#5 4公会議

「誰か、黒江にプリント届けてくれないか?」


担任の渡辺の一言に、男子たち数名の手が上がる。世の男たちはああいう容姿が好み

なんだな。俺は女全般が嫌いだから分からないけど。


しかしどうしてだろうか、俺も数人の男子たち同様、手が上がった。何のためらいも

なく、すっと上がった。


おまけに「俺、クラス委員長なので」と権力行使をしてしまう始末。


それもあってか、黒江の伝書鳩は俺に決まった。


「ずりいよ!」とか、「出雲って意外と肉食なんだな」とか勝手な解釈の声が聞こえ

る。


「喜福くんはクラスメート思いなんだね」と、隣から賀陽が作り笑いのような表情で

笑う。


批判殺到の教室を出て、俺は黒江瑠璃、本当の素性は滅魔名家のルナ・ヘルメス嬢が

住むマンションのエントランスにたどり着いた。


郵便受けがあるのに、部屋のインターホンを鳴らしてしまう。


『はい』と、かしこまった声が聞こえてきた。


「学校の課題持ってきたから、ちゃんとやっとけよ」


『分かってるわよ、現世人』


いちいち憎まれ口を叩かなければ会話もできないのかこの女は。


「足、治ったか?」


『まあね、あんたらみたいに魔力がない人間じゃないから、魔力で治癒した。すごく

疲れたけど』


俺は安堵する。


「そりゃよかったな。じゃ、俺はこれで」


『待って』


「あ?」


たん、とスリッパがコンクリートに叩きつけられたような音が鳴った。


振り返ると、5階にいるはずの黒江が、背後のガラス戸から入ってきた。


「これ」


差し出されたのは、近くにあるケーキ屋の名前が書かれた紙袋。


「しょ、消費期限がもう切れてるし、昨日ちょっとは役に立った手下にくれてあげ

る」


「ああ、ありがと。でも、ちゃんとエレベーターは使えよ」


「あんな現世人が作ったガラクタになんか誰が乗るもんですか。視線がなかったらこ

うやって飛び降りた方が楽ね」


俺はマンションを後にする。


昨日、胸倉を掴まれて脅された河川敷までたどり着く。


紙袋の中身はシュークリームだった。小さな包みの中に入っていて、その包みのシー

ルに『消費期限:4月23日』と記載されている。


あいつは良いやつだ。


明日の日付が記載された包みを開けて、内容物を頬張った。




     △△△




「放っておけ、あんなのは俺の娘ではない」


「どこのじいさんも酷いのばっかだな。こんな老害が俺と同じ正界4公だなんて悲し

い話だぜ」


4公会議。


月1で行われる、国の経済だの政治だのの話し合い。面倒な会議。出席者は正界の法

王と俺たち4公とそれぞれの4公補佐、書記係と進行役。


今回は、現世での魔物討伐の人事について。俺はヘルメス家当主兼、正界4公のアー

ス・ヘルメスに、娘であるルナ・ヘルメスの帰還を提案するも鼻で笑われるだけだっ

た。だから、お返しに嫌みを言ってやると、


「ラグナ! 口を慎め」


と、滅魔名家の中でも筆頭名家として位置するソロモン家当主兼、正界4公のレイ・

ソロモンにたしなめられる。


「へえへえ。レイくん昔は良いやつだったのにな。筆頭名家の若頭は、ついにジジイ

どもの毒気にやられちゃったわけね」


「ところで、この書類の人物。本当に現世に送っても問題ないのですか?」


レイは俺の皮肉などお構いなしに本題について言及した。


「問題ない」と言いながら法王が俺にほくそ笑む。


「最近は魔物どもも強固で狡猾になっている。出雲喜福のような現世人の腑抜けでは

到底対処できぬほどにな」


「心臓つぶすぞクソジジイ」


俺は睨みつけた後に、あらためて書類に目を通す。


まあ、このジジイどもの意見には今回ばかりは賛成だ。ただ、現世がもっとえらい目

に遭わないかと言われれば話は別だけど。


「ただこの男、腕は立つ。現世の人間どもに多少の被害は出ても、魔物討伐には役に

立つだろう」


再び、シワだらけの憎たらしい顔を不敵にゆがめた。


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