余裕そうなクールの姿を映し出すモニターをガクガク揺すぶった


「君が取り次いでくれるなら

直接スカーレット博士にお願いしてみるのも良いかもしれないね」


ホットマンの激情をいなし、クールはそう言って微笑むと胸ポケットからハンカチを引き抜いた


「しかし、今すぐ対応を求めるのは不可能のようだ。今日は私の香水を使わせてもらうよ」


白いハンカチで包んでいたアロマディフューザーを、クールは手の平に転がす


マリンブルーの小瓶に入ったオードパルファム

それが空中に霧散すると、まるで毒素が中和されたように紫の煙が晴れ、清々しい森の香りが広がった



「…おっと、これは奇跡的な組み合わせかもしれない

Hey ミスター。この部屋の毒素の強さを調べてもらえるかな」


『人をパシリにすんなッ!!!

…だが、絶望的な結果を教えてやるのはやぶさかじゃねえぜ


いいか!聞いて驚け!!

その部屋に充満する毒はコブラも卒倒するーーーー




ッえ?


はあ!?な、何だよコレ!!!ぶっ壊れてんのか!!!???』



『卒倒するのは君の方だったって"だけ"の話さ』

サングラスの奥でウインクをするエージェント・クール

彼が"偶然"持ってきていた香水は、"偶然"ポイズン・スカーレットの毒を中和させるエッセンスが含まれていたのだ


なんという強運

さすがエージェント・クール



しかし皆様驚くなかれ、

この程度の幸運、彼にとって珍しいものではない

幸運の女神がいるならクールに惚れているのは間違いない。ダーリンの窮地に幸運の大盤振る舞いだ



ラッキーな過去の実例をご紹介しよう


ある時は

彼の身体を細切れにする20の鋭い刃が

"偶然"同時に刃こぼれし

クールに傷ひとつ付けられなかったり


ある時は

クールの全身を拘束する機械椅子のリモコンが

"偶然"手の届く距離にあったり


またある時はクールが閉じ込められたコンテナが

湾岸の環境調査で"偶然"ミドリ医療団に発見されたり



ヤラセや工作は一切無し

出来すぎた"偶然"は、悪の組織の幹部達を大いに悩ませている


『桁外れのラッキーマン』という特性

それが、クールの異常な任務完遂率の秘密のひとつだ



▼▼▼



『ハ、ハハハ…!まあ、なんだ!これっくらい計画には織り込み済みだッ!!!毒ガスを防いだくらいで調子乗んなよクーーールッッ!!!!』


「そうだよ、私を倒す方法はまだまだある。だから落ち込まないでくれホットマン」



私のライバルに涙は似合わない

クールの爽やかな応援に、モニターを睨みつけているホットマンが怒りで涙ぐむ。しかしそんなものクールは預かり知らないことだ



『いつまでも余裕ぶってられると思うなよ!!!』


悪の構成員だって涙の数だけ強くなれる


クールに惨敗した要因を泣きながら分析したあの夜の悔しさを、みすみすクールを逃しボスのマグマファーザーに叱られた時の情けなさを

いつか挽回するために、ホットマンは努力してきた


『これからお前に散弾をお見舞いしてやる!全身穴だらけにされたくなきゃ、お前のアジトについて教えるんだな!!』


悪の組織が長年対抗している正義の秘密結社『ジャスティス・ブルー』

その本部が何処にあるか、構成員の規模は、誰がボスなのか、活動理由はーー

その"ほとんど"は謎に包まれている


「秘匿された情報は魅力的なドレスと同じ。無理に暴くのは紳士的でないだろう?

……答える気はないよ」


『潜入してこっそり情報を頂戴する私も、ジェントルマンとは言えないけど』

クールは苦笑し、ヤレヤレと首を振った。

その芝居がかった態度に、キレやすいホットマンの堪忍袋の尾が切れた


『あーー!!そうかよ!!!!

ならあの世で後悔するんだなッッッッッ!!!!!!!!』


「…

散弾を

躱してさける

クール哉

…」


クールが辞世の句を詠み終わるなり、無数の銃弾が撃ち込まれた


ドガガガガガガッッッッッッ!!!!!!


殴りつけるような銃撃

コンクリートの壁がボロボロに削られ、灰色の砂煙が充満する

モニターからクールの姿は確認できないが、部屋中に散弾をばら撒かれたのだ、痛ましい姿になってしまっただろう



ホットマンは勝利を確信した

が、彼の胸中には本当に僅か、爪先ほどの疑惑がくすぶっている



絶体絶命のピンチを切り抜けてきた男が

エージェント・クールが

こんなにあっさり倒されるはずないと…



『死んだか、クール。本当に?いや、流石に避け切れないはずだ…そうだ、やったんだ!!オレの勝ちだ!!!邪魔者クールを始末できたんだ!!!!!』


徐々に砂塵が薄れ

監視カメラは床に仰向けに倒れるクールの姿を捉えた



『……いや、そんなハズはーー』



因縁の相手は確かに地面に伏しているが

忌々しいスーツに穴が開いておらず、血の海も確認できない




私の命の灯火を消せたと

…本当に、思っていたのかい?」


おもむろにクールが立ち上がる

全身の砂埃をはたいて落とすと、その身体に風穴ひとつないことが見て取れた


『ナンダッテーーーッッ!!!!???

あの銃弾の雨を全て躱したって言うのか!!!??』


「Yes その通りさ」


少し苦労したけどね、とクールはため息を吐いた


「 7回 」

『は??』


「銃弾を全て避けるために、

私が時間を巻き戻した回数だ」



一瞬、ホットマンの思考が停止した



エージェント・クールは何をそんなに驚いているんだい?と首をかしげた

そしてホットマンが時間旅行について理解できてない、と気付くやいなや『裏技なんだけど…』と前置いて話し始めた


「先程クレバーな辞世の句を詠んだだろう?

アレはいわゆるセーブポイントの役割を果たしているんだ

瀕死に陥ると、直前に辞世の句を詠んだ瞬間にタイムワープすることが出来る


Do you understand?」


『混じりっ気無しのWhy!!!!!!!?????』



監視室の特大モニター前で頭を抱えるホットマン

怒りに任せて思いっ切り拳を振り下ろした

ガシャンと嫌な音がして、映像・音声を操作する精密機器がバラバラと床に落ちる


『アアアア!!!めんどくせえーー!!』


床にしゃがみ込んで、嫌々部品を回収する

彼にとっての唯一の救いは、クールを部屋から解放してしまう解錠ボタンを押さなかったことだけだ



▼▼▼



クールは自身が監禁された部屋を調査するように、ゆっくりと歩き出す

顎に手を当て思案する様子は、さながら事件現場の探偵のようだ


これくらいで驚く必要はないよ


私達、青の因子を継ぐ者は

"幸運"と"時間"の加護を受けていることを忘れたのかい?


タイムワープも当然、その範疇に入る

それだけの話さ


私たち、とはクールの所属する正義の秘密結社『ジャスティス・ブルー』のことである

秘密結社というだけあって、その全貌の"ほとんど"が謎に包まれている、と先に説明したが

実はワイドショーに取り上げられる程有名な団体であり、結社のボスが公表を許している事がたった2つある


ひとつ、組織は悪事を止める為にあること

ひとつ、構成員は"青の因子"を持っていること


「赤の因子…"攻撃"と"空間"に特化した君たちとは

相反する加護であり、お互い相性が悪いのは百も承知だろうBaby?


赤の攻撃は青の幸運で避けられる

しかし、逃げに特化した青から赤に攻撃できない

つまり、決着はつかないが思想が異なる僕らは、永遠にいたちごっこをするしかない」


『クソッッッ!!!!

なんで幸運の女神はこんな奴らにッッ!!!!』


ホットマンは"⚠︎bomber⚠︎"と印字された赤い蛍光色のボタンを叩き壊すように押した

名前の通り、危険な爆弾がクールの部屋で爆発し、回避不可能な決死の一撃を放つハズだった


「僕相手なら、ダイナマイトも空気を読んでしまう」

『今度ばかりは何言ってんのか分かんねえぞ!!!!!

流石にソレはダメだろよ!!!!!爆薬の仕事を全うしろやああああ!!!!!!』


天井から落下した爆弾はクールの腕に抱かれ、行儀良く沈黙を守っている



3回連続で幸運が発動すれば、ホットマン以外は誰も驚かないだろうし、別のことに興味が湧いてくるかもしれない。例えば…『青の因子』『幸運の女神』なんて単語の意味など


「おや、さっきの銃撃でドアが軋んでいるようだね

『そろそろ拠点へ帰るように』と女神が囁いているのかな」


『待てッッッ!!!!!そっちはーーー!!』



ガチャッ



「uhh…ここに繋がるのか、久しぶりだねホットマン」


ドアを開けた先はホットマンのモニタールームが続いていた

エージェント・クールを倒した後、その遺品を回収することを目論んで部屋を繋げていたのだが

倒されるハズだったクールは颯爽とした足取りで登場した


「いでっ!!」

「今日のところはコレでおあいこだよ kids」


クールはホットマンの小さい額に軽くデコピンした。彼が受けた仕打ちを考えれば、もっと酷いお返しをしてもいいのだが…


「クッソーーーッ!!舐めやがって!!オレは子どもじゃねえんだぞ!!!!」


何を隠そう、ホットマンの見た目は中学生


赤の因子を持つ者は"空間"の恩恵を受ける代わりに、体内を流れる"時間"が遅い

つまり、本来なら社会人5年目のホットマンの身体は中学生までしか成長していないのだ


「君たちのギャップについては知っているよ

それでも、精神は大人と納得していても、可愛い子どもを泣かせるのは気が進まないな」


「オレの理想はハリウッド映画のダンディーな俳優なんだよ!!!!チャーミングさは1ミリも要らねえッッ!!!!」


「じゃあ僕のデメリットと交換するかい?」


「可能だったとしてもゴメンだぜ!!

寝て起きるたびに知らない場所で目が覚めるんだろ?

ま、そのおかげでたまにお前を捕まえることが出来るんだけどな!」


どういう仕組みか全く分からないが

青の因子を持つ者は、目覚める度に違う場所にテレポートしてしまう

位置情報アプリがない時代は、ヒッチハイカーの二人に一人は青の因子の者だった…という真偽は不明の都市伝説もあるのだ


"超幸運"も強制テレポートでは発動しないため、敵の陣営で目覚めて囲まれていた…ということもある。

クールが捕らえられてしまった原因は潜入失敗かテレポートの事故か、真相は本人のみぞ知る



「残念ながら、僕らにハリウッドは縁遠い話だけれど

二人でこの窓から飛び降りたら

ドラマチックなシーンになると思わないかい?」


クールはモニタールームの暗幕をシャッと開いた。

クールの身長大ほどの窓から光が差し込み、電子機器に埋もれた部屋を照らす。ホットマンは泳げそうなほど青い空に目を奪われた


「ひとりで落ちろ」

「寂しいこと言わないでくれ」


クールは窓の外に踏み出した

高さ50m 落下すれば確実に死ぬことは避けられない

それを透明な橋がかかっているかのように歩き出す。青の因子の超幸運の力が発動すると、クール本人が強く信じているから出来る芸当だ


「"偶然"ドローンが通りかかって良かった」

「へえ…"偶然"、"偶然"ねェ

それが尽きた時がお前の最期だ」


『精々首洗って待ってろ!!!!』と宿敵は指でバッドサインを作り、クールに叫んだ


「Thank you ミスター・ホットマン 

また来るよ。それまでにエレガントな香りの毒を生成してくれたまえ」


恭しくエージェント・クールが一礼する

と、共に彼が乗ったドローンが降下していく


ホットマンの足元にはライフルがあったが、

もうクールを撃ち落とそうとしない。

彼は底抜けに青い空を見上げてため息を吐いた



「辞世の句を詠ませねえ方法なんてあるのかよ…」




続く

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