第20話 【カナコ視点】恋愛ってね、ガンガンいくか死ぬかよ

 唐突なクワミさんの一言。


 わたしは飲みかけの黒糖水をぶっと噴き出し、ごほごほ咳き込む。


「えっと、どど、どうしたんですかいきなり」


 クワミさんは頬を緩めて、「クソわかりやすいわね」とだけ言った。


 それから、自分でも意外なほど素直にクワミさんに事の経緯を説明してしまった。それは、多分この人が同じ種族で、同じ境遇にいるという親近感が湧いたからだ。無意識の内に、彼女がわたしに答えを示してくれる大人な存在だと思ってしまった。


 つらつらと全てを話し終えると、急に恥ずかしさが全身を覆い、息もできないぐらいに体中が燃え盛っていることに気付いた。


 は、恥ずかしー。


 なんでこんなこと初対面の人(オオクワガタの妖精)に言っちゃってるんだろう。

 クワミさんの目をまともに見ることができず、両手で顔を覆う。

 わたしってば、穴が入ったら冬眠して枯葉を食べたいぐらいよ。

 食べないけど。


「なるほどね、その彼に何度も助けられたってわけね」

「単純な理由なんですが、そんな経緯なんです」


 自分でも聞き取れないぐらい小さな声でつぶやく。きっと音量は1だろう。浮つく気持ちをごまかすように手先を遊ばせた。


「わたし、なんで彼の恋を応援するなんて言っちゃったんですかね。本当はそんなつもりなかったのに。なんか、気になる人がいるって言われて軽い気持ちで。わたしってば、ほぼ毎日エイジさんに顔を見せてるし、何回も名前で呼び合ってるし、かなり印象付けてると思うんだけどな。別に、恋愛とかそういうのがしたいんじゃないんです。ただ何となく、せっかくこっちが人間?にまでなって会いに来たのに、木掛さん木掛さんって、こっちにも気を使ってよって感じなんですよ。ああ、なんかクワミさんに話してるうちに、だんだんイライラしちゃった」


 とめどなく吐き出される赤裸々な思いを、今まで溜め込んだ胸の内を、クワミさんはうんうん頷きながら黙って聞いてくれた。


「あるある、そんなのいくらでもあるわ。それが普通ってものよ」

「ほんとですか?」クワミさんの優しさが天からの救いに思えた。

「当たり前じゃない。何年、女やってると思うのよ」

「……えっと、何年ですか?」


 とりあえず、突っ込んじゃった。


「二十九よ」


「二十九歳ですか!?」


 クワミさんは「うふふっ」と悪戯っぽく笑い、「多分ね」とにんまりする。


「心っていうのは実体のないものよ。常に揺れ動いて、一定のルールに基づいて行動が決定されることはないわ。ただの電気信号の結果ではないの。モノにも情報にも重さがあるのよ。だからね、ぶれるし、心と体が一致しないの。逆を言えば、心と体が一致した時は強いのよ。もう、誰にも止められないわ」


 自分に酔っているのか、うっとりしたような口調で両手を広げた。


「は、はあ」


 クワミさんは、ものすごーく深いことを言っているようだが、わたしにはちんぷんかんぷんだった。そんな呆けたわたしに気付くと、コホンと咳払いして話を変えた。


「それにしてもカナブンって大変ね。よくひっくり返ってるじゃない。自分じゃ起き上がれないの?」

「そうなんですよ! なかなか大変で。わたしってば、おっちょこちょいって言うか、愛らしいって言うか、ほっとけないって風に男心をくすぐり易いっていうか、まあそんな感じで」


 たははと照れ隠しに毛先をくるくるさせる。どうでもいいけど一本枝毛が見つかった。


「いいじゃない。自分の武器を分かってるのって素敵なことよ」

「武器……?」


「そうよ、武器。敵陣に切り込むのに、丸腰で挑む愚か者はいないでしょ」


 ふ、ふかい―! 

 なんかクワミさん大人って感じ。


「いい? 持てる武器は全部使うのが正解よ」クワミさんはぐいっとわたしに顔を近づけて、「カナコちゃんの武器はなに?」

「わ、わたしの武器? なんですか?」


 リップグロスで光輝く唇がぷるんと音を立てた


「お・ん・な」


「おんな?」


「そう。女ってことよ。男ってね、女が好きな生き物なのよ。それは、人間でも虫でも動物でも同じ。男はみーんな、女が大好き。それに、優しい女が好き。自分のために尽くしてくれる女が大好きな生き物なのよ。可愛い子を前にしたら、男はみーんな


「えっと……たつ……?」

「うふふ。勇気が奮い立つって意味よ。ギンギンに

「固く? ギンギン?」

「固い意志ってこと。変な想像しちゃった? だめよ。うふふ」


「はあ……」

「男はね、本能的に女を守りたいって思うのよ。シロアリを見なさい。雌を頂点に雄が彼女を守るために、個体、社会そのものをシステム化しているのよ。彼に尽くしてあげなさい。それから甘えてみなさい。なんなら色仕掛けもありよ。女の武器を最大限に生かすのよ」

「は、はい」


 これ以外、何も言わせない迫力がある。


「案外、人様の恋のアドバイスはできても、自分のことになると盲目になっちゃうでしょ」


 クワミさんはゆったりと胸を張り「うふふ」と静かに笑う。


「ぶっちゃけ、ガンガンいくのが恋ってもんだし、それができなきゃ死ねばいいわ。草食系とか、駆け引きとか、両片思いとか、そんなもん下らないわ。童貞と処女の専売特許よ」


 まさかのガンガンorダイい~!?


「いや、でもですね、わたしは別に自分だけ仲良くすればいいやって感じじゃなくて、ただ……」


「カナコちゃん」


 ぴしゃりと制するクワミさん。その瞳は恐ろしい程真剣かつ充血していて。


「私、ふわふわした考えクソ嫌いなの」


 悪魔そのもの。


「は、はひ……」


「てゆうか、もっと自信を持ちなさい。カナコちゃんは可愛いし、可愛い子に迫られて迷惑な男なんていないわよ。逆に迷惑そうにカッコつける男なんてダメよ。そんな男、見ていてイライラしちゃうわね。噛み殺してやりたいぐらいよ」


「は、はひ……」


「それに――」本音を見透かすように瞳に光を宿す。「あなたはそれでいいの?」


 わたしは……。


 わたしの心を見透かすようなその漆黒の瞳。


 気が付くと、心と言葉ががっちりと手を握った。


「いやです! クワミさんのこと、師匠と呼ばせてくださいっ!」


 こうして、こっちはこっちで臨戦態勢。




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