第2話「お前ら、ありがとよ。頼んだぞ」

「あんたたち、聞いたよ! ギルド追い出されたんだってね」



翌朝、常宿の食堂で少し遅めの朝食を取ろうとしていたところ、馴染みのお女将が話しかけてきた。



「おいおい耳が早えな」


「もうこの話でもちきりさね。副ギルド長に随分悪さしたみたいに言われたみたいだけど、誰も信じちゃいないよ」


「そりゃ、人徳ってやつだな。ガハハハハ」


「兄貴、それ自分で言うことじゃないぜ。グハハハ」


「二人とも笑ってる場合かい! タグも返しちまったんだろ? 仕事できないじゃないかい」


「ちょっと大人げなくムカついちまってな。勢いで投げ返しちまったよ」


「あのままじゃ嬢ちゃん、どこまでも着いてきそうだったしな」



するとお女将が呆れ顔を引き締める。



「あんたたち、街を出るって話は本当かい?」


「ん、ああ、そのことなんだが……」



言いかけたその時、宿のドアが押し開けられ、何人もの人が押し入ってくる。若者から老年、男女問わず、その誰もがハンター姿だ。血気盛んな面々が、眉間にしわを寄せ口々に吠える。



「アニー、オットー、お前ら!」


「二人とも、逃げる気なの!?」


「てめぇらには借りもあるんだ。貸し逃げなんて許さねーぞ」


「とんずらするなんて、俺たちが許さねぇ!」



事情を知らぬ、食堂に同席した旅商人が乱闘でも起きるのかと顔を青くする。


それはそうだ。囲まれている兄弟は棘や鋲のついたイカつい服装に、山賊と見まごう顔立ち。どう見ても堅気ではなく、ハンターたちの恨みを買っているに違いない。誰だってそう思う。

旅商人は逃げようと決意するも逃げ道はハンターらで塞がれており、いよいよとなったら窓からでもと思っていたところで、続く言葉に意表を突かれる。



「俺たちは、お前らに恩返しの欠片もできちゃいない!」



ハンターら一同が頷き、旅商人は首を傾げる。



「新人の頃、なにも分からねー俺たちにハンターのイロハを教えてくれて、上手い飯屋や安い宿を教えてくれたり、難しい依頼を手伝ってくれたり、食うに困ったら飯も食わせてくれて……どれだけ借りがあると思ってんだ!」


「アドバイスのおかげで、危なかったときに命救われことがある!」


「調子乗ってた私を叱ってくれて、おかげで成長できたわ」


「返す当てもない金を貸してくれたり、そのせいでいっつもお金が無いって。兄貴たち、地元にも仕送りしてたし」



ハンターたちが、目に涙を浮かべながら声を上げていた。



「お前らが誤解を受けやすいのは知ってる。でもな、誰よりも面倒見がよくて心が暖かいって、みんなわかってるんだ!」


「そうだそうだ!」


「私たち、二人の味方だよ!」


「……お前ら」



アニーとオットーが、その目にきらめくものを浮かべている。



「だから、街を去るなんて言わないでくれ!」


「これっきりでお別れなんて、私は嫌よ!」


「もしあんたらが出ていくってんなら、俺ら……」



ハンターらが熱くなりはじめる中、アニーがガタッと立ち上がり鼻をひとすすり。



「お前らの気持ちはよく分かった。だが、予定は変えられん」


「アニー!」


「勘違いするな。俺たちは何もあの嬢ちゃんに言われたから出ていくわけじゃねぇ」


「だったらなんで」



するとオットーがアニーの肩を叩き、かわりに話始める。



「兄貴も俺もハンター生活なげぇが、ろくすっぽ故郷に帰っちゃいねぇ。親父が腰を悪くしたって話もあってな、これを機に少し親父とお袋の顔を見てこようって寸法よ」


「俺もオットーも、言われのねぇ追放処置なんざ気にしちゃいねぇ。嬢ちゃんの言う通り去るみてぇになるのは気に食わねぇが、いい機会だ」


「なんだよ、俺たちてっきり」


「だがよ、不在にするのは少し心配だ。若ぇハンターたちが何も知らねえまま仕事で酷い目に合うってのは、あんまりだ。だからお前ら、俺たちの代わりに、この街を、このギルドを頼めねぇか」



アニーが近くにいた青年ハンターの肩に手を置き、周囲のハンターたちをぐるりと見まわす。



「アニーお前、そこまで考えて……うっ」


「馬鹿野郎、なに泣いてやがる。お前らもだ」


「だってよぇ」


「アニー」


「オットーの兄貴ィ」


「だって俺たちよぉ……」


「泣き虫どもめ、そんなんで俺らのかわりが務まるのかってんだ」


「アニーだってぇ」



アニーが、オットーが、食堂に集まったハンターらや宿の女将、厨房の料理人、居合わせた旅商人、そしてそれを何事かと宿の外から覗いていた街の人たち、皆が目から雫を零していた。



「アニー、オットー、安心しろ。俺たちがしっかりギルドを守ってやるよ」


「安心して、ご両親に会ってきてね」


「ちゃんと帰ってくるんだぞ!」


「お前ら、ありがとよ。頼んだぞ」



その少し後、多くのハンターや彼らと親しい人々に見送られ、二人は街を発った。


その集団の中には並のハンターだけではなく、最高位ハンターやベテランハンター、中には街の有力商人や領騎士団の者、剣聖とまで呼ばれた剣士や姫と呼ばれる女性、勇者の称号を持つ青年、聖女など、見送る者、見物者などでちょっとした騒ぎになっていた。


そして集団から外れた向こうで、少女にしか見えない金髪の女 ―― 副ギルド長見習いがその小生意気な顔を、不敵に、してやったりと歪めていた。

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