第9話 カナコはつまらなそう

 金曜日の夜。俺とカナコは自宅から五分ほど離れた幹線道路沿いのファミレスで落ち合った。


 俺はドリンクバーから、カナコが好きそうなコーラを並々と注いで対面に座る。

 今日のカナコの服装も、これまた緑緑している。

 若草色のシャツワンピを身に纏い(ボタンは苔色で芸が細かい)、翡翠のイヤリングを揺らし、目元は若菜色のシャドーを入れている。髪の毛だけは緑ではなく、見事な金髪。これについて、それとなく訊いてみたら――


「おしゃれだけど」と即答された。


「まあ、金色に輝いてる種類もあるしね。光沢は必要でしょ?」


 さらに涼しい顔してこう付け加えられたが、それってコガネムシなんじゃないの、とは突っ込まなかった。


「カナコのおかげで、木掛さんと少しだけお近づきになれたかも」

「どうよ。わたしの力ってやつは。女心は任せてよ。難しいようで結構単純なとこあるからね~。女ってめんどくさいよね~。あるある、そんなとこ」

 カナコはフルーツゼリーを食べながらしみじみ語る。


「カナコ先生、これからも色々勉強させてください」

 カナコの言う通り、順調にコトが運んでいるのは間違いないので軽くヨイショ。


「いいっていいって、先生なんて呼ばなくても。これからもカナコって気楽に呼んでよ。それに、エイジさんには色々助けてもらってるわけだし。あっ、ゼリー以外は食べてね。わたしミカンとか桃とか果肉は食べないから」  


 おだてられて満更でもないのか、ゼリーの上に乗せられたフルーツを俺のハンバーグプレートの上に無造作に置いていく。瑞々しいフルーツがみるみる肉汁に汚染されていき、俺はそっと箸を置いた。


 色々調べたのだが、どうやらカナブンの成虫は樹液を啜って生活しているらしい。てっきり葉っぱとかを食べているのかと思いきや、それはコガネムシだと言う。似ているようで違う。


 しかし、この生態は。


「やっぱ夏はコーラだよね。この炭酸って誰が発明したんだろうね。天才だよ、天才。何杯でも飲めちゃう」


 ごくごくコーラを喉に流し込み、みるみるうちにグラスが空になっていく。コーラを飲み終わるとゼリーをぱくりと一口。「おいしー」と至福の顔で頬を押さえた。


 偏食。

 しかも重度の偏食。


 こんな食生活を続けていたら、速攻で糖尿病になってしまうだろう。蓼食う虫も好き好きなのだが、絶対、健康によくないよな。だが、それはあくまで人間の話。カナコがカナブンの妖精だと仮定すると、アリっちゃアリになるのだが……。

 うーん、こんなことを真面目に思料しても仕方ない。食欲も失せた俺はおもむろに切り出した。


「ちょっと、気になることがあるんだよね」

「どうしたのさ。カナコに言ってみ」

 さっきは、『先生なんて呼ばないで』と言っていたのだが、変わり身も早い。

「なんか、木掛さんってたまに妙なことを口走るんだ」

「妙なこと?」カナコは眉をしかめる。

「そう、妙なこと……」

 俺は木掛さんから唐突に言われた――


①高血圧に気を付けてくださいね


②電子タバコは、言うほど体に良くないですよ


 この二つについて、シチュエーションを交えて丁寧に説明した。瞼を半分閉じて、口調は柔らかく。木掛さんが好き過ぎて彼女の物真似も上手になった気がする。

 まさかとは思うが一つの可能性が考えられる。恐らくカナコも俺と同じ結論に至るはず。


 木掛さんは未来を知っている。


 と。


 期待したけど。


 話が終わるや否や、ムスッと頬を膨らませるカナコ。

「なに? わたしの『名刺渡して顔覚えてもらおう作戦』より前に、彼女から声かけられてたの?」


 そっちかい。思わずつんのめってしまう。意外な箇所に食いついてきた。


「まあ、言われてみたらそうかな」

「ふーん」カナコはどこか白けたような目で、俺を一瞥。「木掛さんって、もしかしてエイジさんに気があるんじゃない?」と、つまらなそうにぽつりとつぶやく。


「そうなのかな」

「そうじゃないの」カナコは暇をもてあそぶように頬にかかる髪の毛を触る。「でも変な人だよね。いきなりわけ分からないこと言うし」

「彼女が何を意図してそれを伝えたのか、わからないんだよね」

「エイジさんって高血圧なの?」

「いいや」

「タバコなんて吸ってる?」

「学生時代にカッコつけて吸っていただけで、社会人になったらスパッとやめたよ」


 ちなみに俺は自慢じゃないが、日々のエナジードリンクのおかげもあり、風邪もほぼ引いたことないし、持病らしい持病もない。強いてあげれば花粉症だってことぐらいだ。



「木掛さんってタイムリープしてる未来人という可能性はないかな?」



「タイムリープう?」

「そう。俺の身に何かとんでもない危険が迫ってるから、暗に……」

「ないない」とズバリ否定。「何度も言うけど、魔法とかタイムリープとか、そんな不思議現象は現実社会でありえません」

「……ほんとに?」

「100%ない。いいおとなが夢見すぎ」

 カナコは緑の瞳を妖しく光らせながら、自信満々にコーラを一気飲み。胃からこみ上げる炭酸を喉元で堪えてウィンクする。



 これほど説得力がないのもすごいな……。



「まあ、今度、単刀直入にきいてみたら? おれ、タバコ吸わないんですがってね」

「そうそう、それを訊こうかと思ったら、すぐ別の営業マンが現れて、なんとなく訊きそびれちゃったよ。とりあえずお礼だけ言った」


「お礼?」何かを悟ったように、寂しそうにため息を吐く。「なんかつまんないの」


 つまらない……。

 どういうこと?

 さっきまで、あんなに一緒にどうやったら木掛さんと仲良くなれるかを考えていたのに。


「じゃあ、もう『御社とうちで飲み会やりませんか』とか、そんな誘い方しなくてもいいってことかな? 変に回りくどくなっちゃうというか、単純にお茶でもいかがですかって……」


「それでいいんじゃない。多分、大丈夫よ」


 カナコは投げやりな口調でそう答えた。急に退屈そうな目をして頬杖をつき、窓の外に流れる車の列をながめている。

 その横顔はどこか物憂げで。

 思春期特有の難しい感情の起伏に支配されているようで。


 それは俺も同じであった。なぜだろうか、自分でもよくわからない感情が熱を帯びて、そのままこの話は終わることになった。



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