第11話 ヒーローは、名乗らずに立ち去るのだった。へくしゅっ。

「ーーおーい、生きてる? 」


 カナリアは翡翠湖エリアの絶壁前にある大岩の隙間を覗き込んでいた。自分の緊急支援の笛を使った召喚者は目を閉じているが、しっかりと呼吸をしているようだった。それを確認すると熊さんリュックのベルトの専用収納に隙間なく並んでいるスクロールの1つとって足元に落とした。


 黒い竜巻を排除したリフレクト壁に重なるように、黄金色の線で描かれた魔法陣が淡くキラキラ光るリフレクトヒール壁を形成した。


「これならパーティぱて組んでなくても回復するっしょ。ーーおやおや? 君たちはこの壁に突進する気なのかな? 」


 ウインクしたカナリアに向かって、なめんなよ! と言わんばかりに唸り声を上げたワイバーンたちが、お構いなしにリフレクトヒール壁に突撃をかけた。だが彼らは散り際のセリフを言う間もなく、水属性の壁に吸収されるように霧散していった。


「フフフ……。残念でしたっ。では、ルー&マッキー召喚っとーー」


 カナリアはそう言うと、2つの笛をポーンと空高く放り投げた。その笛が地面に落ちるよりも速くーーリフレクトヒール壁に向かって走っていた5体のワイバーンをコンボが続けば続くほど攻撃スピードとダメージがアップする、スキル綾目で次々に撃破し、振り返った。


 魔法が得意なウィザード職のマキナが、刃先に水をまとったレイピア水蓮王で、カナリアのおこぼれを切り裂いていた。さらに確率だが命中すると水属性の花が周囲に咲き乱れるという追加効果がワイバーンたちの体力を奪っている。


 マキナはTシャツに書かれている人生は蚊取り線香という文章を見せるように胸を張ると、レイピアを騎士風に構えた。精霊ウンディーネを模ったナックルガードがきらりと光っている。


「ねぇ、もう少しファッションに気を使ったら? その武器に合ってな~い」

「ほっとけ」


「今度、コーディネイトしてあげよっか」

「いらんって」


「っていうかさぁ、魔法職なのに、魔法使わないって舐めプなの? ねぇねえ、舐めぷぅ? 」


「ぶはっ! ぷぅって……やめれ。ここの雑魚は強くないから、たまにはこういうのもいいだろ? 」


 彼らはケラケラと楽しそうに笑いながら、パキラたちが苦戦していたワイバーンを通常攻撃の1撃で倒していた。ワイバーンの炎を手で軽く掃ったマキナが、う~んと唸っている。どうやら服装を駄目だしされたことが心に引っかかっているらしい。


「……そんなにこの服装、駄目か? 」


「あはっ。ごめん、レイピアって騎士っぽい武器なのに、マッキーったら面白Tシャツにジーンズなんだもん。つい言っちゃった」


「そういえばそうだな……。たまにはファッションに投資してみるかぁ。ルーもたまにはイメチェンしたらどうだ? 」 


「え? 僕は製作にお金を使いたいから、このままでいいよ。リア、召喚者は?」


 カナリアに召喚されたルードべキアはフードを下げてオッドアイの瞳とぼさぼさな銀髪を出すと、無表情のまま、ずり落ちた眼鏡を中指でくいっと押し上げた。落雷をひらりと避けて、自分に向かって滑空している敵の頭をアサルト式種子島で撃ち抜いている。


 ジャンプ攻撃で大ダメージを与えるスキル飛竜で遊んでいたカナリアが体操選手のように、トンとルードベキアの前に着地した。


「召喚者は良い感じで、安全地帯あんちっぽいとこにいるよ。リフレクトヒール投げておいたから、直ぐに回復するし、大丈夫じゃないかな」


「それじゃぁ、僕はボスタゲ取りにいってくるかな。リアとマキナは召喚者周辺の雑魚を掃除してから来てくれ」


 会話を聞いていたマキナはニヤリと笑って左手の親指を突き立てた。お遊びを止めたカナリアはスキル毒蟲でダガーに毒を付与すると、シーフスキル俊足を発動して、軽やかにそして踊るように赤い鱗のワイバーンたちを瞬殺していった。


 毒に侵された彼らが死ぬ度に発生する毒だまりが足の踏み場もないくらい大地に広がっている。その上をルードベキアが銀髪を揺らしながら走り抜けた。


 マキナは無数の水刃が渦巻を描きながら吹き出す水弾を上空にいるワイバーンの群れに撃ち込んでいた。水属性が弱点である彼らは敵に一太刀与えることもできずに消滅している。討伐報酬品が殺虫剤が直撃した蚊のようにポトポトと地面に落下した。


「リア、ドロップアイテム泥品はどうするんだ? 」

「ルーが種子島を作る素材になるから欲しいって言ってたよ~」


「まじか!! 俺の分も作ってもらおう……。楽しみだなっと」

「マッキーの種子島愛は深すぎっ」


「だってリアルじゃ銃器は持てないし……。それに、ルーがリアルじゃ絶対に手にできない改造銃を作れるんだぞ! ロマンだよ、ロマン! 」


「う、うーん。分かるような分からないような……。ねぇ、こいつらって無限沸きだったっけ? 」


「クリスタルを破壊しなければ止まるよ。さて、さっさと雑魚掃除して、ドロップアイテム泥品拾いに専念するぞ~! 」


「ぷっ。マッキーったら……ボスがまだいるんだけどなぁーー」



 マキナがウキウキしながらドロップアイテム拾っている一方で、桟橋手前に到着したルードベキアは種子島を改造した手製の銃器を取り出していた。ロケットランチャーを撃つように構えて、ロケットに似た弾を発射した。


 それは煙雲を吐き出すこともなく、とても静かに、誰にも気付かれることなく……ボスである守護龍ジェイドの顔面に直撃したーー。守護龍ジェイドは眩暈を起しているのか、ぐらりとよろけて頭をふらふらと揺らしている。


「よし、クリティカルヒット! こいつ、レベルの割に体力がめちゃくちゃあるんだよなぁ。部位破壊したら、あとはマキナに丸投げってことで……レッツもう1発! 」


 ルードベキアは素早く弾を装填しながら、この武器を初めてマキナに見せた時のことを思い出していたーー。マキナは工房塔の休憩所で目を大きく開けながら、手をわなわなと震わせてた。


「な、なんだよコレっ!? 種子島ってデフォルトデフォは火縄式だろ? それなのに、どうみてもロケランじゃないか! サイレンサー付きだって? ありえない仕様だっ」


「面白いだろコレ。いやぁ、僕も驚いちゃったよ。まさかね、こんなのが出来ちゃうなんてね。あはは」


「……俺も欲しい。今すぐ欲しい。頼む……お金をちゃんと払うから、この改造銃を俺のために、作ってくれ! 」


「う、うーん。それが……。すまん、偶然できたやつだから、同じものはもう出来ないと思う。ーーマキナ? 大丈夫か? 泣いてる? お~い? 」


 顔を両手で覆っていたマキナは……超ショックと小さな声でつぶやいていた。



「このボスのドロップアイテム泥品使うから、ちょうどいいな。街に戻ったら再トライしてーーいや今日はもう遅いから、明日か……」


 ルードベキアは引き金に指をかけて、真っすぐ自分に向かって突進してくる守護龍ジェイドの頭を狙った。雑魚掃除がほぼ終わったカナリアは走りながらルードベキアをロックオンすると、リフレクトスクロールを投げつけた。


 スクロールの魔法で作られたリフレクトドームがロケット弾を発射したルードベキを包んだ。その出来たばかりの安全地帯にテレポート移動で潜り込んだマキナはウィザードの最大火力ですべてを終わらせるために、レイピアから専用武器の魔術書に変えた。


 上空に翡翠湖のサイズの赤く燃える隕石がぼんやりと現れたーー。


 スキル俊足を使ったカナリアは、飛び石のように水面をかけている。スタンピートが壊した紫色のクリスタルは2つとも復活していた。次々とワイバーンが生まれカナリアを襲っている。


「足場が飛んできた。丁度よかったよ! 」


 カナリアは突進してくるワイバーンの頭にポンと手ついて跳び箱のように飛んだ。さらにパキラを見上げながら炎を吐き出そうしていた個体の顔を踏みつけてジャンプすると、次は別の個体の背中を踏みつけて……という具合に、彼等を橋代わりにして守護龍ジェイドに近づいて行った。


 ルードべキアが撃ったロケットに似た弾丸は、守護龍ジェイドを守るために浮いていた5つの水球に防がれて爆発してしまった。サポート役に切り替え時だと悟った彼は消えかかったリフレクト壁にかぶせるように自前のスクロールを発動させた。


 ワイバーンたちが魔術書を開いてジッと上空を見つめているマキナに食いつこうとしている。さらに生まれたてほやほやの竜巻がルードベキアのリフレクト壁を壊そうと体当たりした。


 彼らが弾けて散る音と同時に、燃え盛る隕石が守護龍ジェイドを含めた、ありとあらゆるものを焼き潰すかのように、じわじわと落ち始めた。ーーカナリアはそんな事を全く気にもせず、炎をまとったダガー、火喰いでクリティカルヒットを繰り出しボスの体力を削っていた。


 隕石が落ちた翡翠湖はさながら地獄絵図のような光景になった。


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「相変わらず、マッキーの魔法は魔王さながらの凄いゴイスな威力だね。どこもかしこも真っ赤だったけど、パーティ組んでれば、フレンドリーファイヤーがないから安心之介だったわぁ。おっつ」


 カナリアは湖から上がると、水にプカプカと浮いていたプレゼントボックス型のボスドロップアイテムをルードベキアに手渡した。ボックスをすぐに開封したルードベキアは欲しかった角を持ったままニンマリと笑っている。


「うはっ。ユニークの宝玉は無いけど、レアの角がデター! 部位破壊出来てたんだな。あとは鱗と骨か……ぐふふ」


「角ってロケラン作った時の素材だろ? ルー、帰ったらすぐにトライしてくれっ」


「マキナ、慌てるなって。他にも必要な材料を集めなきゃいけないから、今日やるのは無理だよ。それに、僕が使ってるやつと同じのができる確率はかなり低いよ。期待しないでくれ」

 

 マキナは尻尾をだらんと下げている子犬のような顔でうなだれた。全身びしょ濡れのカナリアはタオルで頭を拭きながら、クリーニングアイテムで服を乾いた状態に戻している。


「ここさぁ、ドロップアイテムドロをもっと拾いやすくして欲しいよね。ボスのは水に浮くけど、雑魚のは全部、沈んじゃったよ」


「ボスは釣りあげて地上で戦うのが普通なところを、端折って直攻撃したから、仕方ないって。それと雑魚は……まぁ、うんーー」


 ルードベキアがウキウキしながら翡翠龍ジェイドの角をスマホのインベントリにしまっている隣で、顔を上げたマキナは腕組みをしながら湖を眺めた。カナリアは不満げな顔で首にかけたタオルの両端を手で握っている。


「むむむ……。ねぇ、マッキー、専用の釣り竿ってさ、使い切りなのに反復クエやらないと手に入らないやつだよね? 」


「そうそう、あのちょっとメンドクサイ、クエ。 受けに行く? 」


「あはは……。泳ぐ方が楽だから遠慮する……。さ、て、と、召喚者はもう安全だから帰ろっか」


「会わなくていいのか? 」

「ヒーローは、名乗らずに立ち去るのだった。へくしゅっ」 


 キランっと金色の瞳を輝かせたカナリアはパチンとウインクすると、エメラルドのような移動石を握った。移動したことが分かるエフェクトが消える前にマキナもまた、彼女に続いて街に戻っていった。置き去りにされたルードベキアはきょとんとした顔をしている。


「え、置いてけぼりかよ……。う~ん、リアがリフレクトヒール投げてたなら、全回復してるだろうけど、一応、確認してから帰るか……」


 ルードベキアはスマホのインベントリを開いて、騎乗アイテムであるスケボーのアイコンを押した。


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 パキラはとっくの昔に目を覚ましていたが、身体がこわばって岩の隙間から出る勇気がなかった。辺りが静かになって初めて、様子を確かめようと這い出した。


 青い空を白い雲がゆっくりと流れている。竜巻に破壊されていた森は、ここに訪れた時と同じような風景に戻っていた。あの激しい戦闘は夢だったのではないかと思うほど、牧歌的で穏やかだ。


「たかがゲームと言う人もいるけど、されどゲームだなぁ」


 空を見上げながら、パキラは生き残ったことを素直に喜んだーー。


 パキラがぼうっとしていると……銀髪の男性プレイヤーが話しかけてきた。大丈夫なようだね、じゃあーーと言う彼の言葉を映画を観ているような感覚で聞いている。パキラは赤い花の上でキラキラと輝く移動石を使ったときのエフェクトをじっと眺めたーー。


「あぁ、しまった! お礼を言うのを忘れた……。名前も分からないよ……どうしよう……」


 自分の様子を見に来てくれた名も知らぬ人の顔を思い浮かべた。ヒーロー認定補正がかけられ、少女漫画の出会いのようなドラマチックなシーンに切り替わっている。ドキドキが止まらないパキラは彼の微笑みが心に擦り込まれていくのを感じた。


「あ、スタンピートさんに連絡しなきゃ! 始まりの地で心配しているよね。お礼も言わなきゃーー。あと、助けてくれた人の名前を聞いてみよう」


 首筋が熱くなるのを感じながらスマホ画面を指でなぞると、スタンピートからインデンの街にいる、というメッセージが届いていた。


「インデンかぁ、ちょっと遠いなぁ。あ、工房塔のカフェで待ち合わせすればいいのか……えっとーー」


 元気になった途端に、自分の経験話をスタンピートに喋りたくなってしまった。そそくさと移動石を握ろうとしたが……何かを思い出したかのようにピタリと手を止めた。


「あぁ!! あの人の戦闘を見ておけばよかった! 」

「カンストさんの戦いぶりを間近で見られるチャンスだったのにぃい! 」

「ありがとうのひと言も言えてないしぃ! 」

「私って……ダメな子すぎるぅう! 」


 パキラは矢継ぎ早に自分を叱咤すると、今さら気が付いても後の祭りだなと気持ちを切り替えて街に戻っていった。



 ーーそして奏は……大型スクリーンから目を離さずに、立ち上がって拍手喝采していた。


「ねぇねぇ、ビビ、見た? 凄かったよね! 本当に凄かった……。こういうの、『まじぱねぇ』って言うんでしょ? 僕、感動しちゃったよ。わぁあい、逆転ホームランっ、まじぱねぇ! 」


「あるじさま、少し国語の勉強するにゃ……」

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