第31話 クーデターの終わりに

 ラインハルト視点です。

 一部、残酷な表現があります。苦手な方はご注意下さい。


 ********


 フリードリヒは、手に持ったナイフを大きく振りかぶった。

 私は丸腰、抵抗する気はない。

 何故なら――


 ゴッ!!


 鈍い音を立てて、フリードリヒは吹き飛んだ。

 そこには、最早あまり動かない本物の右腕の代わりに、誰よりも頼りになる私の右腕が立っていた。


「殿下、遅くなって申し訳ありません」


「全くだ。右腕を斬られた。しばらく書類仕事できない」


「殿下、あなた左利きでしょうが。軽口が叩けるぐらいなら大丈夫ですね……っと、それよりエミリア様は無事ですか?」


「……どうやら気絶してしまったようだ。アレク、すまないが枷を外してやってくれ」


「承知しました」


 フリードリヒはアレクの一撃で完全に気を失っている。

 しばらく起き上がる事はないだろう。

 私は、近くにあったソファに腰掛け、目を瞑った。

 ……どうやら血を失いすぎたようだ。

 少し気が遠くなってきた――。



 ********



 次に目覚めた時、私は自分の部屋のベッドに寝かされていた。

 どうやらあの後、私も気を失ってしまったようだ。

 身体中至る所にガーゼや包帯が巻かれている所を見ると、城の侍医が治療してくれたようだ。



 あの時、王族の居住区域で待ち伏せをしていたのは、城下の傭兵共だ。

 傭兵とは言っても、きちんと警備や害獣駆除などの仕事についている者ばかりではない。

 中には、裏社会と繋がり、後ろ暗い仕事を請け負う者も存在するのだ。


 私と一緒に突入した騎士もアレクには劣るがかなりの腕前で、私自身もそこそこ戦える。

 だが、二人対複数では分が悪い。

 私達は狭い通路を利用しながら、なんとか凌ぎ、援軍の到着を待った。


 アレクが追いついて来てからは、風向きが一気に変わった。

 アレクは、とにかく圧倒的に強いのだ。

 敵が動けなくなるような急所を的確に狙いながらも、命を奪う事はしない。

 時には手足を狙って斬り、時には剣の腹や柄で殴って意識を刈り取っていく。


 しばらく進むと、フリードリヒの激昂する声が、彼の部屋から聞こえてきた。


「エミリアっ!」


「殿下、行って下さい! 俺もすぐ行きます!」


「ああ!」


 私は一直線にフリードリヒの部屋へ向かう。

 途中で二人の男が斬り掛かってくるが、軽くいなして先へ進む。

 ……が、焦って油断してしまったのだろう、男の一人に右腕を深く斬られてしまった。

 致命傷ではないが、戦いが長引けば危険な傷である。

 だが、長引かせるつもりもない。

 私はフリードリヒの部屋の扉を蹴り開け、抜き身の剣を片手に室内に飛び込んだのだった。



 ********



「殿下、お目覚めですか……! 良かった……」


 先程の事を回想していると、出入り口の扉が開き、アレクが入ってきた。

 アレクは心底ホッとした顔をしている。

 突然私が気を失ってしまって、さぞ心配しただろう。


「……ああ、心配をかけた。エミリアは……?」


「まだ眠っておいでです。隣の、王太子妃のお部屋にお連れしました。モニカ様がエミリア様のお側にいて下さっています」


「……そうか」


 王太子妃の部屋は私の部屋の隣にあり、廊下からも私の部屋からも出入りする事が出来るようになっている。

 本来は結婚してから王太子の妻に与えられる部屋なのだが、今回は緊急事態だし、隣同士の方が警備もしやすいから、妥当な判断だろう。


 私も大怪我をしていて外には出られず、ナイジェル殿も忙しくしている。

 今頃ブラウン公爵と御婦人も夜会に出席しているだろうから、落ち着かないかもしれないが公爵邸に帰す訳にもいかない。


「殿下……、少々、物を申してもよろしいですか」


「……ああ」


 私が頷くと、アレクは怖い顔をして、すうっ、と息を吸ってから一気に捲し立てる。


「殿下、あなた自分が命を狙われてるの分かってて何でたった二人で突っ込むんですか! 俺が到着するのがあと少し遅かったら厳しかったですよね? もう一人の騎士も満身創痍でしたよ!? 罠ぐらい仕掛けられてるに決まってるじゃないですか! 全く!」


「……それが最善だと思ったんだ。私がエミリアの捜索に人員を割けば、父上が狙われる。かといって他の事が片付くまで待っていてはエミリアが危ない……」


「……だからといって、殿下が危ない目に遭っていいなんて事にはならないんですからね。本当に気が気じゃなかったんですから」


「……すまなかった」


 私は冷静に判断し、行動したつもりでいたが……どうやらそうでもなかったらしい。

 全て上手くいったから良かったものの、最悪私もエミリアも助からなかったかもしれない。


「……本当に、よくご無事で……」


「アレク……ありがとう」


 私は、本当に恵まれているな……。



 ********



 ナイジェル殿からの中間報告によると、夜会の招待客が入ってくる前に、クーデターに関わった人間はほとんど全て捕え終わったとの事だ。

 早めに城門を封鎖したのが功を奏したらしい。

 この城は堀も深く城壁も高いため、王族だけが知っている隠し通路を使うか、特殊な技能でもない限り、城門を封鎖してしまえば出入りは難しいのだ。

 幸い、フリードリヒは隠し通路について口外しなかったようだ。



 一方、尋問の方はというと、そう簡単には進まないようである。

 フリードリヒはあっさりと罪を認めたが、ドノバンは知らぬ存ぜぬを決め込んでいるようだ。

 だが金で雇われた者達やドノバン一派の貴族達が先にボロを出しつつあるし、これまでに集めた証拠もある。

 フリードリヒも正直に話しているようだから、もはやドノバン一派の失脚と処罰は免れないだろう。



 フリードリヒは、私がボールルームから出て行った少し後に会場を出て、私とは別の方向から自分の部屋に向かったようだ。

 殆どの罠の計画と手配をしたのはドノバンだが、エミリアを拉致する計画を進言したのはフリードリヒだったそうだ。

 フリードリヒがエミリアを慕っている事には気付いていたが、ここまで拗らせていたなんて思わなかった。

 そもそも姉のように思っているのだろうとしか考えておらず、恋愛感情があっただなんて、思いも寄らなかった。



 紅茶に眠り薬を入れた女官は、病気の家族がいて金に困っており、買収されたらしい。

 女官は、少しの間エミリア及び彼女と同席する者を眠らせろ、という依頼を受けただけで、自分が入れた眠り薬のせいでエミリアが危険な目に遭うとは思ってもみなかったようだ。

 だが、いくら計画を知らなかったとはいえ、貴族に薬を盛った時点で重罪である。

 彼女もきちんと処罰を受ける事になるだろう。



 王族の居住区域を警備していた本物の騎士は、縛られて用具入れに押し込まれていた。

 今日は王族全員が外に出ていたので、一人しか警備を置いていなかったのが良くなかったらしい。

 幸い、その騎士はすぐに昏倒させられたようで大きな怪我もない。

 しばらくしたら復帰出来るだろう。



 ********



 しばらくして、隣の王太子妃の部屋からノックの音が聞こえてきた。

 ノックに続いてモニカ嬢の声がする。


「殿下、お姉様が……!」


「目が覚めたか! そちらに行ってもいいかな?」


「はい……是非、お顔を見せてあげて下さい」


 モニカ嬢がそう言うと、部屋にいた使用人が扉を開けた。

 私はアレクに介抱されながら立ち上がり、ゆっくりと歩く。

 深い傷は腕だけだと思っていたが、私は思いのほか傷だらけだったようだ。

 歩く度に痛みが走るが、それよりも早くエミリアの無事を確かめたい気持ちの方が勝っている。


「エミリア……!」


 私がエミリアの近くまで行くと、彼女はベッドに横になったまま、顔だけをこちらに向けた。

 エミリアは不安そうな表情を浮かべていたが、私と目が合うと青い瞳を大きく見開いて、大粒の涙を次々と零して静かに泣き始めたのだった。


「エミリア……無事で良かった……!」


 私はベッドサイドに用意されていた椅子にゆっくりと座らせてもらうと、左手を彼女の頬に伸ばし、涙を拭った。

 本当は今すぐ彼女を抱きしめたいが、涙を拭う程度が、今の私に出来る動きの限界だった。


「怖かったろう……。何処か痛む所はないかい?」


 エミリアは、涙を流しながらも首を横に振る。

 首筋の傷は、フリードリヒにナイフを当てられて出来た傷だ。

 手首に残る痣は、枷が擦れてできた物だろう。

 頬が腫れているのは……フリードリヒに何かされたのだろうか……。


「エミリア……可哀想に、こんなに傷ついて……」


 エミリアは、ただただ静かに泣いている。

 余程怖かったのだろう。


「だけど、全て終わったよ。フリードリヒは確保したし、城でちょっとしたトラブルがあったのだが、それも解決した。私もかすり傷を負ったが、すぐに治るから心配しなくていい」


「……ちょっとしたトラブルでもかすり傷でもないですけどね……」


 アレクが後ろでぼそりと言うが、エミリアを不安にさせるような事を言わないで貰いたいものだ。


「とにかく、今日はゆっくり身体を休めた方がいい。……今日はこのままこの部屋で休むかい? それとも公爵邸まで送らせようか?」


 エミリアは、先程から一言も発さない。

 ただ涙を流しながら、ふるふると首を横に振るだけである。

 ……まさか……

 私はさあっと血の気が引いていくのを感じた。

 ……そんな、まさか……


「エミリア……もしかして、声が出せないのかい……?」


 私が沈痛な声色で問うと、エミリアはゆっくり、しかしはっきりと、首を縦に振ったのだった。

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