第40話 やぼじゃない?

 木掛さんは俺と同じだったんだ。

 彼女もまた大人になり切れなかった大人なんだ。


「営治さん、あの、や、私の方こそ、いえ、私なんかでよかったらこれからも仲良くしてください」

 精一杯の彼女は誰よりも可愛い。答えはもちろん、

「喜んで!」

 これしかないだろ。

「でも、正直、私は男性とお付き合いっていうか、友達もいなかったので、人との付き合い方がわからないんです。だから、その、いきなりセックスとかはステーキみたいだし――」


「セックス!? いやいや、何もそんな急に」


「マジックミラーだって、本当に見えてないのかわからないし」

「いや、その」

「最初に言っちゃいますが、あんまり変なことはできませんからね。色んなジャンルがあることは重々承知してますが、あまりにもジャンルが多過ぎて、私自身もどれが合うっていうか、お似合いっていうのかよく……」

「あの、木掛さん何か勘違いしてるのでは……?」

「え? はい?」

「あの、ジャンルって……」

「あ、ああ。ああああああああ~!!」


 突然の剛速球にぶち抜かれてしどろもどろになる俺と、言葉の力強さを理解して真っ赤になる木掛さん。両目を✖印にして声を荒らげる。


「私が伝えたいのはそうじゃなくてっ! つ、つまりですね、私と友達になってください。だめですか? 今日はどうしてもこれを伝えたくて、ここまで来ちゃいました」

「もちろん。俺の方こそよろしくお願いします」


 それは、二人の心が通じ合う瞬間だった。


 都心から遠く離れた郊外の小さな世界が。

 俺たちを温かく包み込む。

 そんな二人だけの特別な夜。

 今なら何でも訊けるんじゃないか。

 もう、この際だから色々と確かめたいことがあった。


「そういえば、前から気になってることがあったんです」

「な、なんですか?」

「喫茶店で、木掛さんから『最低ですね』って言われたんですが、あれってどういう意味だったんですか?」

「う、そんなこと私言いましたっけ?」

 悲しいかな、俺の目の前には、わざとらしく目を泳がせる木掛さんしかいない。

「今でこそ笑い話なんですが、正直、あの一言にへこんだ自分がいました」

「あ、ああああっ、やや、それは」顔を真っ赤にして、あたふたする。

「二回も」

「あれは営治さんが、私にサンサン薬局のになれってことだと心配してしまって」


「内部告発者!?」


 なにそれ?


 木掛さんは、だってを皮切りにマシンガンを発射。


「営治さんがパンフレットだけを届けに会社までくるなんて、どう考えても非効率だし、それで、きっと、営治さんは商品バイヤーから嫌がらせを受けてるって思って、でも、パワハラの労災認定なんて簡単に下りないし、私にできることはないかしらって考えてたら、営治さんから気遣いできる人って言われて、私、心配性だけど気遣いはできないし、そんなこと言われたことないし、もしかして、俺のことを気遣って色々な手を回してくれって意味だと思って、つまり、私にサンサン薬局の密偵として、取引業者の納入価とか、商品バイヤーの弱みとかを営治さんに漏らして、ゆくゆくは内部告発者になることを望んでるんだと思って、折角仲良くなりかけてるのに、そんな関係は嫌だと思って、だからこそ、営治さんのためにも、ちょっと厳しめな言い方をした方がいいんじゃないかと、だって、私っ、そのっ、やっぱり………………………………………っ」


 その時。


「あら? なんかお二人さんクソ幸せそうね。さっきからうざい会話がびしびし聞こえてきて、軽く吐き気がしたわよ」


 駅から溢れ出た乗客の中から、ぬるっと現れたいつもの下品な口調。

 全身真っ黒なクワミさんは、俺を一瞥するなりこう言った。


「カナコちゃんとは、ちゃんとお別れしたのかしら?」


 俺だけでなく、なぜか木掛さんまでも、その言葉に反応した。不穏な何かを感じながら、互いに顔を見つめる。

 クワミさんはそんな俺たちを冷たく突き放す。


「もう、カナコちゃんには会えないわよ」


 もう会えない? 

 なんだそれ。


「クワミさん。どういう……」

「どういう意味ですか!」


 俺よりも木掛さんが強く反応した。

 なんで木掛さんが。


「あら? 木掛さん、カナコちゃんを知ってるのかしら?」

「はい……知ってます」


 どういうこと? 

 いつになく真剣な顔をした木掛さんを見つめる。

 余計な会話のちぐはぐにならないように、丁寧に彼女にその理由を尋ねた。


「その、実は……」


 木掛さんは、少し困惑しながらカナコとの経緯を話し始めた。

 カナコがいきなりサンサン薬局本社の受付にやってきたこと。

 グリーン感満載で目を見張ったこと。

 カナブンの妖精って言われて軽く頭が混乱したこと。

 そして、人とコミュニケーションが取れなく、うじうじしていた自分が怒られて、友達になってあげると言われたことを。


「そうなんだ……」


 もう、こうなったら自分も全てを正直に話そうと決めた。こちらもカナコと出会った経緯と、木掛さんと仲良くなるためにカナコから色々アドバイスを受けていたことを伝えた。

 俺の話が終わると、木掛さんは全てを悟ったように全身を震わす。


「そう、だったんですね。やっと理解しました」

「理解? そういえば、なんでカナコは木掛さんに会いに行ったんですか?」

「……ないしょです」

「ないしょ?」

「これはカナコさんと私の秘密です」


 秘密……。それは何かと口を開きかけたが、


「やぼやぼ。エイジくん」


 クワミさんは人差し指を揺らして制止する。


「じゃあ、二人ともカナコちゃんのこと知ってるなら、話が早いわね」


 クワミさんは複雑な顔をして遠くを見つめた。

 その視線の先には彼女が住んでいる里山があった。



 物語は第八章へ――

 三人の想いはやがて一つになり、カナコの謎に迫る。

 ピュアが故に互いのハートがこんがらがって、クライマックスへと突っ走る。

 残り7話。

 さあ、どうなる?

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