番外編 アレクの文通・後編

 前回の続き。

 今回はモニカ視点です。


********


 ――コンコンコン。モニカ様。コンコンコン。お顔を見せて下さい。


 そんな音と声が続いて、もうしばらく経つ。

 私は、勇気を出してアレク様に文通の約束を取り付けた。

 私が焼いたクッキーを美味しそうに食べてくれただけでも嬉しかったが、憧れのアレク様と文通が出来ると思うと、飛び上がるような気持ちだったのだ。


 なのに。


 アレク様は、手紙のお返事を、なかなか下さらなかった。

 私は、文通の約束をしてすぐにアレク様にお手紙を書いたのだ。

 はやる気持ちを抑えて、出来るだけ上品に。



 子供の頃から憧れていたアレク様。

 お姉様がラインハルト殿下と婚約を結び、殿下は公爵邸にたびたび顔を出していたが、ある時お付きの護衛騎士がアレク様に変わっていたのだ。

 騎士として優秀なアレク様は、殿下の要望もあって異例の速さで護衛騎士に任命されたと聞いた。

 アレク様に再会した時は、心臓が飛び出るかと思ったものだ。

 「ああ、これは運命だ」と。

 憧れは、いつしか当たり前のように「好き」という気持ちに変わっていた。



 ――コンコンコン。モニカ様。お願いですから、どうか開けて下さい。


 すっかり声変わりして、低くなったアレク様の声。

 普段は落ち着いて頼りになるアレク様の声が、今は泣きそうな、切なそうな響きをはらんでいる。


「……アレク様」


 私が扉の前に立ってその名を呼ぶと、扉の向こうで息を呑んだような気配がした。


 ――モニカ様? お願いです、開けてもらえませんか。俺はモニカ様に直接謝りたいのです。


「……いいえ。開けません。今日は会いません」


 私は今、きっと、とても不細工な顔をしている。

 目は泣き腫らしてしまったし、お化粧もしていない。

 ベッドでゴロゴロしていたから髪も衣服も乱れているし、不機嫌な表情だ。

 いくらつれなくても、好きな人だ。

 こんなだらしない姿は見られたくない。


 ――でしたら、手紙だけでも受け取っていただけませんか。


「……手紙?」


 ――はい。扉の前に置いておきますので、どうか読んでいただけませんか。


「……気が向いたら、読みます」


 ――ありがとうございます。では……失礼します。


 アレク様はそう言い残した。

 すぐに階段を降りていく音が聞こえ、廊下は静かになったのだった。

 私は恐る恐る扉を開け、誰もいないことを確認すると、扉の前に置かれていたシンプルな白封筒を手に取った。

 部屋に引き返して再び扉に鍵をかけると、文机に向かう。

 ペーパーナイフを手に取り、ゆっくりと封筒を開封した。



『モニカ様へ。


 先日は、たくさんのお手紙をお送り下さり、ありがとうございました。

 一通一通、大切に読ませていただきました。


 そして、俺が手紙を書くのが苦手なせいで、悲しい思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。


 ひとつひとつのお手紙に、どうお返事をしたらいいか考えていたら、時間ばかりが過ぎてしまいまして。

 ようやくお返事が書けたと思った頃には、次のお手紙をいただいてしまい、そのお返事を考えているとまた手紙を出し損ねて……。


 今日、ラインハルト殿下に怒られました。

 上手く書かなくてもいいから、とにかく返事はしろと。

 手紙にたった一文しか書いていなかったとしても、貰った方は嬉しいんだと。


 俺は、一番やってはいけないことをしてしまったと、恥入りました。

 綺麗な文言も思いつかない、気の利いた一言も添えられない、こんな俺ですけど、俺なりの言葉で俺の気持ちを伝えていれば良かったんですよね。


 俺は、手紙が苦手です。

 返事を書くのも遅くなると思います。

 けれど、これからは俺なりのやり方で、誠実にモニカ様と向き合いたい。

 ですから、今後も文通を続けていただけると嬉しいです。


 勝手なことばかり、申し訳ありません。

 また、貴女のひまわりのような大輪の笑顔が見られるのを、楽しみにしています。


 アレク・ハーバート』



 読み終えた手紙に、私の涙が落ちる。

 滲むインクに、慌てて涙を拭った。

 私は泣くことなんてほとんどないから、こんな自分の反応に困ってしまう。


「アレク様……」


 私ばかりが必死で、馬鹿みたい――そう思ったらとにかく悲しくて、自分にもアレク様にも怒りが向いて、やり場のない気持ちをずっと抱えて悩んでいた。

 けれど、アレク様は彼なりにちゃんと向き合ってくれていたのだ。

 思うまま奔流のように気持ちが溢れてくる私と違って、アレク様はひとつひとつの気持ちに、ひとつひとつの言葉に、丁寧に向き合う人だったんだ。

 形もペースも違うけれど、決して想われていなかった訳ではないんだ。


「……ごめんなさい……ごめんなさい」


 決して泣き虫ではないはずの私。

 今日だけは、間欠泉のように涙が溢れてくる。

 アレク様の言葉がそのまま綴られている、大切な大切な手紙を胸に抱いて、私は扉の前で立ち尽くしていたのだった――。



______



 それから数日後。

 私とアレク様は、文通を再開した。


 私は、アレク様の負担にならないよう、手紙を書く頻度を減らして、その代わり内容を増やした。

 アレク様は、内容を簡潔にする代わりに、返事を早く送ってくれるようになった。


 分厚さの違う、手紙のやり取り。

 けれど、私たちにはこれが丁度良いみたい。


 お互い心地良くやり取りをするための、ちょっとした気遣いと譲歩。

 片方にばかり負担がいかないように、相談しながら、対等な関係を結びたい。

 これが私たちの答えだった。



 そして、あの時の喧嘩から三ヶ月。

 私とアレク様――いえ、アレクは、お付き合いすることになったのだった。


「――ねえ、アレク。私、幸せだよ」


「俺もですよ。モニカ様」


「様なんて、他人行儀だわ。やめてよ」


「こ、公爵家のご令嬢にそんな、恐れ多いですよ」


「ア・レ・ク?」


「……わかりましたよ。――モニカ」


「〜〜〜!!!」


「……で、でもやっぱり、二人きりの時だけにしましょうね」


「〜! 〜〜!!」


 私は、顔から火が出そうになりながら、こくこくと頷いたのだった。



(アレクの文通・完)

 


********


 番外編をお読み下さり、ありがとうございました!

 次回の番外編投稿はまだ未定ですが、書きたい構想が出て来たらまた書きたいと思います。

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 またいつか皆様にお会い出来る日を楽しみにしております。

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もしもし、王子様が困ってますけど?〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜 矢口愛留 @ido_yaguchi

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