第五章 初デートはどこまでしたい?

第22話 木掛さんを待ってるんだけど

「なるほどね。じゃあ、私たちも一緒に行こうかしら」

「ええっ!」


 俺よりも先にカナコが奇声をあげた。


「わたしたちも行くの!?」


「ええ、行きましょうよ。別にいいじゃない。一緒に行動するわけじゃないんだし」

「そうだけど……」カナコは拳をぐっと握りしめて、俺の顔をちらちらと見る。

「ねえ? エイジくん」

「は、はいっ」


 いきなり振られて素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ダメかしら? 私たちも水族館に行ってみたいな。心配しないで、あなたたちのお邪魔はしないから。初めてのデートに女連れで登場するのは無粋だもんね。お互い好きなように楽しみましょう。ねっ?」


 クワミさんは、ずいっと俺に顔を近づけた。


「私も想定しておきたいの。男女が親密になれる場所で、どう男を誘惑すればいいのか……」


 心なしか甘い匂いが漂ってくる。上質な香水の芳香のようだ。まともな思考回路を狂わす、その香りと、その口調。有無をも言わせぬ迫力に、俺は「はい」としか言えなかった。


 ◆◇◆◇


 時は流れて、翌週の土曜日。

 木掛さんとのデート当日。


 俺は、疑義妖精ペアと山城駅で待ち合わせた。お互いに干渉しないことを確認し合い、別々に電車に乗り込む。少し離れた席に彼女たちが座っている。俺はドア越しに立ち、流れる景色を眺めているが、どう足掻いても意識せざるを得ない。


 だって――二人の服装が、かなり人目を引いているからだ。


 カナコは相変わらずのグリーン感満載。

 クワミさんは、喪服を連想させるほどのブラック感満載。

 込み合った車内が彼女たちの登場に少しだけざわつく。 


 二人は俺と目が合うと、にこりと微笑み手を振る。二人ともなまじ容姿がいいだけに、その存在感と見た目のアンバランス感が異常。もう既にカナコと出会って一か月が経とうとしている。すっかりその存在に慣れてしまい、今まで気にしていなかったが、傍から見ると、違和感だらけだ。

 お互いに干渉しないと約束しても、すぐにバレるんじゃないかと不安がよぎる。


 そうこうしている間に水族館の最寄り駅に到着。

 東京都有数のターミナル駅は休日ということも重なり、東口改札は多くの人でごった返していた。木掛さんとは十二時に待ち合わせをしている。今日は水族館をぐるりと見て回りつつ、昼時の混雑を避けて館内の喫茶店でお茶をするプランだ。まあ、無難なデートだろう。


 俺は今日のデートのイメトレをしながら、二人の未来を妄想する――


①まずは水族館でデート。喜ぶ彼女に間髪いれず次回の映画デートを提案。話題のハリウッドアクションで盛り上がり、それから一緒に食事に行って、色々とお互いを理解して、なんやかんやで良い感じになり、


②付き合ってくださいっ!(おれ)


③は、はい(木掛さん)


 これだ。いける気がする。


 段々ふわふわした展開になっていく気もするが、臭いものに蓋をするのも大事。

 今のところこれしかない。


 いや、待て。

 もしかして、今日のデートでいい感じになって、キスまでいけるかも。

 いや、その先まで。


 待ち合わせ時間より少し早めに到着し、期待に胸を膨らませながら改札口で木掛さんを待ち構える。


 んが――

 当の木掛さんが待てども待てどもやってこない。


 まあ、色々忙しいのだろうと、彼女の日常生活に思いを巡らせて、改札口へ吐き出される人の群れを眺める。


 が、こない。

 一向に彼女が現れる様子もない。


「ねえ、木掛さんってまだこないの?」

 カナコだ。しびれを切らしてこっちにやってきた。


「普通、待ち合わせに一時間も遅れないよね」

「まあ、色々とあるんだろう」

「しかも初めてのデートで」

「言われてみたらそうなんだけど」

「なんか、ずっとニヤニヤしてたけど、あれ、傍から見たら気持ち悪いからやめた方がいいよ」

 こいつ、痛いところを。

「どうせ、木掛さんとイチャイチャする素敵な未来でも妄想してたんでしょ」

「そんなことしてないって」


 うそだけど。ばっちりしてたけど。


「エイジさん、今日のデートめちゃんこ楽しかった。なんだか今日はエイジさんと一緒だから、余計楽しかったです。あっ、つい本音がでちゃいました……とか。あー気持ち悪い」


「……って、俺の近くにいたらバレちゃうだろ」


 それでなくとも十分すぎるほど目立つ存在なんだから。

 あっちあっちと、邪見に扱われてふてくされるカナコを遠くに退けるが、やはり気になる。


 時刻は既に一時半。普通、一時間半も待ち合わせに遅れるだろうか。

 もしかして、風邪とか引いてしまったのでは……。



 ま、待てよ。

 まさか――ドタキャン?



 もしそうなら、①水族館➡③は、はい(木掛さん)どころではない。机上の空論とは正にこのこと。俺は最悪の結末を回避すべく、すぐさま彼女にメッセージを送った。


『東口の改札で待ってます。もしかして、体調悪いんですか?』


 暫くすると、絵文字交じりの返信がきた。


『あれ? もういらっしゃるんですか? わたしも十一時から近くにいます』


 んんん? どういうこと? 


 しかも十一時? 

 待ち合わせ時間を間違えたとか? 

 それとも、待ち合わせ場所が違っていたとか? 

 東口じゃなくて西口にいるってオチ?


 場所を伺うと、改札口から出て、地下の喫茶店で待っているらしい。すぐに急行すると店の奥に木掛さんを発見。彼女は俺に気付くと、笑顔で軽く頭を下げた。


 彼女に無事会えた喜びと、狐につままれた不可思議な感覚に襲われながら、彼女のもとへと急いだ。


「会えて良かったです。もしかして、木掛さんが風邪でも引いてしまって、今日はキャンセルかと思っちゃいました」

「いえ、大丈夫ですよ。私、こう見えて風邪とかあまり引きませんから」

「それならよかったです。そんなに早く木掛さんがいらっしゃるとは思っていませんでした。メッセージくれたらよかったのに」


 彼女は「ふふっ」と悪戯っぽく笑い、じっと俺を見つめた。


 いつも魅せるその幻想的な瞳。こちらを見ているようで、どこにも焦点を合わせていないようで、何を考えているのか分からない不思議な眼差し。木掛さんはどこか可笑しそうに、ぬるんと口を開く。






「きっと、営治さんはお仕事で疲れていますよね。だから、寝坊して遅刻なんかしちゃったら、私に合わす顔がないとばかりに、申し訳なさそうに改札口から流れる人の往来を避けるように右往左往するのが可哀そうだし、なんか、急かすみたいにメッセージ送ったら、それこそ焦って階段から転げ落ちて、何針も縫うような大怪我でもしてしまうんじゃないかと思って、連絡くるまでこの場所で待機した方がベストだと思って、私は電車の事故か、突発的な地震なんかで遅れちゃ大変だから、早めに待ち合わせ場所にきてました。私、コーヒー好きなんで、喫茶店で何時間も待つのは苦じゃないんですよ、ちなみにあんまり甘いの摂りすぎるとアレなんでブラックにしてます」





 えっと……。


 俺の脳みそが、うおんうおんとオーバーヒート気味に唸りだす。


 これに対する正解を考えるんだ!


 俺は営業で培った(と思いたい)課題解決力を、ここぞとばかりにフル稼働させる。

 そして、辿り着いた答え。

 それは――


「バレちゃいましたか! 実はその通りなんですよ。木掛さんがコーヒー好きで助かりましたっ」


 これしかない!


 何故なら、この前『木掛さんって優しいですね』とか『気遣いができる人ですね』って暗に好意を伝えても、返ってきたのが『最低ですね』だったからだ。

 彼女の頭でどう変換されて、この結論に至ったのかは未だに謎だが、彼女の理論を受け止めて、かつ彼女を気遣うことが正解だ!


 俺のアンサーに木掛さんは、「やっぱりですね」と、得意気な様子で微笑む。


 ついでに「営治さんって心配性ですね」とも付け加えられた。


 お、おう……。


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