第3話「他に誰がいるっつーんだよ」

土で固められた街道を、一台の馬車が疾走する。行商人なのだろう。二頭立ての幌馬車には荷物が詰まれ、車輪をガタガタと鳴らしている。



「くそっ、ダメだ、追いつかれる!」



行商人が背後を見れば、大型犬くらいの黒い体毛をした魔獣、ブラックドッグが追ってきていた。


森の浅部にいる魔獣の一種で都市部付近だと駆逐されているが、田舎となると、まれに出没する。

しかしこの街道沿いで遭遇したのは、これまで幾度となく行き来していたその行商人にとっても初めてのことで、さらに運の悪いことに、大型犬サイズのそれの背後には、馬ほどの大きさもある“中型種”が追いかけていた。



「くそ、仕方ない……あんたたち、少し手伝ってくれ! 荷を投げ捨てて馬車を軽くするんだ。このままじゃ馬車が持たねぇ」



ガタガタ揺れる荷車には荷物のほか二人の男が乗り合わせ、背後の様子を見ていた。



「中型種もいるんだ。戦っちゃ勝ち目はねぇ。荷物をすててとにかく逃げるんだ。生き残るにはそれしかねぇ!」



舌を噛みそうになる振動だが、構わず声を張り上げる。しかし、背後の二人は御者の指示に従う様子はなく、少し言葉を交わすと御者へと振り返り、声を上げた。



「あんたは先に町に向かいな! こいつらは俺一人で食い止める」


「は? 馬鹿な! 中型種が混じった群れだぞ! いくら腕自慢のハンターでも一人じゃ勝ち目はねぇ!」


「はん、あんなの屁でもねぇぜ。一応護衛に弟を残していくからよ、後で迎えを寄越してくんな」


「おい!」


「無事に帰れたら、麦酒エールの一杯でも奢ってくれな。じゃあよ!」



男が愛用の大剣を手に疾走する馬車から飛び降りる。



「クソっ、すまねーーーーー!!」



御者が声を上げつつ馬に鞭を打つ。



「へっ、相手は魔王ってんじゃねーんだ。墓標はいらねーよ」



走り去る馬車を背に、ツルツツ頭に棘付きの肩パットを装備した悪党面の男が、金属音を鳴らしつつその大剣を抜いた。



 ◇ ◇ ◇



「やっぱり見殺しには出来ねぇ!」



しばらく走ったところで御者は馬車を止め、引き返すべく来た道へと馬を向け鞭を打った。



「おい、なんだァ? 戻んのか?」


「なぁ弟さんよ、ああは言われたが放ってはおけねぇ。このまま死なれちゃ後味わるいし、確かに俺はただの商人だが剣もある。いざとなったら」


「素人が生兵法で何とかしようと思っちゃいけねぇなぁ」


「あんたの兄貴だぞ、心配じゃねぇのか!」


「ああ、まったく心配してねぇ」


「中型種だぞ! 小型種だって何匹もいたんだ。並みのハンターなら一人じゃ死んじまうよ」


「まったくわかってねぇなぁ。ま、そろそろあの場所だから、見りゃわかるか。兄貴も迎えを待つ手間も省けるだろうしな」



すると間もなく男が飛び降りた場所にたどり着くが、商人の予想のおよそ真逆の光景が広がっていた。



「おぅ、戻ってきてくれたのか。わりぃな」


「あんた! いったい何が……」


「何がって、ああこいつらか。みんな倒ししまったよ」



当たり一面、ブラックドッグの残骸と血がまき散らされており、その中には強敵なはずの中型種の死骸もあった。



「あんた……一人でやったのか」


「他に誰がいるっつーんだよ」


「だってよ、この数で中型種もいるんだぞ。ブロンズクラスじゃ無理だ。最低でもシルバークラスのパーティーじゃないと……あんた、まさか」


「ああ、ゴールドクラスだ」


「なんだって!」



魔物や魔獣の討伐をはじめ、様々な仕事を請け負うハンターという者たち。彼らはハンターギルドに所属し、その強さに応じてブロンズ、シルバー、ゴールドと分けられている。

ごくごく少数のオリハルコンなんていうクラスもあるが、そいつらは強さとともに英雄的実績も必要で、数いるハンターの中でもほんの一握りだ。


ゴールドはそれに次ぐわけだが、それでもハンターの中でもトップ層に位置し、このイスラハネス領の片田舎、ルーツネル男爵領には一人か二人いるくらいだが彼らは男爵に直接雇われており、こんな外れの街道で出会えるわけがない。



「まぁもっとも、ギルドを追放されちまってな、ハンタータグは今持ってねーんだ」


「そういう意味じゃ、俺たちハンターですらねぇな。グハハハ」



野太い声で笑いあう兄弟。彼らはどう見ても山賊か野盗にしか見えないが……



「まぁとりあえずアレだ。ほら」



兄が手のひらを御者に向ける。



「あ、ああ、そうですよね。お待ちください」



圧のある強面に御者が冷や汗を感じながら、貴重な稼ぎの入った革袋を取り出しその手に置く。



「なんだァ、これ」



不機嫌面を晒す、悪漢とも見まごう事なき男。その迫力に足が震えそうになる。

そもそもなぜ彼らを乗せてしまったのかと後悔を滲ませるが、気の弱い彼が押し切られたのも当然ではある。



「す、すみません! ゴールドクラスとなると、足りないですよね。ま、町での儲けでお支払いしますので、数日お待ちいただければ……」


「は? なに勘違いしてんだ。ちげぇよ。こいつもいらねぇ」



投げ返される硬貨の入った革袋を受け止めるも、頭は混乱している。



「魔獣の死骸、売れば稼ぎになるだろ? 持って帰るからロープを寄越せ」


「え? 護衛のお代は?」


「は? あんた俺らをタダで乗せてくれてんだ。これぐらいするだろ普通」


「いえ、普通はこれ追加報酬が必要なくらいで……あなた方はゴールドクラスですし」


「だからタグは持ってねーから、ハンターですらねーっての。いいからそれはあんたの商売に使いな。あ、この魔獣らの売り上げは半分くれよな」


「むしろ全額差し上げたいところですが……」



人の良すぎる行商人に、気前の良すぎる兄弟。


彼らはいつも、なぜか金欠である。

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