第21話 加速魔法

「ぎゅ~・・・(デビルロードさまぁ・・・)」


「ぎゅぴぴ~(おいたわしや~)」


 インプたちが長蛇の列をなしてデビルロードを見舞っている。ギュピギュピとすすり泣く声がうるさすぎて、落ち着いて休むこともできなかった。


 デビルロードの腕はもう戻らない。このダンジョンの最高戦力が負傷した負担は大きい。戦闘員としての能力は半減したと考えなくてはならないだろう。しかし、彼がこのダンジョンの管理者として必要不可欠なのは変わりない。



「・・・」


 そして、やっと越えるべき壁が見えた。アバドンを殺して、催眠を受けながらデビルロードをあそこまで追い詰めたあの"魔術師"。

 奴の命と、数人の捕虜とを引き換えに和平を結ぶこと事態はすばらしい条件に思えた。それは、地上のことを気にせずに地下を自由に広げられるということだ。

 あの王様の底の知れなさは、ネバーグリム国軍の層の厚さを勝手に勘繰らせるのに十分な効果を持っていた。人の世界の集団、組織ではそのような威嚇、牽制がよく行われている。だから直接交渉に訪れたのだろう?


 とにかく今は得られた猶予でダンジョンを拡張していくしかない。



 俺達がダンジョンを取り戻そうと奮闘していた間も、森のなかの巣穴でウォーロック達の研究は続いていた。

 そして、ようやくその実用的な成果が得られたのだが、それは、あの魔術師が使っていた【加速】魔法だった。


 この魔法はダンジョンマスターである俺が最も欲していた。戦闘だけでなくダンジョン経営においてもかなり有用だから。

 高度な魔法なので使用者は限られるが、対象は決まっている。それはインプで、この魔法で彼らの作業を"加速"させることができる。


「ギュピーッ!(ハァッ!?世界がゆっくりだ)」


 インプたちの暴れっぷりを見ていると、わざわざ人間の世界に潜り込んでウォーロックになる逸材を探した甲斐もあったと思えてくる。特に、急を要する作業や、作業人員が限られている場合に魔力と引き換えに高効率化できるのは大きい。

 

 ただし、インプの数は際限なく増えていくが、それに伴って、【加速】の魔法を通しインプに分け与えられる魔力の量が細分化されていくわけじゃない。そうなればどれほどいいか。


「ギュピーッ!ギュピーッ!(なんてことだ!これじゃあ仕事が出来すぎて、俺のところばかり仕事が集まってしまうではないか!)」


 仕事ができる奴に仕事は集まる。


 そして、暇なインプは立場を失うのかというと、そうではない。そういうインプたちは、文化や因習を作る。彼らが気にしているのはダンジョンの機能より、機能美の方で、基準はダンジョンマスターの顔色をうかがう事で築いたものだ。そのことが直接的にも間接的にも、全体の作業を低速化させる。当然、相対的に見て、仕事ができるインプより仕事ができないインプの方が数は多いからだ。ダンジョンの技術的な問題はまるでミニチュアの社会実験のように表面化することがある。つまり、


「ギピピ(そんなに急いでも意味ないよ)」


「ギピ~ッ(そうさぁ。チャカチャカして余裕がないな。みっともないぜ。そんなことしなくても仕事はこうやってうまくまわってるじゃないか)」


「ギピピ(・・・)」


「ギュピーッ!!(そいつらは楽しく談笑してるだけだ!ばからしい!もう標準速度で働け!)」


 ・・・といったことも起こり得るので、【加速】は万能ではない。うまく機能しないこともあるのだ。

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