番外編 プリシラの帰省


プリシラ視点です。


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 卒業パーティーの場でラインハルトとエミリアの結婚が発表されるという、大きなニュースが王国を賑わせてからおおよそ一ヶ月。

 学園は夏休みを迎え、私は弟と共にスワロー男爵領に帰省していた。


「えっ? 殿下とエミリア様がここに来るの?」


「おう。知らなかったのか? なんか色々落ち着いたみたいだから、視察も兼ねて色々な領地を回るみたいだぞ」


 幼馴染のエディは、緑色の瞳を輝かせ、楽しそうに言った。

 今はエディの新しい工房が建つ予定の空き地で、私がエディのために焼いて持ってきたクッキーをつまんでいるところだ。

 エディが遅れて帰省してから数日、突然もたらされた嬉しい知らせに、私は目を輝かせたのだった。


 前世で読んだ小説のシナリオはもう終わり、結局私はラインハルトと結ばれることはなかった。

 だが、私はこれで良かったと思っているし、目の前で美味しそうにクッキーを頬張っている幼馴染への恋心を自覚してしまった今は、何だかんだ幸せだ。

 色々あったが、エミリアに対しては親友……もとい、盟友のような気持ちすら生まれている。


「へー、初耳よ。しっかり準備してお迎えしないとね。ここにはいつ来るんだろ」


「スワロー男爵領に来るのは明日の午後だって聞いたけど」


「明日ぁ!?」


 エディはさも当たり前のように爆弾を投下した。

 私が急に大きい声を出したので、驚いて少しのけぞっている。


「お、驚きすぎだろ。男爵様からなんも聞いてないのか?」


「き、聞いてないわよ! お父様ったらそんなこと一言も……! はっ、だから最近業者まで呼んで屋敷の掃除を始めたのね!? ドレス! ドレスの予備あったかしら!?」


「あちゃー」


 私は呑気にしているエディには目もくれず、急いで屋敷に戻り、クローゼットを漁ったのだった。





 そして翌日の午後、エディの言った通り、ラインハルトとエミリアは数台の馬車と多数の騎士を引き連れて、スワロー男爵家を訪れたのだった。

 父がカチコチになりながらラインハルトとエミリアに挨拶をして、応接室から下がっていく。


 お茶を用意しているのは、王室付きの侍女だ。

 普通の貴族相手であれば私がお茶を用意するのだが、王族となればそういう訳にもいかない。

 特に、今回の視察は、新年のクーデターに協力した貴族たちの領地を巡り、新代官の様子を確認するための視察なのだという。

 この領にはついでに立ち寄っただけだが、安全のために食事もお茶も王室関係者が用意し、毒味もきちんとされているとのことだった。

 私の分も淹れてくれたが、自分で淹れた紅茶とは比べ物にならないほど美味しい。



「プリシラ様、ひと月ぶりですわね。お元気でしたか?」


 相変わらずの美しい笑顔と所作で、エミリアが話しかける。

 隣でラインハルトもいつも通り、完璧な微笑みを浮かべている。

 相変わらず、目が痛くなるほどの美男美女だ。


「はい、お陰様で元気にしてますぅ。父の事業がうまくいったので、バイトも辞めたんです。今後は学業に専念できそうですぅ」


「それは良かったですわ。エディ様はお元気にしていますか?」


「はい、エディは殿下のアドバイスのおかげで、頑張って工房の準備をしてますよぉ」


「そうか。何よりだ」


「そういえば、今日はアレク様は一緒じゃないんですかぁ?」


「ああ、アレクはちょっと野暮用があってな……」


「ふーん……?」


 ラインハルトは何故か遠い目をしていて、エミリアは不思議そうに首を傾げていた。



 しばらく応接室でゆっくりしてもらった後は、軽く近所を散歩して、領内の案内をした。

 スワロー男爵領は田舎なので、ほとんどが田畑や牧草地だ。

 そのため、この男爵家周辺、歩ける範囲内に街としての機能が全て集約されている。

 エディの皮工房が建設される予定の空き地も、仮作業場も、実は男爵家のすぐそばなのだ。


 仮作業場には、作業を眺めるアレクの姿があった。

 窓の外から覗き見えるエディの手元には、ホリデーの時に売っていた白いブレスレットがある。

 アレクは私たちに気がつくと、作業場の扉を開けて外に出てきた。


「こんにちは、アレク様ぁ。アレク様の野暮用ってエディのお店関連だったんですかぁ?」


「あ、ああ、アレクがどうしても頼みたい仕事があったようでな」


 その質問に答えたのは何故かラインハルトだった。


「なんですか、殿下? だれが何をどうしても頼みたいんですって、お義兄……」


「わーわー! 無しだ無し!」


「ふう、終わったよ、アレクさん。言われた通り、お義兄様の文字を消して、殿下の名前を彫っておいたよ。確認し、て……」


 手元を見ながら作業場から出てきたエディは、顔を上げると、目の前のラインハルトが放つ無言の圧力に顔を青くしたのだった。




「ラインハルト様ったら、内緒にすることありませんでしたのに」


「そうは言っても、ほら、モニカ嬢の好意を無にするようで申し訳なくてだな……」


「モニカはそんなこと気にしませんし、私も言いませんわよ」


「それはそうだが……その……」


「エミリア様、殿下はそんな小さいことを気にする男だと思われるのがむぐっ」


「アレク、余計なことは言わなくてよろしい」


「ふふ、赤くなっているラインハルト様も可愛らしくて、素敵ですわよ」


「本当か!? エミリアはなんて心が広いんだ」


 ラインハルトは、アレクの口元からパッと手を話し、目をキラキラさせてエミリアの手を取った。

 完全に二人の世界である。



「なあプリシラ、殿下ってさ、こんなに表情豊かな人だったんだな」


「今私がそのセリフ言おうと思ってたところよ」


「今まで殿下は完璧超人だと思ってたけど、ちょっとイメージ変わったな」


「同じく……」


「あ、そういえばプリシラ。お前にもプレゼントがあるんだよ、ちょっと来てくれ」


「え?」



 いまだにイチャイチャしているバカップルと、白い目でそれを見ているアレクを放っておいて、私はエディの後に続いて仮作業場に入る。


 エディは作業場の奥の棚から革製の小さな箱を取り出すと、どこか緊張した面持ちで私の手を取った。

 エディの瞳の奥には、何やら熱が篭っているように感じる。


「え、エディ?」


 私は、柄にもなく緊張してしまう。

 これじゃあまるで、プ、プロポーズじゃない……!


「プリシラ、これ。受け取ってくれないか?」


 エディは私の手の平に革の小箱を載せると、ゆっくりと蓋を開いていく。

 その箱の中には……


「え、なにも入ってない?」


 何の冗談かと、私はエディの顔を見上げる。

 予想に反して、エディは先程より更に真剣な表情をしていた。


「……俺にはまだ、将来を約束する資格はない。けど、俺がここで工房を開いて、プリシラが学園を卒業したら……その時は、ここに入る指輪を必ず贈る。それまで、この箱をプリシラに持っていてほしいんだ」


「エディ……」


 よく見ると、箱の内側に何か文字が彫ってある。

 見慣れたエディの字だ。



『プリシラへ 永遠の愛を エディ』



 その文字を見て、私は。



「……ぷっ」



 思わず、笑ってしまった。



「……え?」


 エディは、予想外の反応にキョトンとしている。


「ふふっ、あはははは」


「え? え? 何で笑うんだよ?」


「いや、だって、エディ……柄じゃない……! あははははは」


「はぁ〜〜〜!?」


 エディは慌てていたと思ったら、今度は真っ赤になってプルプルしている。

 その反応を見ていると、私の笑いも止まらなくなってしまう。


「ひぃ、え、永遠の愛って! くぅ、あはは……!」


「いや、おま、それ……」


「はぁ、はぁ……、エディにこんな気の利いた真似が出来るなんて、思わなかったよ。……この箱、もらうね。ありがと、エディ」


「プリシラ……!」


「絶対、この工房、成功させなさいよね。私も頑張って卒業するから」


「……! おう!」


 笑いすぎたのか、視界がちょっとだけ滲んでいる。

 エディは、そんな私の目尻に浮かぶ涙を拭うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 私は、エディをそっと抱きしめ返す。

 いつの間に、こんなに逞しく、頼もしくなったのだろう――


 その時、私はすっかり舞い上がっていて、工房の外で三人が窓にぴったりと張り付いていることに、全く気が付かなかった。

 その後は、三人から当然のようにキラキラした目で話を催促され、散々な一日になったのであった。




 出発する馬車の窓から、エミリアが上品に手を振っている。


「プリシラ様! 帰りも寄りますからねー! 何か進展があったら教えて下さいましねーー!」


「よ、寄るのはいいですけど、その話はもう当分いいですぅ!!」


 私の心からの叫びは、虚しく空に消えていったのだった。



********


【あとがき】

番外編をお読み下さっている皆様、ありがとうございます!

筆者は、別作品にてカクヨムコン8に参加しております。


「色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜」

https://kakuyomu.jp/works/16817139559097527845

よろしければ足をお運びいただければ、飛び上がって喜びます!


※上記作品に集中するため、カクヨムコン期間中は当作品の番外編更新をお休み致します。

また来年、お会いしましょう♪

良いお年を〜^ ^


【追記】

3月に番外編を投稿いたします。

お楽しみにー!

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