第12話 私、飽きちゃったの……
翌日、またしても俺と木掛さんは、この前一緒にお茶した喫茶店を訪れていた。
全く身に覚えがないのだが、彼女から『最低ですね』なんて言われたままでいるのもなんだか気持ち悪い。それに、ばっさり切り捨てられた理由も知りたい。
昨夜、カナコに木掛さんとのやりとりを詳細に説明すると、シンプルにこう言われた。
「素直に理由を訊いてみたらいんじゃない?」
「うん、まあそうだよね」
「だって、何にも悪いことしてないんでしょ?」
「してない」と言いかけて、あごに手を当てて少し考える。「いや、なんか不味いこと言っちゃったかもしれない」
「まずいこと? なにそれ?」
カナコから質問されて、もう一度よく考えてみた。
結論――ない。
思い当たらない。
「でも、木掛さんから『最低ですね』って言われるぐらいだし、なんか気に障ること言っちゃったかもしれないんだよなあ……」
正直、こんな冷たく切って捨てられたことは初めてだ。しかも異性から。おまけに好きな人から。少なからずショックを受けている。多分、俺になんらかの落ち度があったんだよな。嗚呼、どうしようと悶えていると、カナコが憐れみの目を向けた。
「多分ね、エイジさん、何にも悪くないと思うよ」
「ほんと?」俺に救いの手を伸ばすカナコが金色に輝いて見えた。
「そうそう。多分きっと……」
そう言いかけると、急に口をつぐむ。
「そんな言い掛けで止められると、いやでも続きが気になるじゃない」
なになにと催促するが、カナコは興味無さそうに明後日の方向を向いた。
「まあ、自分で確かめてみるのが一番よ。明日にでも木掛さんに訊いてみたらいいんじゃない? 多分、彼女は怒ってないと思うよ」
そんな突き放しを受けて今に至る。
俺は毎度の如く、①六時起床➡④お、おう(上司)によって、木掛さんが働くサンサン薬局本社へ直行。今日も快晴。さんさん、きんきんに痛いぐらいの日差しが降り注ぐ。
ずんずんと木掛さんが待ち受ける受付テーブル目掛けて、一気に距離を詰めて。
「もしよかったら教えてくださいっ」
「は、はい」
どうやらこちらの言わんとしている真意が伝わったようだ。あまりのがぶり寄りに目を丸くしながらも、快く了承してくれた。
なんとなくフラペチーノ系は昨日の惨事を連想させるので、あえて外して彼女には無難なアイスコーヒーを注文した。木掛さんはテーブルでうつむきながら手先を遊ばせている。遠目で見ても、やっぱり可愛らしい。
守ってあげたくなる女子№1だ。
「あ、すみません。昨日に引き続いてまたご馳走になっちゃって」
「こんなの大したもんじゃありませんから、どうぞ飲んでください。シロップとミルクいりますか?」
「じ、両方で」
彼女は喉が渇いていたのか、アイスコーヒーに夢中だ。瞳をとろんとさせて、からからと氷を遊ばせている。
この店はオフィス街のど真ん中に立地している。昼時ということも重なり、店内は会社員やOLたちで大変混雑していた。彼女を誘い出したはいいものの、気まずい沈黙が流れていたこともあり、このがやがやした周囲の雑音に救われている。
どうやって切り出せばいいんだ。
カナコからは木掛さんは別に怒ってないから大丈夫よってフォローされたが、いざ面と向かうと何も言葉が出ない。アイスコーヒー飲んでいるのに、アイスブレイクひとつもできないトークスキルの無さが恨めしい。
「あ、あの。営治さんは、いつもお昼はどうしてるんですか?」
情けないことに、俺より先に彼女から切っ掛けを作ってくれた。
「自分は営業してますんで、いつも昼飯は適当です。得意先に行ったついでに、お手頃で旨そうな店ないかな、なんて」
「色々開拓されてるんですか?」
「ぼちぼちですかね。今はめちゃ暑いんで、ざるそばばかり食べてますよ。ざるそばもお店によって味が違うんです。甘めの出汁とか、ちょい辛めとか、意外というか、当然というか。付け合わせもおにぎりとか、沢庵とか、結構違うもんなんですよ」
ざるそばの歴史、そばとうどんの市場状況、美味しいそばの食べ方などなど、そばに関するあらゆる知見をつらつら並べて、はっとする。
なんだこの会話。
自分にこれほど展開力がないとは。
はははと頭を掻くしかない。
「なんか羨ましいですね。私なんかずっと同じですよ。いつも同じ受付に座って、お昼休みは会社の会議室でお弁当です」
「毎日作ってるんですか?」
「ほとんど毎日ですね。えっと、その……、う、受付やっているとローテーションも不規則なんで、皆と時間が合わないんです。だから休憩はいつもひとり。ひとりでご飯食べにいくのもなんか寂しいんで、お弁当持ってきてますね」
「なかなか女性だと一人でお店に入りづらいですよね。しかも、この辺って男が好きそうなラーメン屋か牛丼屋ぐらいしかないし。落ち着ける喫茶店は混んでいて席を取るのも大変そうだし」
「そうなんです。もう、飽きちゃいました……」
その一言に胸がきゅんとなる。どこか諦めにも似たため息を吐き、可憐な少女のように微笑んでくる。
エイジさん、私ね(ここは妄想による加筆)、もう飽きちゃったよ……。
私をここから連れ出して。
まるで、白馬の王子様を願う乙女のように。
木掛さん。
わかりました。
貴女のお気持ち、しかと受け止めさせて頂きました。
これに繋げる自然な流れ。それは――。
「もしよかったら、今度お昼食べに行きませんか?」
これだろ。彼女のパスを芯にとらえるのは。
彼女の反応はどうなんだ。
「OK」か「喜んで」なのか。
俺は息を呑んで、木掛さんの返答を待つ。
そして、返ってきた答えは――
「最低ですね」
はい?
今、なんて?
木掛さんはアイスコーヒーをずずっと飲み切ると、すくっと立ち上がり、ちらりと俺を見下ろしたあと、ぷいっと横を向いて、すたすたと振り返ることなく足早に店を後にした。
ずず、すく、ちら、ぷい、すたのナイスコンポが再び炸裂。
無事KOされた俺は天(井)を仰ぎ、悶える。
ああ、わからない。これのどこが最低だったんだ。
しかも、昨日くらった『最低ですね①』も回収できてないし。
カナコ先生、一体全体どうなってんのよお―――!
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